チュアリー・クレセント
「ん、それなら私が調べる。」
「そのほうがいい、ね。」
万物の輪郭が溶け、あらゆるものの境界があやふやになる夜の帳の中でなお、その声の主は光を放つように美しかった。
「ですねぇ、占いはどっちかっていうとあなたの領域ですから。」
「そうなん?」
傍らのこれもまた美しい後輩の声にテンプスは疑問を浮かべる。
学園からの帰り道、妹と母が合流したマギア一家とテンプスは帰路につきながら、これまでの一連の流れを説明した。
彼が大図書院から消えた理由、なぜそうならざる終えなかったのか、彼が今回かかわるであろう問題。
そういったものを説明すると、声の主――ノワは姉と同じように決して放漫ではない胸を張りながらそういった。
「ん、天上界の力を借りるから姉の魔術より簡単に色々見れる。」
「まあ、やろうと思えば私もできるんですが……基本、この子の魔術、物質的な要素が必要ないから安上がりなんですよね。」
「ほうほう……なんで?」
「この子の魔術は別次元の力を魔力と祈祷で借り受ける力なので祈祷があれば魔術が動くんですよ。」
「ふーむ……ってことはあれか?魔術の儀式的な要素全部を祈祷が代替してるってことか?」
「あー……ちょっと違うんですよね、神聖系統はあれで難しいところがあって……」
またしても脱線を始めた二人にやれやれと言いたげな視線が突き刺さる。
「でも実際、どうしてるんだろう、ね。」
「ん?ステラ?」
「ん、その子のご家族?は心配とか、してない?」
「んー……」
確かに、気になる話ではある。
マギアもそうだがこの一家は基本的に家族がどうにかなることを極端に嫌う。
なんなら、どこそこに行く伝えられても一日姿が見えないだけで取り乱すし、二日ともなれば大慌てで探すだろう、しかし、聞けば最低でも四日は姿が見えない聞く。
自分達なら今頃町中をひっくり返すような勢いで探しているはずだ。
「……兄さん。」
「――ってことことはあれか、神聖系統とかいうのは厳密にいうと魔術じゃ……え、あ、はい?」
突然声をかけられたテンプスが意識を現世に戻す。
視線を向ければ燐光を放つような少女が彼を見ながら難しい顔でつぶやいた。
「聞きたいことがある。」
「ほい。」
「ステラ何とかさんは家族とかいない?」
「ああ、それは重要ですね、私の遠視にしろノワの探知にしろ体の一部なり、その人に関連性のあるものは術の使用を楽にしますから。」
「あー……」
ばつが悪そうに、テンプスが顔をしかめた。
その表所に浮かぶ苦さに、三人もまた顔をしかめる――なんとなく何を考えているのかわかったからだ。
「……なくなってる?」
「……深くは知らない、ただ、あの人の面倒を見てた先輩曰く「初めて会ったときは路地裏に一人でいた」らしい。」
空気が沈んだ、このご時世、路地裏に子供が一人でいる理由など限られている。
「……だと面倒ですね、ノワはステラさんに会ったことがありませんし、そうなると術の難易度が上がります。」
「それだと見えないか?」
「ん、問題ないと思う……ただ、防衛術が気になる。」
「防衛術には対象を探るのを困難にする術もあるんですよ、そして、往々にしてその手の術は難易度が低いんです。」
「ふむ……」
顔をしかめる――去年の一件と犯人が違うとしても、狙いが同じ可能性があるのなら急いで発見したほうがいいだろう。
そうなると普段の探り方は使えない、あれでは時間がかかる、急ぐ必要があるのなら魔術は有効な手段だ。
魔女相手には逆探知の危険性から使いどころを決める必要があるが、魔術は優秀な技なのだ。
「……その先輩?とやらには会えないんですか?」
思いついたようにマギアが告げる。
「近縁者の方が効率はいいですがよく知る人間でも代用は可能です。面倒をみているような人なら十分に用件を満たすでしょう。」
「ん、行けると思う、祈祷を手伝ってもらえれば平気。」
「……」
再びテンプスの顔に険が宿る。その色は先ほどよりも濃い。
「……まさか、死んでるとか言いませんよね。」
「……あー……」
歯切れ悪く、彼は顔を背ける。
その動きは話したくないことを隠すようで……
「……」
その動きを見ながら、マギアは意味ありげなに顔をゆがめて口を――
「――ねぇ?」
突然、声が響いた。
町の中心である協会を超えて人通りのほとんどない郊外への道を歩いていた時だった。
明らかにこちらに向いている声に一行の視線がその方向に向く。
そこに立っていたのはおおよそこんな道にそぐわない少女だった。
まるで雲でもまとっているような上品な仕立ての服に身を包んでいるその少女は女性らしい丸みを帯びた体をドレスに収めてそこにいた。
マギアたち三人の胸を足しても足りないだろう主張の激しい胸部に内心でマギアがしたのが雰囲気の変化でわかる。筋肉とは無縁そうな細い腕で日傘用の傘を持ちながら泰然とこちらを見ている。
笑顔に高貴さをまとわせて、まるで絵本か何かから抜け出したような「お嬢様」という言葉を体現した少女だった。
本物の王族であるはずのマギアたちと比較してもそん色のないその姿をテンプスは以前見たことがある。
「――あんた去年あったな。」
「あ、覚えてた?」
どこか面白いものでも見るように少女が口元に手を当てて笑う、快活な家顔だ。
「貴族会の2トップの片割れだろう?名前は……」
「チュアリー・クレセント、よろしくねっ。」
ひらひらと手を振りながら笑顔の彼女がこちらに近寄る。傘を地面に刺したまま。
貴族会――尋問科の一分派であり、貴族の取りまとめを行う集まりだ。
本体も貴族だけで構成されるその集まりのトップとなると、彼女も相応の立場の貴族だ。
面倒なのにからまれた。
テンプスの内心で能力が警鐘を鳴らす。
貴族だからではない、そうではなく――
「――ステラちゃん、どこ?」
一瞬で、雰囲気に怒気が乗った。
そう、彼女はステラ・レプスの友人だ。
去年、彼女を止めるために動く際にいの一番に突っかかってきたのが彼女だった。
そこから導かれる行動は一つだ。
「先輩。」
「いいよ、準備しててくれ――僕も知らんのだ、知りたくて調べたほうがいいかなと思ってた。」
後輩の動きを手で制しながら近寄る。遠いと巻き込みかねないと考えての行為。
「そう?でもさ、みんな言ってるんだよね、君が妖しいってさ。」
「……それ、去年も似たようなこと言われた気がするな。」
「そだっけ?忘れちゃった、ま、どっちにしても、言う気ないっぽいね。」
「ないというか……知らんからな、知ってりゃ教えてるさ。」
「ふーん?言ってくれないなら仕方ないし――」
ニコニコ笑う笑顔の影に義憤と焦りと苛立ちがにじんだ――来る。
「――つぶすね?」
瞬間、いくつかのことが起きた。
その体から似合わぬ急加速をした彼女の細腕がテンプスの頭を砕かんと斜め上段からハンマーのように振り下ろされ。
それにを予測していたテンプスの腕がほとんど同じタイミングで跳ね上がって相手の一撃を受け止めた。
腕からすさまじい衝撃と骨の軋みが体にひびいた、まるで鋼鉄製のハンマーに殴られたような衝撃だった。
いかなる体の蠢動か衝撃を骨と筋肉を使い地面に逃がした瞬間、地面が砕けたのもこのタイミングだった。
ゴン!
と、岩山と岩山をぶつけたような重く、腹に響く音が響いた。
「――あれ?防げるようになってるね、こそ錬した?」
「そういうあんたは去年と変わらず馬鹿力だ……!」
「ひっどーい!そういうこと言うと粉々にするよ!」
言いながら足が動く、蹴りだ――これは食らえない、ほんとに骨が砕ける。
打ち付けられた相手の腕をとり、彼は膝を一瞬だけ折った。
沈みこむ体に腕が引かれる。片足の彼女には支えが聞かない。
覆いかぶさるようになった少女の体が背中に乗った瞬間、テンプスは膝の力を復活させ、体を跳ね上げる。
少女の体が宙に浮いた。
天地が回転し、地面に向かって重力が誘う。
見事な一本背負いだった。
そのまま、力の流れに任せて少女の体が地面に――
「あはっ!」
――堕ちない。
どんな曲芸か空中で体を制御した彼女は地面に足から着地して見せる。
まるでかけられた橋のようにさかさまに地面に降り立った彼女が腹筋だけで起き上がり、勢いよく頭突きを放つ――これも食らえない。頭が落ちたザクロになる。
テンプスの背筋が縄めいて浮き上がり、足の力とともに体を背後に運んだ。
空中で逆さまに一回転、宙返りの格好だった。
距離をとる。
先ほど一撃を受けた腕がひどく傷んで震えていた。折れてはいないが……しびれて使い物にならない。強化越しにこれとは恐れ入る。
「面倒なことになったな……」
眉をひそめて、テンプスはそういった。心の底からそう思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます