締まらない幕引き
「きょうこうイベント?」
「ええ、あの連中がこの一件について話す時はその名で呼ぶようですよ。」
「ふむ……」
太陽が中天に差し掛かり、テンプス達は影の回廊をある場所に向かって歩いていく途上、ドリンによる内偵でわかった来訪者なる別次元からの招かれざる――あるいは、招かれてしまった――客の事を後輩に聞いてみれば、こんなセリフが返ってきた。
「覚えでも?」
「ない。そもそもきょうこうってなんだ?人んちに土足で踏み込むことか?」
鼻で笑いながら頭をひねる――きょうこう、という言葉は複数の意味を持つものだ。
凶行、教皇、強硬、凶荒……ざっと思いつくだけでこれだけある。
そのイベントとやらが何を示しているのか、テンプスにはわからない。
推論はできるが……どうにもしっくりこなかった。
「まあそれは十分凶行ですが……たぶん人名っぽいんですよね。」
思い出すように眉間にしわを寄せたマギアが何かを知っているように語る、思い当たる節は一つだ。
「ドリンか?」
「ええ、あの男からちまちま聞き出した話からすると、どうも、あの連中、私やアマノさんのような人物と親密になるためにはイベントなるものをこなす必要があると考えているようで。」
「今回のこれもそうだと。」
「おそらく、どうも執行部と関係がある……だと思いますよ。そんなこと言ってましたし。」
抱き上げたキャスを腕の中で撫でながら、マギアは思い出すように斜め上を見ながら告げた。
「……執行部。」
その単語で思いつくことといえば、尋問科だ。
あの学園に在籍していれば誰でも思いつくであろう、発想の帰結、そして、これを語っていたのも学園の生徒だ。
となれば、『きょうこう』とやらは尋問科――最低でも学園にかかわりのある人物ということになるはずだ。
だが……
『誰だ……?』
わからない。
去年、この学園に入学してからというもの、テンプスにとって情報はある種の生命線だった。
鎧なし、フェーズシフターなし、体質ありの彼にとって、相手が何の魔術を扱うのかわからなければ真実、命に係わる。
だからこそ、彼はそれなり以上に学園に詳しくなったつもりだったが……
『きょうこう……人名にしろ、そうでないにしろ……聞いたことないな。』
よほど昔の人物なのか、あるいは誰の口にも上らないような人物だったのか……いずれにせよ、この一件とかかわりがあるのなら注意するべきだろう。
「……そういや、それで魔女の場所とかわからんのか?」
そこまで考えて、思考が益体もない方に流れた。気が付いた時には口に上っていた一言にマギアが答える。
「そこが面倒なところでして。」
「ふん?」
「残りの死にぞこないども、居地が定まってないようなんですよね。」
「あー……」
「わかっているやつもどうやら通常の手順では接触できないようで――面倒ですが向こうからの接触を待つか、何かしらの方法でこちらの次元で探し当てるしかありません。」
「占術もこっちの事、ばれちゃうし、ね。」
「隠れて使うのもたぶん無理、昔も効かなかったし、こっちのことがばれる。」
「んー……」
何とも残念な話だ、さっと終わらせられるのなら彼女たちも安心できるというものだが……
「ま、そこはおいおい始末しますよ、私の目的でそっちはあまり優先度高くありませんし。」
そういって腕の中の猫を撫でる。
不思議な物言いだった。
まるで、復讐よりも優先することがあるかのような……
「それより、今喫緊の問題はステラさんでしょう。どこに向かってるんですこれ?」
「結構歩いてる、ね。」
「ん、姉がへにょへにょになる。」
「いや、さすがにそこまでひ弱では……ないと……」
「でも、昨日へにょってなった。」
「……まあ、そうなんですけどね……?」
ぎこちない話題変換、触れられたくない何かがあるのか、あるいは家族にしか話せないことがあるのか……
どちらにしても、テンプスにそれを聞く権利はないだろう、どこまで行っても彼は他人だった。
「もうつくよ――ここだから。」
そういいながら、彼が指し示したのは――
「――屋敷?」
そこにあったのは立派な邸宅だった。
立派だっただろう正門、本来であれば手入れされているはずの前庭、きらびやかだっただろう屋敷の外観。
すべてが過去形だったのはそれが、明らかに手入れされていないからだ。
打ち捨てられている――とまではいわないが、手を入れられた様子のないその風景はどこかわびしさを感じさせるものだった。
「アディバイン邸、この町で五本の指に入るでかい建築物にしてアピス財団所蔵の元社宅だ。」
アピス財団、聞き覚えのある単語だった、去年目の前の少年がこの町から手を引かせたとかいう異様な活躍をした相手――
「ん、じゃあここ?」
「そう、去年、僕が撤退させた連中の家、ついでに言うと――先輩と戦った場所だ。」
去年、テンプスが六か月分の生活費を使った傑作が散った大広間は一年前の面影を残しながら埃に埋もれていた。
あの日から誰も掃除を行っていないのだろう、靴底ぐらいなら埋まってしまう白い絨毯はこの家が放棄されてしまったことをありありと示していた。
しかし、掃除をされていたとしても、そこは決して美しいとは言えなかっただろう――そこは明らかに何かの傷跡が明確に残っているのだから。
壁には何かが切り裂いたような跡が残り、何かの射出体に撃ち抜かれたのか、飾られていた絵が蜂の巣のように穴だらけのまま壁に残骸を残していた。
明らかな戦闘の痕跡。一年前のテンプスとステラの戦闘の激しさを物語るその傷跡を眺めながらマギアはあきれたように声を上げた。
「つまりなんですか、先輩が財団とやらを撤収させたのはステラ先輩が来るからだったと?」
「まあ、それだけじゃなかったけど……それがでかいのは事実だ、あの人が来るのに人がいるとまずかったんだよ。」
苦笑交じりにテンプスが同意した。
実際、去年の一件の際、テンプスが財団と敵対しなければならなかった最大の理由は『ステラが財団を攻撃しようとしたからだ。』
彼女の恩人である「先輩」を救うため、彼女は誰にも告げずに、単身この屋敷に乗り込み、「先輩」の居所を聞こうとしていた、そのためならば自分が犯罪者として学園にいられなくなることを覚悟したうえでだ。
そのたくらみに気が付いたテンプスはその前後に財団側と交渉、この屋敷を無人にしておいた。
結果的に、ステラとテンプスはこの屋敷でかち合い――ステラの攻撃に合わせる形でテンプスが交戦、全身打撲と視力並びに歩行一時的な問題が生まれる大けがをしながら事態を収拾することに成功したわけだ。
直前に、テンプスが居所を特定して当時の恩師に伝えて救出していなければおそらく彼女は自分を殺していただろう。と、テンプスは古い記憶を振り返る。
そして、だからこそ、今の状況が、テンプスには呑み込めない。
彼女は一人で罪人になることを理解してなお、この屋敷を襲ってまで恩人を救いたがる性格だ、その女が、自分が消えることで周囲に与える影響を考えずに消えるというのはいまいち想像できない。
「……先輩、昔っからあれな人だったんですねぇ。」
「怒らせると狂犬みたいな人ではあったな。」
「ん、たぶんそっちじゃない。」
「?」
「……意外と、鈍い子だ、ね。」
「こういう人ですよ、近頃、慣れてきました――で?それはわかりましたがなぜここに?」
「ん、いや、たぶん……」
地面をきょろきょろと眺めていたテンプスが突然かがんだ。
埃のたまった地面を撫でる――次に手を上げた時、彼の手には綿埃にまみれた細い何かが握られている。
「――髪?」
「そう、去年僕が切ったステラ先輩の髪の毛だ。」
それは低い可能性だった。
去年、彼はこの部屋で一度限り彼女に攻撃を当てた。その時、彼はステラの髪の毛を切った。
そして、彼はこの屋敷があの日、破棄されて以降、誰も入ってきていないことを知っていた。であれば――可能性はあると思って居た。
低い可能性だ、いまだにこの部屋に自分が切りつけた紙の絵毛がある確率は。
パターンはそういっていたし、確率的にもありえない確率なのはわかっていた。
だが、もう一つのあてにあたるのは避ける必要があった、だから、彼は一年前の髪の毛がまだここにいる可能性に賭けてここに来たのだった。
「!」
マギアたちが驚いたように見つめる、その髪色は確かにそう見え――
「……そうなんですか?」
――なかった。
色が変わっているうえに埃のせいで何の毛かわからなかった。
「や、うん、色あせてる上に埃のせいでそう見えんけど、これはあの人のだよ、オキュラスにはそう見えてるから。」
「ほんとですか?」
「……うん、そのはず……?」
探し求めたものを見つけたにしては、どこか締まらない幕引きだった。
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