砲撃と影と接戦

 相も変わらず目を見張るような絶技だ。


 こちらにぴたりと吸い付いてくる砲口を見ながら、テンプスは思う。


 こちらに延ばされる腕の先から伸びる彼女の身長ほどもあるだろう魔法銃から砲火が上がる。


 だだだん!


 殆ど一発に聞こえるほど高速で撃ち出された二発の砲弾は空中で枝分かれをおこし、テンプスの目の前で無数の子弾をばらまく。


 待っているのは粉々に砕かれたテンプスの無残な死体――この武器の威力を知っている人間なら誰しもがそう思うだろう。


 むろん、ミュオにそのような意図はない。これだって暴徒鎮圧用に調整した砲弾だ……まあ、骨ぐらいはバキバキに折れるだろうが。


 避けようのない未来の光景だと誰もが思う光景は、しかし、


 弾丸が枝分かれする以前に、テンプスの体は影だけを残して射線上から消えている。


 一瞬、消えたと錯覚するほどの速度でもって射線の脇に現れた彼はどうにか踏み込めた剣の間合いに彼女を収め――


『!』


 ――られない。


 パターンが未来を見せ、テンプスの体を高速で反転、血中に流れるオーラの――精神磁場の電流が彼の反応を加速させ、テンプスの体を高速で弾く。


 振りぬいた刀身が強い衝撃とともに何かを切り捨てた――彼女が放っていた三発目の砲弾だ。


 枝分かれすることなく、壁に着弾して『弾んだ』砲弾が背中に迫っていた。


 辛くも背骨を砕くような一撃を防ぎ切ったテンプスだが、落ち着けるわけではなかった。


 即座に体を元に戻す――そこにあったのは、ぴたりと合わせられた魔法銃の砲口だ。


 先ほどと同じ回避は不可能だ、近すぎる。それでも彼は腰と腕の力を総動員してオーラの刀身を砲口と体の間に潜り込ませることに成功した。


 ドゴン!


 ひどく重たいサンドバッグでも殴ったような重く、くぐもった音が響く。


 衝撃を受け止め切れないと判断したテンプスの足が地面をけりつけ、体が地面から浮き後方に流される――まただ。


『――踏み込めない!』


 この手の衝突を、テンプスはすでに四度行っている。


 あの手この手で近づき、彼女に一撃を加えようとしているのだが――どうにも差が埋まらない。


 地面を靴底で磨きながら、彼は戦闘開始地点であるノワの脇まで滑り込みながら内心で舌打ちを漏らす。


 別段、テンプスが剣だけで戦う必要はない。


 弩に変形させて 『射撃コンイエク卜ゥスのパターン』を使って火力で押し切ることは可能だった――彼女の足元に髪がなければ。


 水の入ったボウルはいまだいに彼女の足元で揺れている。


 下手に弩での戦闘を行えば相手の砲弾と自分の砲弾の余波がボウルを傷つけかねない。流れ出してしまえば、もう一度あの髪を見つけ出すのは不可能だろう。


 あの髪の毛がなければ、ステラを発見するのは困難だ、彼らにはほかに手掛かりがなかったし、秘匿の魔術を下手に強引に見つけ出せば、ステラの身に何があるのかわかったものではない。


 あの髪が必要だった、昨年、必死に隠したステラとテンプスとあの人たちの『秘密』を暴くわけにはいかない。もしかするとステラをさらったのはその『秘密』を暴くためであるかもしれないのだ。


 しかし――足元の髪の毛を回収するのに、彼女は最悪にほど近いの相手だった。


 まるで踊るように滑らかに、継ぎ目のない動きで相手を追い詰める技量の化け物。


 化け物じみた膂力と耐久性で相手を叩き潰すチュアリーとは違う、精緻な技術がもたらすその弾幕の檻からテンプスは抜け出せないでいた。


 なるほど、あの怪力娘と二人で貴族会のトップを張っているだけはある。貴族会における二大暴力装置は伊達ではない。


 これがチュアリーなら、ごまかして足元の髪の毛を回収できるだろう。風紀委員長でもかさあらってにげるだけならばできたかもしれない。


 が、彼女相手にそれは不可能だ。


 病的なまでに――それこそ、テンプスと同じだけ怖がりな彼女は相手の挙動の起こりを見逃さない。そして、彼女の異様な戦勘はその動きを完璧に封殺して見せる。


「……兄さん、ごめん、さっきから拘束の魔術使ってるけど効いてない。」


 耳元に起きた振動は、近頃よく姉とじゃれあっている同居人のものだった。


「ん、いいよ、あいつらその手の術効かないんだ。」


「……そうなの?」


「呪縛破りの指輪とか言ったかな、各委員会のトップは拘束する術が効かなくなる遺物を使ってる。」


 これもまた、去年得た知見だ。


 タロウ何某さんや地下闘技場の百戦で使ったあの拘束のコインを初めて使ったのはステラが相手だった。


 結果として、コインは効かなかったがそのからくりはすでにつかんでいた。


「む……さすがにそれは破れない。」


「だろうな……それより、君だけでも逃げろ。」


「ん、いや。兄さんを置いていく気はない。あと、あの人がいると逃げられない。」


「……」


 確かにその通りだった。


 彼女の射程内にいながら彼女を逃がすのはどうにも難しい。


 交戦開始から二分――急がなければならない。


 こうなるのならキャスかルフをこちらに呼んでおけばよかっただろうか?


 ルフはあの来訪者連中の動向を監視させるべくあの連中に、キャスは容疑者についての情報を集めさせに学園に行かせてしまった。


 そこまで考えて、どのみち、あの二体がいても問題は変わらないと首を振る。


 この女が射程内で制限のかかったあの二体相手に戦えないとは思えないし、制限を解いてしまえば彼女にどれほどの損傷を与えるかわからない。


 犯人だと明確に決まっているわけではない彼女を過剰に傷つけるつもりはなかった。


 だからこそ、攻めあぐねているのだが……


『――先輩。』


「……マギア?」


 その声は、ノワとは逆の耳から響いてきた。


 声の方向に視線を送る――見えない。


 おそらくは影界とやらにいるのだ、どうにかして声を届けているらしい。


「……逃げなさいよ。」


『あなた達を置いて?冗談でしょう。』


 あきれたように語る彼女の声に苦笑する――姉妹で同じことを言うのだなと思っていた。


『それより、急いだほうがよさそうですよ、正門のあたりにこの女の部下だか仲間だかが集まっています。』


 どうやら、これまで声が聞こえなかったのはそれの確認に出ていたらしい。


「……」


 眉間のしわが強くなる。悪い方のパターンを引いている。


 彼女が窓からダイナミックエントリーを決めてきた時点で、一人ではないと思っていたが――兵隊連れだ。


 この少女に部下までつかれてはさすがに髪の毛をあきらめざるおえない。それは避けたい話だった。


「……逃げたいのはやまやまだが髪を置いて行けん。」


『でしょうとも、私も影でこっちに送れないかと思ってやってるんですが……水とボウルのせいで光が反射して十分な大きさと濃さの影ができてません、影界に落とすには不十分です。』


 わかっていると言いたげなマギアのセリフにテンプスの眉が跳ねる。


「……影ができたらいけるのか?」


 相手を見つめながら問う。


 相手もまた、テンプスの動きを見ていた。


 下手に動けば、先ほどの高速移動で距離を詰められると思っているのだろう、そして、それは事実だ。


 それに、時間は彼女の味方だ。彼女は増援を待てばテンプス達を拘束できる。無理からこちらを叩き潰す必要性はない。


 転じてこちらは彼女を何とかしなければ逃げられない――と、彼女は考えているはずだった。


 その一点をつけば……


「――あのボウルに影を『つける』。髪を拾ってくれ、ノワは……守ってくれ」


「ん、分かった。」


『了解です。』


 返事を聞いて、即座にテンプスの体が動いた。


 高速移動。止めようのない無前兆の動き、テッラとの二度目の交戦で使った動きと同じそれで、即座に体を前に運ぶ――


「むだだよ。」


 ――その動きに反応するように、しなやかな指が銃爪を弾いた。


 ドドン!


 腹に響く轟音、剣の周りまで残り二歩の位置に姿を現したテンプスに向けて放たれる砲撃にテンプスの腕が動く。


 弓のようにしならせた腕の一撃が分散する以前の砲弾を貫いた。


 突きだ。


 ミュオにはその動きの意図がわかった。


 埋まらない距離を埋めるための苦肉の策、腕の長さと剣の刀身で距離を埋める。


 二歩の距離を埋める一手。うまい手だと思った――別段、それが自分に届くとは言っていないが。


「―――!」


 テンプスの動きが止まる――視線を動かさずとも分かった。脇腹に砲弾がぶち当たっている。


 左の壁にぶち当てて方向を変換した砲撃がテンプスの腹に直撃していた。


 痛みに止まったテンプスに向けて砲口が向いた。


「――これで終わり。」


 銃爪にかかった指に力がかかる――そこで気づいた。


「――どうかな?」


 ――テンプスが笑っている。


 まずい、と思ったがもう銃爪はひかれていた。


 ドガン!


 発砲音と


 光る壁が、テンプスへの直撃弾を防いでいた。


 障壁の魔術。神聖系統の魔術の基礎に近い魔術、悪性の魔術や魔力を遮断する壁。


 高位な術師ならば物理的な壁にすらなる――それこそ、ノワ・カレンダのような高度な術者なら。


「――」


 喉に出かかった悲鳴を呼吸で押し込み、とっさに地を蹴り真後ろに距離をとる――ここはもうテンプスの間合いだ、自分では勝てない。


 跳びながらもう一度銃を向けようとして気づく――自分の足元にあるボウルの中に伸びた手あることに。


「!?」


 彼がそれを狙っているのは視線の動きでわかっていた。だから、そのボウルに手が届かないように戦っていた。そのボウルの中に影から手が伸びている。


 意味は分からなかったがまずいと判断はできた。


 とっさにボウルに銃爪を引こうとして、テンプスを――


「――!?」


 気付く。彼もまた、影に体を包まれている――逃げる気だ。


「――まっ――」


 声を上げるよりも、テンプスの体が消えるほうが早かった。


 黒に包まれた体がどぶんと水に沈むように影に溶けて――


「……っ!」


 ――あとに残ったのはほこりにまみれた空気と苦々し気に顔をゆがませる少女だけだった。

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