悩める少女の一幕
「で、今日は帰ったわけね。」
「はい。」
「生徒会の猿どもは?」
「動いています、あの雑巾主導で先進情報開発部と中央情報室が。」
「……わかった、お疲れ様。今日は帰っていいわ。」
「はっ、いえ、その、私も何か……」
「いいわ、これ、委員長以外見ちゃいけないやつだし。」
「あ、そうでしたか……わかりました、お疲れ様です。」
「ん、気をつけてね。」
そういって、後輩が部屋を出る後ろ姿を眺める。
バタンと、扉が閉まる。
一人になると、この風紀委員会の執務室は広すぎるなと、何度目になるのかわからない感情を覚えた。
背もたれに体を預ける――本当に面倒くさい。
風紀委員長、アリエノール・フォーブスはいつも通りげんなりとしていた。
終わらない仕事に教員の煩わしい抑制、何が好きでこんなことをしているのかさっぱりだ。
疲れたことはないが……やる気は起きない。
なぜ自分がこんなよくわからない立場になっているのだろう?
後輩はかわいいし友達は大好きだがこの立場だけはいただけない。
この学園には屑が多すぎる。
当たり前のように人を愚弄するし、わけのわからない犯罪は吐いて捨てるほどあるし、自分たちの知らないところ問題は増えているし、取り締まろうにも学園が止めてくるし……
「ま、それを言い出したら私もね……」
あの少年……テンプス・グベルマーレに対するイカレタ――今にして思えばだ、昔はあれが最善だと思った――施策を周囲に行わせている時点で、人をどうこう言う資格などない。
「……そろそろ出てきていいわよ。」
背後の窓に向けて声をかける。夜とはいえ、そこにいる友人をこれ以上夏の暑さにさらす気はなかった。
「――おっ、わりぃわりい、助かったわ。よるなのにあつくね?」
そういいながら窓から侵入してきたのは彼女と同じくらいの背丈の赤い髪の少女だった。
「久しぶり……でもない?」
「あー……ひさびさか?前に総会で会ってね?」
「……そうね、そうだった気がする。」
どこかあやふやな記憶をたどる――どうにも忙しくてだめだ、あった記憶すらあやふやになる。
「ま、お互い忙しくなっちまったしなぁ。」
「そうね……そっちの後輩さんは元気?」
「あーまあ、ほどほど?あのパズルもらってからはまあ、悪くなってはねぇよ。」
「……そう。」
まるで遠くにいる友人とするような近況報告に辟易する――なんだって同じ学園の同じ学者にいるのに友人の動向一つわからないのだ?
心に絡みつく煩わしさを振り払って、彼女は友人に訪ねた。
「それで?その忙しいあなたが何の用?遊びの約束なら今は無理だけど。」
「そりゃ、ステラのやつが返ってきてから誘うさ、それじゃなくてだ。」
一瞬、この友人にしては珍しく視線がさまよった。言いよどんでいるらしい。
「お前、まだあいつのこと疑ってんのか?」
その一言で、なんとなく、彼女がここに来た理由がわかった。
「……またその話?」
「またって程、お前とこの話した記憶ねぇけど……そうだよ、テンプスの話だ。」
いつぞやのステラと自分の立ち位置を変えたような応答にかすかにおかしさを感じたが、それよりもこの話題の煩わしさが勝った。
渋面で答えるアリエノールに赤髪の少女が告げる。
「今回の件、お前も報告受けてんだろ?あいつは妖しい動きもねぇし、外部と連絡を取ってる気配もない、そもそもあいつがどこにステラ拉致って監禁すんだよ。」
片眉を下げて、彼女が言った。
確かに、その話には否定の余地はない。
昨日から彼の動向をひそかに探らせているがあの男におかしな点はない。
普通に登校し、彼女達には理解できない何かの装置をいじり、後輩と食事をして、研究個室で何かを作っている。
言ってしまえばそれだけ、ほかには何もしていない。
拉致した相手に接触するでもなく、なにかしら後ろ暗い経歴の相手と連絡を取るでもない。
拉致しても探られない場所に人を隠せるとは思えないのも言う通りだ、ただ――
「――彼は去年、財団側と交渉した過去がある、その時のコネで財団とつながってる可能性はあるわ。」
そこは否定できない話だ。
去年の一件であの少年が成し遂げたことはおかしい。
まるで以前の――前任の生徒会長のような大活躍だ。
いやがおうにも思い出す、あの女の存在を。
「警戒しておくべきよ。」
しかし、赤い髪の友人はそれを否定した。
「その話ならもう済んでんだろ、そもそもあの連中、テンプスのせいで営業計画つぶされてご立腹だったろ。」
そういわれて、アリエノールもまた報告を思い出す。
確かにあの後調べたことを聞く限り、あの少年があの財団とつながっている形跡は出てこない、むしろ、財団側は彼を憎んでいた。
つながっている可能性は薄い。薄いが……
「隠してるだけかもしれないわ。」
「あれだけ調べてか?私ら二か月学園休んでんだぜ?」
「……わかってるでしょう?テンプス・グベルマーレはあの女と同じことができるのよ。」
「だからって同じことするってか?飛躍し過ぎじゃねぇのか。」
あきれたような三白眼、わかっている飛躍した想像だ。実際、近頃では自分もどこまで信じられるのかわからなくなって来ていた。
だが、警戒しないわけにはいかないのだ。
もしもあの少年がほんの少しやる気を出せばあの暗黒時代に逆もどりだ。
あれほど被害が出たのだ、もう一度あんなことはさせない。
「……だとしても、彼以外にステラをさらえて、さらう必要のある人間はこの町にはいないわ。」
「そも、そのさらう理由ってなんだよ、汗でも絞んのか?」
「去年の一件と同じでしょう、あの子の「秘跡」が欲しいのよ。」
「取ってどうすんだよ、あいつ魔力不適合だろ、あんなもん持ってても死んじまうだけだぞ。」
「……誰かに売るとか……」
「誰にだよ。」
冷静な友人の否定の言葉に、ついイラついた。
「……後輩が助けられてるからって判断が鈍ってるんじゃない?」
いうべきでないこと、言ってはいけないこと。
しまったと思ったときには口からまろびでていた。
「あぁ?んだよ、けんか売ってんのか?」
一瞬でしわの寄った眉間が彼女の怒りを示しているように見えた。
後悔が胸を走り、とっさに視線を背けた。
「……ごめんなさい、そういうつもりじゃ……」
「……あーもー……」
がりがりと頭を掻く音がした。
萎れた様子の友人に毒気が抜けたらしい赤い髪の少女は仕方ないといい多賀中尾で知れた友人に告げる。
「いいよ、わかってるから。気にすんなって。」
「……ごめんなさい。」
萎れた友人に「いいって」と伝えてから彼女は顔をしかめて話題を変えた。
「っていうか、先生は頼れねえのか?」
「頼むとあの子にも漏れるでしょう?一応生徒会長だもの。」
「あー……もう遅くねぇ?」
「……あんまりあれをかかわらせたくないのよ。あの子、あの時……」
「わかるけどな、もうとっくに気づいてんだろ?」
「それでもよ。あの子にこれ以上あの女にかかわらせる気はないわ。」
「……まあ、そうなるよな、ってなるとめんどくせぇなぁ。」
「ええ、そうね……先輩はもう学園やめてるし。下手に貴族会に話ができないからあの二人にも頼れないし。」
「あ?あいつら動いてるぞ。」
「へ?」
萎れた少女に驚きとともに活気が戻る。
「さっき、「あの下賤のせいでひどい目にあってるんなら助けないとじゃん?」って言って居所きいてったぞ――風紀から許可取ったっていうからまじかと思って来たんだぜ?お前、知らねぇの?」
「……あの子はほんとに……!」
その話し方で思い浮かぶのは普段は雰囲気が緩いくせに友人の事となると妙に思いっきりのいい友人のことだ。
どうやら抑えが効かなくなったらしい。そうなれば、行うことは一つだろう。
どうやら、もう一仕事しなければならないらしい。
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