信じてください、魔術は私の領分です
「――材質に銀と鉛と冷たい鉄を要する半径2mの三重魔術円、魔術円の内部にのみ降り注ぐ月光と月桂冠を浸した水、水盆に金の裏張り、魔術円の内部以外を暗闇にして夜の魔力を引き出すのか……写し取る相手の血、水盆の水を血で染める――ふむ、古い魔術ですね。」
「やっぱりそうなのか?」
「ええ、私たちより古い魔術です、たぶん『源流』の魔術ですよ。儀式の手順が多いでしょう、魔法の時代の魔術はこういう傾向にあります……太古魔法文明時代の遺産でもかっぱらいましたねこれ。」
テンプスの家の地下、埃をかぶった資料を眺めながらマギアがそう告げた。
「どうにかできるか?」
「ええ、まあ、古い方が力を持つ魔術もありますがなんでも古ければいいわけでもありませんから。ただ、この分だと私たちの術を妨害している人間とこの魔術を犯人に教えた人間は別ですね。この儀式の知識があるのなら遠視の魔術に偽装情報を流すくらいわけないはずですから。」
肩をすくめてそう答えるマギアは饒舌でどこか楽しげである、新しい魔術の存在に胸が躍っているのがわかる。
「……やっぱり君、単にいつもの発作が起きてるだけじゃなかろうな。」
「ち、違いますよ――さっきも説明したでしょう。」
慌てたように否定する後輩に疑いの視線を向けながら先ほどの会話を思い出す。
「さっき話に出た資料とやらが見たいですね。」
影の領域から出る直前、マギアはそんなことを言った。
聞けば、占術は同一の次元に術師と対象物が存在しなければならないらしい。
であるならばと、彼らは影の領域から出ようと目的地を定めることにした。
そこで放たれた言葉がこれだ。
さぁ占術を使って居所を――というところで放たれた言葉に、テンプスは面食らった。
「資料……ソムニ先輩のあれか?」
「ええ、それに血の魔力を移す魔術がらみの資料もあるんでしょう?」
「ある……専門的過ぎてまだ解読できてないけど。」
資料のありかを思い返す――近頃は現物を見なくとも思い返せるせいで、現物はほこりをかぶっているはずだった。
「それが見たいんですよ。」
「……いつもの発作なら後にしてほしいんだけど……」
「発作とは何ですか発作とは!あれは正当な知識欲の現れですよ!あなただって気になる研究があったら忍び込んでみるぐらいするでしょう!」
「ん……まあ、するかな?」
「それと一緒ですよ!まったく失礼な……」
ぷりぷりと怒る後輩は自分の背後で珍妙な顔をした妹と母親の存在に気が付いていない。
その顔には『いや、普通、忍び込んだりはしない』と如実に書いてある。
「ん、まあ、そこはいいとして……「よくありません、突き詰めますよ私は!」……後にするとして、なんで今なんだ?とりあえずノワの魔術で探し出す方が先決だろう。」
それは当然の反応だった。
去年の惨状を知るテンプスからすれば、相手の手元にステラを置いておくのはあまりにも危険に思えたのだ。
そんな彼の疑問に、マギアは諭すように告げる。
「あなたがノワの魔術を信頼してくれるのは大変うれしいことですが、事はそう簡単でない可能性があります。」
「む……姉ほどじゃないけど私だって魔術はうまい、失敗はしない。」
「ノワの能力を疑うわけではありませんが魔術には往々にしてそれに対応する何かしらの自然則で妨害できることがあります。物性探知の欠点は知ってるでしょう。」
「ん……」
言われたことに反論できないのかノワが体をすくめる。魔術も万能ではないらしい。
「ってことは、先輩の居所は見つからないと?」
「可能性はあります。相手が鉛か銀、冷たい鉄を使っていれば超自然の目を魔術抜きである程度ごまかせます。それ以外にもあ術を遮断する方法はありますから。」
「ふむ……」
「最も、相手の技量を考えると、何の情報も得られないということはないでしょう。少なくともステラさんの現状の様子はわかるはずですよ。うまくやればそこから場所を割り出せる可能性もあります。」
「なら――」
「ですが、わからない可能性もある。ゆえに、私たちも相手の手札を確認しておく必要があります。相手が企んでいることがわかれば監禁場所や行動がわかるでしょう。いつもあなたがやっていることです。」
そういわれては、テンプスには否定の余地はない。余地はないが――
「……」
内心は別だ。
去年の惨事を知っている人間として、そして、儀式についてかすかに知っている人間として、放置したくなかった。
「――先輩が急いでいるのはいつステラさんに魔力の抜き取りが起こるかわからないからでしょう。」
その彼の心境を読んだように、マギアがそう告げた。
「……そうだ。財団の連中の話が正しいのなら血から魔力を抜く前に一週間から十日、時間を置く必要があるらしい、彼女が消えてからそろそろ一週間だ。急がないと――」
「――おそらくその期間は魔力が交じり合わないようにステラさん本人の魔力を抜く必要性があるからでしょう。そして依然会った彼女の力量を見る限り、すべて抜くのに最低でも九日はかかります。」
「!」
かぶせるように告げられた言葉は、テンプスの危惧を打ち砕くのに十分な力を持っていた。
「――いいですか、先輩。調べ物や犯罪をつまびらかにするのは先輩の方が得意でしょうが、こと魔術にかけては私の方が上です。」
そういって、マギアはまっすぐにテンプスの目を見つめた。
「信じてください、私はあなたの後輩で、おばあちゃんの孫なんですから。魔術は私の領分です。」
その目に宿った確信を、テンプスは信じることにした。
そうして、テンプスは自宅の地下にいる。
じっとしていられない心持を落ち着けるためにマギアの対面で彼はアラネアの報告を聞きながらマギアの話し相手を務めていた。
「どうです?キャスの方は何かつかみましたか。」
「ん、アリエノールが町に風紀を放って僕らを探してるらしい――君のことは見られてないのに君のことまで探ってるらしいぞ。」
「ん、まあ、普段の私たちを見てればそういう扱いにもなるでしょう。妹もあの……ミュオさんでしたか、あの人に見られましたしね。来訪者連中は?」
「動いてない、まだ日記を探してるらしい。」
「あきらめの悪い連中ですねぇ……その分だと、あの連中もステラさんの場所は知りませんか。」
「たぶんね、またアイテムとやらを手に入れたら勝手に場面が映るタイプなんじゃないか?」
「楽な話ですねぇ……こっちには苦労してるってのに。」
「そんなもんさ、わからんものに勝手にされるよりはいい。」
苦笑しながらそう返す――正直、過程が全く分からないまま移動などもうしたくない。
十二の夏の悪夢を思い出し身震いしたテンプスにマギアがだしぬけにこう聞いた。
「――実際、なんで魔術が衰退してるんですかね?」
「なんだ、藪から棒に。」
「いえ、この資料調べてたら気になりまして。私が知る限り、百年前まではここまで劣悪な状況じゃなかったはずですよ、多少の衰退は見ましたが……ここまでではないです、なんだって百年ぽちでこんなことになってるんです?」
心底疑問に思っているらしい声にテンプスも困惑で返した。
「……わからん、僕が生まれた時にはもうこうだったしなぁ……」
わかっている限り、テンプスはこれ以外の魔術を知らない。彼女が力術と呼ぶ四属性を制御する魔術以外、彼は知らない。
「そもそも、あの教科書もどきの発行元――魔術師協会でしたか?こいつらは何者なんです?存命中も死んだ後も、こんな組織聞いた記憶在りませんが……」
「ああ……そういえばここも国際法院と一緒で大戦後にできた組織だったな。」
「そうなんですか?」
「うん、魔王の死後に復興に使える魔術を普及させるとか何とか言って君の言う教科書を刷りだした……と聞いてる。」
深くは知らない、テンプスにはかかわりのない事実だったし、この連中を知るより、スカラーの事を調べるほうが彼には必要だったのだ。
「……ふーむ?のわりに変性術も占術も知らせていないあたり何か妙なものを感じますが……」
書き付けていた何をまじまじと眺めながら得心言ったように何度かうなずくマギアはそう言葉を切った。
「……さっきから何してんの?」
「ん、必要な素材と儀式に適した時間を考えてました。この計算が正しいのなら、儀式はおそらく三日後の夜です。」
「ふむ……見せてみ。」
渡された紙に描かれていたのは公転運動と月の位置を記した複雑な計算式だった。
どうやら、特定の星の並びを使って魔術を掛けるらしい、その並びになるのは――確かに、三日後の夜に見る。
「この時間じゃないとだめなのか?」
「失敗の確率は格段に上がりますね、断言しますが、この時間に魔術を使います。例外は私たちクラス――それこそ、あの魔女連中が絡んでないなら絶対といっていいです。」
「絡んでないのか?」
「絡んでるなら今頃ステラ先輩を探してる連中はみんなあの魔女の手ごまにされてますよ。風紀とやらの性能は知りませんが魔女と比べれば赤子と大人です。」
「ふむ……」
確かにそうだろう――オモルフォスに手が出せていなかったのだから、おそらくほかの魔女相手もできまい。
「だとすると、この時間までは無事か……」
「おそらくは、あとはノワが――」
「――兄さん、姉。」
マギアの言葉を遮るように、鈴の転がるような声。ノワだ。
「ん、お疲れ様です、どうです?」
「ん、いいニュースと悪いニュース。」
かすかに沈んだ顔の妹にマギアは容赦のない言葉を浴びせる。
「失敗しましたか。」
「物性探知が効いてない、たぶん、水のせい。」
「ふむ……でしょうね、その程度の対策は予想通りですが……いいニュースは?」
その一言にノワはまっすぐにテンプスを見ながら自慢をにじませた声を上げた。
「――ステラさん?が見えるようになった。」
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