六度目の災難

「――つまり、君のさっきの魔術を防げる人間は現代にはいないと。」


「ええ、私の時代には魔術師ならだれでも防げる程度の術でしたが、この時代では占術自体が何かしらの理由で使われなくなってるようですから。」


 大図書院に戻る道の途上、マギアはそう返事をした。


 すでに魔術の儀式の痕跡を消し去り、補習を任せたノワたちと合流するために彼らは移動始めていた。


 すでにあたりは夜の闇が立ち込めている、見えるのは隣の人間の姿だけだ。


「確かに、占い師がいるって話は聴いたことあるけど、魔術師が占術とかいうのを使った話は聴いたことないな。」


「でしょう、占術は魔術の中でも独特な領域ですから、先天的に資質があると技術的な工程をすっ飛ばして得できるとがあるんですよ、占い師とやらはそれでしょう。」


「ふむ……」


「占術師は昔からお偉方が嫌ってたとおばあちゃんが言ってましたし、どこかの時代で見られるのを嫌った誰かに弾圧でもされたんでしょう、で、失伝したと。」


 肩をすくめてマギアが言う――ありそうな話だった。


「でも、防衛術って学園でも教えて……たよな。」


「ええ、占術用ではありませんが、魔術を防ぐ類の術は教えています、ですから、防衛術本体よりも〈防衛を行う発想自体〉が普通じゃないんです、この時代に、占術で情報収集する人間はいませんから。防ぐという発想自体が出てこないはずです。最も、今回の防衛術は完全な占術防御でしたが。」


「まあ、そうなるよな。」


 魔術については門外漢のテンプスだがそれぐらいはわかる。ただの納付の家に国宝があると思って赴く人間がいないように、この現代の魔術師は占術への防衛を行うものはいない。


「でしょう、ですから、防衛術を使ったということは相手は占術について知り、使われるかもしれないと思う時代の人間。」


「過去から来たもの……ってことは魔女がらみか?」


「ああ、いえ、そういうわけではないかと、それほど腕のいい魔術師でもありませんし。」


「というと?」


「術の防ぎ方が二流です。」


「……詳しく頼む、魔術はよくわからん。」


 頭上にはてなを浮かべるテンプス、彼に魔術の危険度や対処法はわかるが使用感の違いは判らない。


 そんな珍しい彼の様子にマギアは上機嫌に説明する。


「単純ですよ、攻撃を防ぐとき、なにも馬鹿正直にすべて受け止めるわけではないでしょう?交わす、受け流す、相手の攻撃と同じ方向に動いて痛むを減らす。方法はいろいろあるはず。」


「そうね。」


「それと同じことが防衛術にも言えます。単に術を防ぐ壁を作るわけではないんです、相手の術に対して強くなったり、相手の術に適応して防いだり、そもそも術の対象にならなくしたり。いろいろな系統があります。」


 言われておおざっぱではあるがテンプスも理解できた。


 要するに、防衛術というくくりでも効果の出方が違うということなのだろう。


「ちなみに、私が常設させている、無色の精神ヌウス・アクロモスは〈術的に透過することで魔術をすり抜け、効果の影響を無効にする〉魔術です。当たらないなら効果も出ようがないですから。」


「ほうほう……君らにかかってる貞淑の魔術とかいうのもそれか。」


「ええ、あれは〈術の影響を完全に砕き、相手ないしは私自身に干渉してそれ以上攻撃を行えなくする〉防衛術です。」


 えらく攻撃的な防衛だ――だが、何物にも気弱であらゆるものを攻撃したがる魔女たちの魔術にはふさわしい気もした。


「なるほど……で、今回の魔術はどれになる?」


「それです、あれは単に効果を逃がしているだけ――要は、効果自体は機能してるんです、見えなくしているだけ、覗きをカーテンで遮ってるだけなんです、何かあることや防御していることを隠せるほどの能力はない。」


「逆に警戒されやすくなるってか。」


「ですです、対策していることがばれますし何もないことにはできません、追撃を防ぐ能力もない。」


 なるほど確かに二流だ。


 防げてはいるが秘匿という意味ではまるでだめだ。


「君みたいに占術を使われないと思って大した術を使ってないとかではなく?」


 実際、今回彼女がつかった占術はごくひ弱な術だ、占術防御などされると思っていないが故、ごくありきたりで力の弱い術だった。


「ありえません、だったら防衛術自体使いませんよ、あれ、結構面倒ですし。」


「ふむ……となると、単純にそれしか能力がないのか。」


「と、私は考えてます。」


 言われて脳裏に浮かぶパターンを修正する――何かおかしい。


「ふむ……」


「なんです?」


「いや、その程度のやつにステラ先輩がつかまるもんかなと。」


「……えらく、評価しますね、あの後輩連中もそうですが、そんなに強いんですか?」


「この学園で一二を争うぐらいには、まじめにやるとテッラより早いし痛いぞ。」


「ほう。だとすると確かに妙ですね。」


 かすかにマギアの眉が上がる――彼女自身、テッラが強いことは十分に承知している。


 戦士としての技量は言わずもがな、魔術に関しても光るものがある。自分ほどではないが間違いなく傑物の類だ。


 あれより強いというのなら、間違いなくこの程度の魔術しか使えない相手にどうこうできる相手ではない。


「……それとも、防衛術だけ腕が悪いのか?」


「可能性としてないとは言いませんが……普通、魔術師は最初に防御を学ぶもんですしねぇ。」


「ふむ……となると……どうなるんだ?」


「わかりません、とはいえ、代行者として過去の遺物が現代の人間に何かしてるのなら私も無視できません。」


「ふむ……まあ、僕としてはずいぶん助かるが。」


「まあ、大船に乗った気でいればいいですよ、相手が魔術師なら私が叩き潰してあげましょう。」


 そういって薄い胸を張る後輩に苦笑を送ったテンプスの足元を何かが横切る。


「おや、キャス、どうしました?ご飯ですか。やはりあの量では足りませんよねぇ。」


 そういって足元の影をマギアが抱き上げて撫でる、エクトプラズムの塊でできた影のように黒い猫――キャスは何をするでもなく、その歓迎を受け入れていた。


「いや、過剰なぐらい食ってると思うが……」


 思い返す、エクトプラズムの体を維持するために食事を行うと彼女たちに告げてからというもの、この家族はキャスに前が見えなくなるほどの餌を毎日のように与えている、正直、肉体の維持に必要な量の軽く二十倍は食べていた。


「えー……あんなんじゃおなかすきますよねぇ?そう思いません、アラネア?」


 その一言に、キャスの背中につかまっていた彼女の使い魔である水晶塊が肩をすくめた――蜘蛛の分際で器用な奴だ。


 自分の作った被造物の態度に内心で眉をひそめたテンプスは一呼吸ののち彼らの指令の成否を問うた。


「お疲れ、お二人さん、誰だった?」


 訊ねるその声にマギアは一言合点がいったように。


「ん?。」


 と一言漏らした、彼女も気づいていたらしい。


「さすが、この手の追尾はお手のもの?」


「逃げるのと追っ手を撒くのは1200年選手ですよ私たち、年季が違います。」


 足元の影を抱き上げながらきけば、耳もとで黒猫……キャスの声がする。


『校舎から二人、部室棟から一人。』


「あと教会の屋根から一人。」


 補足する後輩の言葉――テンプスの感知と一致した。おそらくこれが全員だろう。


「人定は?」


『歯車が一つと校章が二つ、教会の屋根の分は不明。』


「……先進情報開発部と中央情報室?ずいぶんマジで来たな。」


「なんかまた用語が出ましたね。なんですそれ。」


「生徒会の一部……っていうか分派?と生徒会付きの情報収集班だ、思ったよりも真面目に探してるな。」


 内心で驚きながらテンプスは補足する。


 実際、驚くべきことだった。昨年の一件以降対策委員会と生徒会系列の組織の仲は良くない。


 てっきり見捨てるものだと思っていたが……いや、それはないか。


 いずれにせよあの連中が自分を追いかけている理由は明確だ。


 疑っている自分を調べてステラの居場所を探り当てるつもりだろう――面倒なことになった。


 下手にこの状態でステラを探せば、その場であの連中――可能性が高いのは教会の屋根の彼女だ、去年も狙われたがあれはかなり厄介だ――が自分を拘束しかねない。


「どうするかな……」


 仏頂面でテンプスがつぶやく――またしも、厄介なことになった。

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