「――ということにした」

「――はい?」


 神妙に話を聞いていたマギアが意味が分からないとばかりに声を上げた。


んだ、ソムニ先輩を。」


「……ってことは何ですか、そのソムニ何某さんとやらは……」


「生きてる。でも死んだことにしたんだ、僕と、ステラ先輩と、先生で。」


 心底軽蔑しきったテンプスの表情がだれに向けられたものかは考えるまでもない、彼はいつだって自分の事だけ責めている人間だった。


「治したんですか?老衰を?」


 心底驚いたと言いたげにマギアがこちらを見つめている、傍らのノワも治療を忘れて――ほとんど終わていたが――こちらを驚きの表情で見つめていた。


 当然だろう、それはこの時代の魔術では到底行いえない秘儀だ。あるいは、1200年前ですら、なしえた人間は片手の指ほどもいないだろう。


 もしそんなものがあれば、あの偏愛の魔女が手に入れていないはずがない。マギアの祖母ですら、呪いに阻まれたとはいえ、若返ることはできなかった。


 1200年を修行に費やした今のマギアならばあるいは……そのレベルの話だ。あの魔女たちですら扱えぬ技だ。


「若返りの魔法の薬なんてたいていの逸話に出てくるだろう?」


 苦笑交じりにあっけらかんと伝えたテンプスに、マギアのひどくとげのある言葉が刺さる。


「ええ、たいていの人間が喉から手が出るほど欲して手に入れられないものの代名詞として。有名ですね。」


 そういって三白眼でこちらを見つめるマギア一家にテンプスは苦笑する――あの時はすさまじく特殊な状況だったのだ。


「……あの時は特殊だったんだよ、偶然、どうにかする方法があっただけだ、今同じことをしろって言われても無理だよ。それに全部がうまく行ったわけじゃない。でもあの人が生きてれば、もう一度狙われることは必定だった。確実に次は持たない。」


 だから。


「老衰で死んだ。」


 実際、その時に使った手法は完ぺきとはいかなかった。


 体は元に戻ったし、精神や魂にも異常はなかった。


 ただ――


「――筋力が、戻りきらなかったんだ。」


 そこはどうしても戻せなかった。


 彼が使った『薬』の限界だった。もとより、手に入れた時から半分以上流れ出してしまっていた代物だ、完全に彼女を元に戻せなかった。


 別段、日常生活に支障はなかった、ただ――


「学園にはいられない。」


 筋力が衰え、どれだけ鍛えても重い剣や防具はつけられない。銃の反動は彼女の体に苦痛を与えてしまう。


 それは、彼女の生活の崩壊だ。


 彼女の中の血の力も、そこまでは彼女を守れなかった。


「……結局、僕はあの人がここにいたいという願いをかなえてやれなかった。」


 これもまた、彼の過誤だった。


 祖父から力をもらい受けて、祖父に代わって『あの城』を破って――そのうえで、結局、少女一人きちんと助けてやれない。


 彼女の人生にまつわる重要な部分を破壊して――逃亡者にしてしまった。


「彼女はもう、友達には会えない。」


 会ってしまえば、そこから情報が洩れる可能性があった。相手が彼女をあきらめていないのなら、それがどのような結果を生むのかは想像できる――決して、素晴らしいものではないだろう。


「あの人はもう、夢をかなえられない。」


 それがどれほど重要だったのか、周りの反応を見ればわかった。


 恩師は何とかならないかとテンプスを恫喝するような勢いで迫ってきたし、ステラはソムニを抱きしめて泣いていた。


「僕はミスをした。」


 もっと早く気が付くべきだった。


 もし、恩師の様子をよく見て、ソムニの事にもう少し前に気が付いていれば、薬はあれでも足りたかもしれない。


 それからだ、彼が未来をパターンで見る力を鍛え上げたのは。


 それまでは自分の死をかいくぐるために使っていた力を、他人の人生にも振り分け始めた。そのおかげでマギアが救えているのだから、間違った選択ではなかったと、彼は思っている。


「――未来が見えるくせに、たすけ損ねた。」


 それが彼の秘密だ――目を向けたくない、彼の過誤だった。


「――これで、僕のミスの話は終わりだ。質問は?」


「……話がおかしい。」


 疑問を呈したのはノワだった。


「財団は兄さんが手に入れた資料を国際法院に送られないことを条件に手を引いた。」


「そうだな。」


「兄さんはその資料をまだ持ってる。」


「地下にあるよ。」


「じゃあ、もう一回ソムソム先輩に手を出したら公表される。出張ってこれない。」


「……そうだよ、だから――」


「――この件の裏には黒幕がいる、でしょう?」


 言葉を継いだのはマギアだ。


 その声に驚いたようにマギアを見たノワに諭すように伝える。


「でなければ、この人の事です、学園を脅しつけて、自分が追い出されることになっても学園にソムニさんとやらの事を残留させたでしょう。私の時のように。でも、それができない理由があった――事件が解決できてないんですよ。」


 それが、彼の最大の過誤だ。


 だから、彼はこの話をするとき、ひどくつらそうな顔をする。彼にはこの事件は終わっていない。


「誰が黒幕かわかってないんでしょう?その存在だけはわかってた。だから、あなたはソムニさんを隠すしかなかった。倒すべき相手がわからないから。」


 答え合わせのように、マギアがそういった。


「……そこまでわかるかね。」


「わかってたらあなたの事です。死にかけてようが何だろうが無理をして強引に相手のところに乗り込んだで叩き潰したでしょう?」


「ん、納得。」


「この子はそういうこと、するね。」


 あきれを感じる声を苦笑で迎える――正直に言って、彼はそのつもりだったから否定もできない。


「――そうだ、一年前は正体がわからなかったやつがいる。が。」


 それはある種当然行き当たるべき疑問だった。


 血に宿る魔性については魔術師として1200年以上の経験のあるマギアすら認識の外にあるレアケースだ。当然財団とは言えど、血の魔力の事はわからないはずだ。


 それが、どうしたわけか財団はソムニを見つけ出し、彼女に何からの措置を試みた。


 つまり――誰か、『血に魔力が宿っていることを知っている人間がいる』。


 そして、それはおそらく『この時代の人間ではない』。この時代の人間に、血の魔力について知る方法はない。


「去年は転生者の事をよく知らなかったからわからなかったが――たぶん、今回魔術を阻害しているのはそいつだ。」


 であれば、去年見つけられなかった理由もわかる。


「あなたが焦ってる理由はそれですか。」


「そうだ、これまでのパターンから考えて、転生者がやろうとしてることが人にとって利益になることは君やらアマノを除けば皆無だ。」


 そして、その手技や手法は予想がつかない。


「財団が去年作った資料にステラ先輩の事も載ってた、『次席候補』だそうだ。この誘拐が死んだことになってるソムニ先輩の代わりに使うつもりだってすぐわかった。」


「ふむ……何するつもりなんです?新薬の実験?」


「――魔力を血から引き離すらしい。」


「!」


 マギアの顔に緊張が走る。


 それは、彼女があの魔女たちから受けていた仕打ちをほうふつとさせる行為だ。


「僕に魔力の事はよくわからない――ただ、オモルフォスの時も名声の魔女の時も、魔力を抜かれる君を見た。愉快な状況にはならないだろ。」


「……ええ、思い出したくもありませんが……そうですね、あれと同じレベルのことができるのならあまりにも危険です。」


 それは影響を受けたことのある人間だからこそ感じる危機だった。


 あの脱力感と肉体が枯れていく感覚は、1200年の修行に耐えた自分ですら耐えがたいものがあった。


 もし、心に傷を負った少女に、そんなことをしようものなら――精神が散り散りに砕けてしまうことは想像に難くない。


「……早く言ってくださいよ、がちがちに私の領分じゃないですか。」


「言えなかったんだよ……財団を動かせる相手となるとかなりお偉方だ、君を巻き込んで責任が取れない。」


「高々金持ち程度が私に何ができると?やろうと思えば一瞬でこの世の貨幣価値をゴミに変えられる女ですよ私は。」


「だからって危ないことをさせていい理由にはならない。」


「その話、ジャック・ソルダムの時に終わりませんでした?」


「あの時は家族、いなかったろ。」


「いるから強気なんでしょう、この時代の手品師が何をしたところでうちの家族がどうこうなるものですか。」


「転生者もいる。」


「それは私が何とかします、何度も言いますが私は赤の制約の代行者ですよ?舐めないでください。」


「……せっかく1200年ぶりにあったんだから、平穏に過ごせばいいだろう?」


「無理ですよ、あの魔女どももいるんですから。それに――」


 グイっと、テンプスの体が引かれた。


 目の前にマギアの顔。美しくて――なぜだかひどく怖かった。


「「「――私たちがあなたに受けた恩を返さないほど恥知らずだなんて思わないでもらえます?」」」


「!?」


 背筋に冬を呼びこむような恐ろしい三つの声が、まったく同じセリフが投げつけた。


 脇を見ればいつの間にそこにいたのかタリスとノワが耳元に唇を寄せている――どうやら、ささやき声は彼女たちのものらしい。


 視線に気が付いて笑う彼女たちは、唇が三日月のように裂けている――怒った時のマギアと同じ顔だった。


「……その……すいません。」


 慄いたようにテンプスの口が動いた。


「ん、よろしい。」


「次はやめて、ね?」


 普段の調子に戻った二人が告げる。先ほどまでの気配はない。豹変だった。


「……説教してたのは私なんですけどね。ま、いいでしょう。」


 そういって、マギアは顔を離す。


「――いいですか、先輩。あなたはもう私たちのものです、下手なことができると思わないように。」


 そういって、彼女は魔女のように笑った。


「さ、ステラ先輩を救いに行きましょう。まずは占術ですかね。これで見つけられるといいんですが。」


 いつもと変わらぬ様子でマギアが言った――豹変だった。

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