イベントアイテム
「……ありえそうな話ですね。」
テンプスの想定を話すと顔をしかめたマギアが告げる。
その顔にはありありと裏切りへの嫌悪が刻まれている――あるいは、テンプスにはわからない未来の自分へのいらだちもあっただろう。
「ん、確かにそれだと筋は通る。」
「不意打ちなら痕跡は残らない、ね。」
賛同する親子の顔色も暗い。当然のことだろう、どこの誰が友人に裏切られた話を嬉々としてするというのか?
「後輩がやった線は消していいんですか?薬品なんかで無力化された可能性は?」
マギアの脳裏に浮かぶのはオモルフォス・デュオの時、サンケイによって行われた不意打ちと体を駆け抜ける薬品の気配だ、あの手の不意打ちはどんな人間にでも効く可能性がある。
「去年やりあったときに使ったが効いてなかった、たぶんあれ、体質的に薬が効かん。」
「……便利ですねそれ。」
「麻酔も効かないからケガするとたいへんだよーとか言ってたけどな。」
「ん、四人がかりでもダメ?」
「去年戦ったときの感じなら、四人がかりでも勝てない……と思うぞ、二回生の方は僕でも2-1で倒せたしな。」
「魔術とか、は?」
「ありえる……が、彼女の抵抗性ならたぶん効かないと思う。」
「でしょうね、司書さんでしたか、彼女以外でステラさんに精神系統が使えそうな人はいません。」
次々と否定される事実を前に彼の精神界に燦然と輝く知性の閃きと太古の英知はそれぞれが自らの能力を補強しながら、彼の中で推論が固まっていく。
何度考えても、彼女が何の抵抗もなく取り押さえられるのは友人だけだ、後輩なら四人がかりでもステラが制圧できる。
ただ――彼の中にある記憶がその推論を認めたがらない。
彼の記憶にあるステラたちは真実友情に結ばれているように見えた。
だから、彼はあの四人を疑っていなかった。彼の感情が疑念を妨害していた。
そして、彼の能力もまた、その懸念を認めている。
だとすると――
『テッラの時と同じか?なんかを人質に取られてる?』
だとすると厄介だ。両方対処せねばならない……
『――報告。』
考えるテンプスの足元で空気が揺れた。
見れば、こちらを見つめる紫の瞳――キャスだ。
足元から見つめる黒猫の瞳に感情の色はない。
「どうした。」
『アラネアから指令、来訪者の一団がこちらに接近、早急な対処を要求しています。』
「!」
テンプスの片眉が上がり、マギアが体内の魔力を動かし始めた。
「出ます?」
「いや、何してきてんのか気になる、隠れて様子見。」
「
闘技場で聞いたよくわからぬ言語が聞こえ、次の瞬間、マギアたちの姿が掻き消える。
埃すらそこに物体があることを忘れたように素通りする。見事な魔術であった。
「一応防護の魔術もかけといたほうがいいぞ、焼き討ちとかに来てるとまずい。」
そんなマギアの目を見ながらテンプスの声が周囲の空気を揺らした。
「……もしかして見えてます?アマノさんの時は見えてなかったでしょう。」
「あれ、言ってなかった?僕の眼に魔術の秘匿は効かない。見ようと思えば不可視化は見抜ける。あの時は見ようと思ってなかったんだよ、いてもいなくても対処できる公算だったし。」
「……つくづくいかれた性能してますよね先輩。」
「これぐらいしないと死んじゃう人生だったんだよ――来たぞ。」
扉の向こうで止まった足音に反応して、即座にテンプスが肉体のパターンを操り、肌と服の上で光を滑らせる。
闘技場への侵入にも使った不可視化の御業は昼間の街中であっても遜色なくその力を発揮した。
ガチャガチャと鍵がうごめく。何の魔術かは不明だが相応の準備はしていたらしい。
「――ここだよな。」
「そうだって。ゲームの時と同じ外観じゃねぇか。そんなことよりそんなことより日記探せよ、あれがないとイベント進行しねぇだろ」
「……なあ、イベントアイテムなんかいるのか?ここ現実なんだし……」
「だとしても場所わかんねぇだろ!いいから探せって!あそこに隠し場所かなんかが書いてあるはず――」
まるで自らの部屋であるかのように、男たちが部屋に侵入してきた。
会合に参加していた連中だ、僕を通してみていたマギアにはその顔に見覚えがあった。
「こいつらって――」
「ええ、先輩を狙って私を操ろうとした雑庫のご友人ですよ。」
「……今度はステラ先輩ってか?節操のない。」
「ある人は精神制御具なんて使いませんよ。」
「……確かに、にしても、日記って――」
「これでしょうね……なんたらアイテムとやらはよくわかりませんが、おそらく、彼らもこの手掛かりを探しに来ているのでしょう。」
言いながら、マギアが手の内の日記を見せる――
「ん、やっぱり未来予知みたい。」
「というほど精度もよくないみたいですけどね、キッチンまで探してますし。」
「どこに日記があるのか、わかってないし、ね。」
「ええ、『ここに手掛かりがある』ことまでは知っていてもそれ以外のことが全くわかってないんですよ。しかし面倒ですね……」
正直にいって、この来訪者連中は大した障害ではない――そこが問題でもあるのだが。
彼らの能力は学生クラスに言えば並外れているのだろうが、尋問科の連中から比べれば明らかに脆弱だ、今朝家を監視していた部隊にも勝てない。
そして、彼が考えている通り、あの四人のうちに犯人がいるのなら、この連中ではとてもではないが対処など不可能だ。
そのうえ、あの連中が動いていることがばれてしまうと犯人がステラに対して何かしらのアプローチをとる可能性は十分にある。
殺す――まで行かずとも、計画を早め、その結果としてステラに危害が加わる可能性は十二分にある。
「……制圧、します?」
「……」
渋い顔で、テンプスが相手を――その動きの先にあるパターンを見つめる。
脳裏に浮かぶのは泡沫のような可能性の塊だ、つい先日まで精神界に燦然と輝く知性の閃きを無作為に消費して肉体をむしばんでいた能力が整然と力を発揮し、その形を明確に示していた。
この男たちを残した場合の想定されるすべてのパターンとここで制圧した場合のパターンを比べる。
逡巡は数秒だった。
「――放置で。」
「いいんですか?相手が動く可能性、ありますけど。」
意外そうな声、てっきり、彼が背圧を選ぶと思っていたのだろう、その手には魔術の燐光が宿る。
「いい。多分動かん。下手にこの部屋にこいつらを残していく方がダルイ。」
「ふむ、根拠は?」
「相手からすると動かす方が問題が多い。。」
それはあまりにも率直だったが、同時に事実だ。
「相手は尋問科がマジで探しても隠しきってる、一般の人間に見つけられるほど簡単な隠し方じゃない、弱いとはいえ、君の魔術すらはじけるのは尋常な防御の仕方じゃない。」
となれば、当然問題になるのは一つ。
「今隠してる場所以外に、そんな場所を複数持ってるとは思えん、占術防御とやらは魔術をかけなおせばいいのかもしれんが、人を隠せるような橋世はそうポンポンあるもんじゃない。」
それを確保するのはもっと難しいだろう、となれば――
「動かせないんだ、占術で場所がばれてしまったのならともかく、そうでないなら場所を変える選択肢はない。」
「殺して逃げる可能性は?」
「ない、見つけ出せない人間に怖がってさらってまで手に入れたかった人間を殺す理由がない。占術以外を怖がる理由がないんだよ、尋問科より捜査がうまい連中はこの町にはいない。」
「何かしらの計画を早める可能性は?」
「それならこの部屋に来た時点でもう動いてるはずだ、僕らがここにいるのに監視役がいる気配がない、ルフとアラネアが見つけられないとは思えん。」
「……もしかして、外に二人を置いてるのはそれが理由ですか?」
「僕らの探知を何かしらの方法で切り抜けるやつがいても、ルフの目なら見抜ける、それ用の人造生物だ。キャスは連絡役にいるしな。」
天上よりあまねく物を見抜くルフの瞳はテンプスの眼鏡、ターシャス・オキュラスと同じパターンを眼球内部に刻まれている、この目から逃れるすべを、魔術師は持たない。
だとすれば、ここに監視はいないと考えていい、だとすれば――
「ここはたぶん、相手にとって重要じゃないんだ、こいつらにとって重要なのであって、犯人にはどうでもいい。」
だとすると、ここを漁っている連中を止める理由はない。彼らは脅威たりえない。
「むしろ、こいつらを伸して下手に騎士に動かれる方がだるい。事情がばれると騎士を動員される、僕らのことがばれて騎士に追い回されるのはごめんだ。」
「ふむ……じゃあどうします?」
「こいつらの事情も分かったし……出るか。影界に潜れるか?」
マギアが肩をすくめる――次の瞬間、影がうごめいてテンプスを覆った。
「……?」
壁際を調べていた男が振り向いた時、影が波打ったことに気が付いたものはいない。
漂う埃と差し込む日差しだけがそこにあった。
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