監視

「――こちらA-4、対象に動きなし、送れ。」


『こちらA-2、同じく動きなし。』


『こちらA-1、了解、監視継続、返送不要、終わり。』


 ごく端的な会話が終わり、木上に鎮座する少女は再び視線を監視対象に向ける。


 そこは一見するとただの襤褸屋だ。


 どこかに明確に穴が開いているわけではないが、よく見ればつぎはぎのような木目の合わない木材や物体は侵入できないが風は通るだろうかすかな隙間が目立つ。


 塗装も所々剥げているが修繕された形跡はない、ガラスには古くからたまっているのだろう汚れが堆積して白くよどんでいる。


 古びたカーテンがまるで幽鬼――この次元においては魂の塊というよりは魔力の残響と認識されていた――のように揺れている。


 ある意味この家の主にお似合いのこのがたの来ている屋敷は、しかし、自分達『尋問科執行部特任部隊』の監視対象だった。


 彼女達の事を知っていれば首をかしげるだろうその任務内容は、しかし、彼女たちの上位組織である風紀委員会から発された命令だった。


 そして、いま彼女たちはその命令の意味を理解していた。


 彼女たちは『前任の生徒会長』の影響で正規の騎士に匹敵するか――あるいはそれを大きく凌駕する能力を与えられている。


 テッラクラスとは言わないがエリクシーズの他の人員に負けるつもりはなかった。


 そんな技量の自分たちがあの屋敷に


 最初、自分たちはあの屋敷に侵入を図ろうとした。内部に監視用の魔術――鈴なりの声の変則的応用――をかけるための措置だ。


 が、それは失敗に終わった。


 、自分達には扱えない魔術かあるいは情報企画部の言う『秘密技術』のせいで侵入口が開けなかった。


 鍵開けを試みた隊員は指を原因不明のしびれに襲われ、いまだに原隊に復帰できていない。


 ではどこかの開口部に対して行ったアプローチはことごとく失敗。


 窓を破る試みすら失敗に終わった、魔術物理両面による攻撃が行われたがガラスがまるで粘性を持った液体のように変形し、攻撃を無力化、対処不能と判断、結果的に、彼女たちはこの離れた場所からの外部監視にとどまっている。


 最初、あの魔力不適合者相手に自分達が監視につくと聞いた時は過剰な戦力だと考えていたがここまで強固な防壁となるとなるほど自分達が呼び出されるのも納得だった。自分たち以外、ここを監視できる人間はいないだろう。


 風紀委員会と情報企画部が手に入れたこの家の見取り図が正しいのならばこの家に隠し通路のようなものはない。


 内部の情報はないが周囲の索敵――地中空中を含めて行われた――でこの家につながる何かしらの魔術的通路がつながっている形跡はない。


 自分たちの不調は『確認の指輪』にて行われ、精神に何かしらの干渉があっても即座に本隊に伝わる。


 風の魔術によって不可視を与える『秘匿外套』と追跡用の『羽根足の靴』があれば見失うことはない。


 風の魔術による不可視化も魔力の痕跡はごまかせない、自分たちに与えられた先端技術である『感知の眼鏡』であれば感知可能だ。


 太古の魔術を再現したこの魔術の眼鏡があれば魔術的な不可視は破れる。


 相手が実現不可能だとされる人体の空間移動でも使わぬ限り、ここから出るためには出入り口を使うほかない。


 いまだ一度も開いていない扉を眺め、気を引き締め、再び扉と館の監視に移った――の。






「ずいぶんがっつり監視されてましたね。」


「アリエノールの手配だと思う。昨日、出張ってきたしな。多分、ステラ先輩のとこに行くと思ってんだろ、学園休みだしな。」


「ん、今から探し出して助けるから合ってる。」


「おお、確かに。うまいこと言いますね妹。」


 黒の濃淡でできた世界で、どこか朗らかにテンプス達の声が響いた。


 影の濃淡が示すその場所は、どう見ても彼らの家の一室ではない。


 立ち並ぶ家、歩き回る影の人、太い通り――町の中だ。


 そう、彼らはすでにあの家を脱出していた。


 おのおのの起床を待って――といってもマギアが一番遅かったのだが――始まった朝食の席で彼らのもとに届いたのは家を監視する人間の存在だった。


「誰ですかね?」


「わからん。わからんけど……出ていくとめんどくさそうだな。」


「ん、このタイプはついてくる。それ用の「足」もある。」


「腕についてるの、連絡用の道具だ、ね。」


 天空を舞う新たな人造生物、ルフ――いまだにテンプスはその名に納得していないが――の視界からオーラアライザーに送られてくる映像を眺めながらおのおのが思い思いの事を口にする。


 もそもそと食事する一行にルフから送られてくる映像を見ればそこに映るのはこの家をぐるりと回るように囲んだ数人の人間。


 明らかに訓練された動き、よそ見をしている隙に抜け出すなどという子供じみたことは期待できない。


 であれば、ルフに攻撃させるかと思ったのだが――


「あの分だと、定時報告抜けると探しに来るな。」


 その疑いは強い、もし普段と違うことがあれば確実に


「でしょうね、覚えありますよ。」


「あの時はいっぱい来た、ね。」


「おばあちゃんと姉がいっぱい倒した。」


「魅了で操る、とか?」


「あの子のつけてる指輪、状態確認の魔術付きですよ。神聖呪文系列の術ですね。」


「ん、ばれる。」


「じゃあ、ダメだ、ね。」


 しみじみと語る家族に苦笑しながらテンプスは脳裏に映ったパターンの中で最も物事が楽に進行するものを選択する。


「……隠れて出るか、昨日のあれ、またできるか?」


「ええ、死ぬほど寝たので。」


 その一言で作戦は決定した。


 定時報告が抜けたらまずいのであれば、抜けなければいいのだ。


『この家から、物質的に見えないように脱出する』。


 単純ではあるがこれが一番費用対効果が高い。


 影界に逃れて目をくらまし、そそくさと家を飛び出して――ここにいる。


「しかし、魔術道具フル装備でしたね。どれもちゃちなおもちゃでしたが。」


「ん、久々に見た。」


「マギアが私と会ったときに自慢してきたやつみたいだった、ね。」


「あー……そういえばあんなもの作ってた時期もありましたねぇ。」


「ひどい言いぐさ。」


 苦笑交じりに告げる、あれでも、あの学園の最高装備のはずだ。


「仕方ないでしょう、あんなもの、私が五歳の時に作ってた道具より低機能ですよ。」


「……そんなに?」


「ええ、あなたの顔にあるその眼鏡に比べたら月と泥ぐらい差があります。」


 言いながら、テンプスの顔、鼻梁の上に乗ったそれを見つめた。


 そこにあったのは眼鏡だ。特に何か特徴があるわけではない一般的な眼鏡――これが、世の魔術師が切望する機能を有しているなどと言ってたところで大体の人間は信じないだろう。


「それ、体調悪くなる前から作ってたやつでしょう、霊体が見えるとかいう?」


「そうだよ、別に幽霊しか見えないわけでもないけど。」


「魔力の流れも見えます?」


「……それは裸眼でできるな。」


「あの眼鏡、それしか機能ないですよ。」


「……なるほど。」


 それは確かにおもちゃだ――少なくとも、自分はあの眼鏡をかけても何の影響ももたらされないことになる。


「あの程度の技術レベルなら、彼女たちがステラさんを探せないのも納得です、少なくとも相手はあの眼鏡で絵できる程度の事しらふでできるでしょう。」


 そして、その機能を妨害もできるわけだ。


「勝ち目がない。」


「私にはそう見えます、少なくとも、あの少女連中にできることはないでしょう。」


「……となると僕らが探すしかないわけだ。」


「ええ――そうでなくても探すんでしょう?」


「まあね。」


 肩をすくめる――知人の危機を放置するつもりはない。


「行こう、もうちょっとだ。」


 目的地はステラの家――そこで何かしら手掛かりがあればいいと思っていた。

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