六度目の厄介

 ――今年も新しい子が入った。先輩抜きで私に教育などできるだろうか?――


 彼女の日記はそんな一言から始まっていた。


 書かれている日付は一月のもの――つまり、この学園の新学期が始まった時のものだった。


「今年の頭ですか、なんか手掛かりになりますかね。」


「読んだんじゃないのか?」


「最後のページの日付だけです、人の日記ですよ?まじまじ読みません。」


「……自分で僕の事けしかけたくせに……」


「私は先輩の凶行に口を出せない哀れな後輩ですよ。」


「自分が気になるだけだろ……いい性格してるよ。」


 ――新入生二人はすごくいい子だ、一年の頃の私とはまるっきり別の人種だと思う――


 ――アレクサちゃんは頭のいい子だ、すごくいろんなことに気が付く……ただ、あの年であそこまで母的な要素が強いと結婚できるだろうか?――


 ――セルアちゃんはちょっとぶっきらぼうだが、責任感が強くて根がいい子だ……ただ、あれはもう少し教育しないと将来詐欺師とかにだまされるのではないだろうか――


「……ん、思ったより辛口。」


「ま、第一印象なんてこんなもんでは?」


「まあ、そうですね、私も先輩の事なんかやばい人だと思ってましたし。」


「……そうなの?」


「今は頼りにしてますよ。」


「……そっかっ。」


「……毎回思うけど、この人急にかわいらしくなるな……」


「ん、ご機嫌でかわいい。」


 ――アトル君とフロクちゃんは二人のことが気に入っている様子だ、かわいい子たちなので当然だろう――


 ――指導も積極的だ……多少、色眼鏡がある気はするけど、そこはおいおい訂正していこう――


 ――私は……よくわからない、何かできているような気もするし、何もしてあげられていない気もする――


「……あの人、思ったよりちゃんとした文章書くんですね。」


「ん……まあ、一年の時はもっと苛烈な性格だったらしいからな、たぶん、こっちが素なんだと思う。」


「苛烈……どんな感じ?」


「……よく知らんから何とも言えんが、一番感覚的に近いのは怒ってる時のマギア?」


「……聞いてた話とは違う人、だね。」


「おう、なんだ、私が暴力的だとでもいうのか?不当な名誉の毀損は相応の覚悟をしてもらうことになる。」


「こういう性格だったらしいよ。」


「ん、わかりやすい。」


 ――また彼が何かしたらしい、オモルフォス・デュオ、あの目の上のたん瘤を実家ごとつぶしたらしい、毎度のことだが派手にやる子だ――


「……やっぱり、尋問科にはばれてたか。」


「正規の騎士の捜査だと何にも見つかってませんでしたよね。」


「うん、まあ、尋問科はなんか知らんけど太古魔法文明の遺産を持ってたりするから……マギア。」


「なんですー?」


「……さっきのこと謝るから頭の上で顎がちがちしないで。」


「えー……」


 ――また彼がやった、今度はジャック・ソルダムだ。貴族会からの干渉で風紀も手が出せていなかったあの屑を国際法院に引き渡した、教員は怒っているらしいが結構なことだと思う。もっとやれ――


「やっぱり意外とアナーキーな性格ですねこの人。」


「意外と不満ためちゃうタイプ。」


「あんまり、大人にいい思い出ないのかも、ね。」


「あー……そういわれるとそんな感じはあるな。先生と先輩以外の大人に好意的なイメージはない。」


 ――この件でアリちゃんも彼のことを少しは考え直すだろうか?彼女が思っている危険性は彼にはないと理解してほしい――


「……ふむ?あり……風紀委員長ですか、やっぱりなんかしてませんか先輩。かなり疑われてる感じですが。」


「……おぼえないぞ。五年前にこっちに来てから入学まで、学生には会ってないんだ、叔母さんと爺さんが会わせてくれなくてさ。」


「ん、危ないから会わせたくないと思ったのかも。」


「……そうだね、私もいや、かな。」


 ――最近、にわかに学園が騒がしい、何でも留学生とやらが色恋沙汰でもめているとか、仕事が増えるのでやめてほしい――


 最後のページはこの一言でくくられていた。


「……不穏な気配は全くありませんね。」


「ん、普通だった。」


「あんまり手掛かりにならないね。」


 不満げな三人をしり目に、テンプスは思考にのしかかっていた無力感を振り払って高速回転する精神界と脳の回転に身をゆだねていた。


 確かに、この日記に不審な点はない。


 ごく普通の日常と仕事の不満を書いたごく普通の日記だ。


 不審な点はない――まったく、ない。


『まったくなかった?まったく?』


 ありえないことだ。


 通常、大きな組織が動くのならば相応の準備期間が必要になる。


 相手を定め、周辺環境を確認し、相手の行動を把握、計画を練り、実行までの予算を決定する。


 人員を集め、選定し、相応の装備を与え、その人員たちに作戦を伝達する。


 人をさらうのなら監禁場所を用意する必要もあるだろう、オモルフォス・デュオのように、自分の家にさらってくればいいというものではないのだ。


 さらった人間のために監禁し続けることにも資金がいる、それほど単純な話ではない。


 そこまでやってなお、不測の事態は起こる。テンプスの計画だって表面上は滞りなく行っているように見えるがそれなりの軌道修正を余儀なくされていることなどざらだ。


 未来が限定的とはいえ見える人間でこれだ、できない人間が人を

 完全にさらうのは並の事ではない。


 となれば、付近に何の変化もないなどありえない。


 下調べに来た人間だっているだろうし、魔術を使ったのなら痕跡が残る。


 特に、ステラは行動が読めない、内偵の期間は一月では効かないだろう。


 それに気づかないほどテンプスやマギアは鈍くない、1200年物の逃亡者と超文明とクソみたいな兄から逃れ続けた超人は他人に向けれられた監視であっても気が付く。


 今朝の特任部隊の一件にしても、マギアたちは驚きはしなかった。テンプスもだ――でなければ、ルフを飛ばして確認などさせない。


 現に、テンプスは偶然ではあるがサンケイ達についていた監視に気が付いている。マギアも気が付いて放置していたという、プロでもこれだ、一企業の人間が完全に彼女達から逃れるすべはない。


 それは、ステラ本人にも言えることだ。


 去年の自分とはいえ、財団の目をかいくぐれる自分をこともなげに発見できる彼女に監視などつけて気付かれないとは思えない。


 となればやはり――


『外部の人間じゃないのか?』


 だとすれば辻褄は合う。


 外からの監視なら、テンプス達もステラ本人も気が付いただろう。


 だが内側なら?もっと言えば、


 彼女と接触をとっていないテンプスには反応できない、マギアたちも同じだ。


 ステラは警戒しなかった。マギアと似たところのある彼女は、身内判定をしたものにどこまでも気を許すところがある。そこに至るまでは難しいがそうなってしまえば警戒はされなかったろう。


 だとすれば――犯人は、思いのほか近くにいることになる。


 先ほども語ったが、彼女は基本的に他人を信じない。


 それが、生来の性格のせいか、先輩や先生と出会う前の生活のせいなのかはわからない。だが、この性格は一年たっても治っているようには見えなかった。


 だとすると、彼女が気を許す相手は限られている。


 尋問科顧問、後輩、そして友人――それぐらいだ。


 それ以外は同じ尋問科であっても信じていないのが彼女だ。


 後輩たちの確率は低い。


 彼のエクスプレーネの力がささやいている、彼の積んだ研鑽もそれに賛同している。


 たとえ、不意を打ったとしても、後輩たちでは能力が足りないのだ。ステラを拘束できない。


 だとすれば――


『……アリエノールか……チュアリーか……』


 あるいは、


 もしくは全員がグルという危険性もある。


 そう考えれば、自分が攻撃される理由にも合点がいくのだ。


 とすれば……


「――その顔だとなんか思いつきましたね。」


 マギアが真剣な顔を向ける――先ほどまで自分の頭の上で顎で攻撃を加えていた人物と同一とは思えない顔だった。


「一つね、思ったより面倒なことになってるかもしれん。」


 顔をしかめる――できるなら、敵対したくない連中が敵かもしれない。


 テッラに相当する戦力が最悪の場合四人だ。助けるのは容易なことではない。


 テンプスは眉間のしわを深くした。六度目の厄介ごとが水面に顔を出してきていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る