手痛い失敗の記憶
「で、去年の大活躍ってなにしたんです?」
木の枝で描いた魔術円の上に水の入ったボウルを置きながら、マギアはそう口火を切った。
「ん……藪から棒だな、知りたい?」
「ええ、あそこまで二回生に信用されるのはどんな理由なのかと思いまして。」
言いながら、マギアの脳裏に宿るのは先ほどの対策委員会の二人の姿だ、彼に向ける信頼を隠さぬあの視線は自分やテッラに近い。
この学園に在籍して半年もたっていないがこの学園における『尋問科』といえばこの学園では恐怖の対象だ。
教員生徒問わず強権をふるえるその組織は、この学園では実在する幽霊――いや、幽霊は実在するのだが――のように恐れられている。
あのジャックやその取り巻きすら、彼らの存在には怯えを見せるほどだ。
「あの無礼な連中がああまで恐れる連中に何をすればあそこまで恩が売れるのかと思いまして、後学のためにも聞いておくべきかなと。」
「何の後学だよ……何って程の事もないんだけどな。やったことはオモルフォスの時と同じだ、トップを脅して、手を引かせた」
「……また学生らしくない手を……」
「それしかなかったんだよ。あの連中それでしかひかなかったんだ。」
テンプスの脳裏に思い出されるのは一年も前になる彼の失敗とこの学園での最初の事件だった。
最初でも最後でも最小でも最大でもないが、間違いなく自分のミスによって助け損ねた悲劇。手痛い失敗の記憶。
それまで隠していた能力をごくかすかにであっても世に知らしめることになった一件。
おそらく、自分の現状のきっかけになった一件。
風紀や生徒会が自分をにらんでいるのはこの一件が絡んでいるのをテンプスは気が付いていた。
「何からです?」
ボウルの中に張った水を眺め眺めながら、マギアは問う。この魔術に詠唱はいらないらしい。
「対策委員会全体からだ。あそこは六十年前にこの学園ができた時からあるからな。いろいろため込んでるのさ。」
そういって苦笑する。
実際、あの委員会が秘めているのは結構な秘密だ。世間への影響度ならテンプスのスカラーの装備品を超えるようなスキャンダルだってあそこには眠っている。
「で、それ欲しさにあの理事長にけんかを売ったと?」
「そうなる、少なくとも学園側からの抗議の記録は明確にあった。」
「ふむ……ずいぶんとリスクを負いますね、何が狙いなんです?」
「わからん、調べたが判然としなかった……というか、ずいぶん理事長の事評価するね。」
「体調不良でふらふらとはいえ、あなたをだます女ですからね、警戒もしますよ。」
「ずいぶん買いかぶるじゃん……」
苦笑する――この子の中で自分はどんな男なのだろう?そんなにすごいやつになれた気はしないのだが。
「その時の相手がさっき言ってた……あー……財団とかいう連中ですか。」
「そう、アピス財団。この世で国際法院以外で最も金を持ってる連中だ。」
「ほう、大きく出ましたね、国よりですか。」
「少なくともこの国よりは金持ちだ。スカラーに比べると見劣りはするが。」
「そりゃ世界の八割を手中にしてる国と比べたらお察しでしょう。」
あきれたような告げるマギアに、それもそうだなと賛同しながら、テンプスは言葉をつづける。
「ジャックの一件であいつの実家の家業、売りに出たろう。」
「ええ、そうでしたね。」
「それを国がまかせたのが連中だよ。」
「!」
驚いたように、マギアの顔がこちらに向いた。
そこまでだと思っていなかったのか、あるいは妙なところでつながりができていることに驚いているのかはテンプスは考えなかった。
「そうやってあっちでちょこちょここっちでちょこちょこいろいろな権利にかじって、うまいとこだけ持てってるのさ。」
「小狡い話ですねぇ……」
「人間なんてそんなもんといえばそうなのかもしれんけどな。」
「まあ、それは確かに……で、その連中のトップを脅したんですか?すごいことしますね。」
水に塩を混ぜながら、告げるマギアの声はあきれを含んでいる。どこにあきれられる要素があるというのだろうか?
「あの件の陣頭指揮を執ってたやつを、な?さすがに財団本体のトップには去年の僕じゃ手は出せんよ。」
「……去年の?」
マギアの含みを持たせた言い方にテンプスはほほえみで返した――今の話はしていない、当時の話だ。
「先輩も大概いかれた性能してますよね。」
「君だってできるだろ?」
「ええ、まあ。見せます?」
「いらんいらん。」
苦笑交じりに断る――彼女が言うと冗談には聞こえないし、実際冗談のつもりもないのだろう。
「今回もそれがらみだと?」
「風紀員会と生徒会はそう考えてるっぽいな――で、僕が疑われてると。」
「ああ、そんなことあのへんな玉が言ってましたね……で、あなたの見解はどうなんです?」
「ん?犯人のか?」
「ええ、さっきの口ぶりだと、あなたはその財団連中が今回も絡んでると思っているわけではないんでしょう?」
「まあ、そうね。」
認める。
彼の中にあるパターンであの財団がこの件にかかわっているものは少ない。
「根拠は?」
「あの時の僕はかなり手ひどくやった。実際、国際法院への通報もにおわせた、オモルフォス達より利口だったからな、ステラ先輩達に手を出さないのなら見逃そうってんで合意した。だから、ここに僕がいる限り手は出してこんと思うんだよな。」
「あー……そんな気はしますね。」
実際、マギアが相手でもそうするだろう、この何事にも甘い男がそれでも『手ひどく』やったというのなら、それはよほど『手ひどく』やったのだろうことは想像に難くない。
優しい人間を怒らせると怖い。
過去に祖母から聞いた言葉が想起される――隣の彼が本気で怒り狂ったら、一体どんなことになるのだろう?
あの死の記憶の中ですらこちらに怒りを向けることのなかった人間の激情がこちらに向かうなどと考えるだけで、マギアは魔女につかまった時によりもはるかに恐ろしい心持になる。
まあ、そうでなくとも、彼と戦いたいとは思わないが――なんだってこの知性的超人を相手に揉めたいと思うのか。
「となると、なんです、別口ですかね。」
「たぶんな……ただ当てがない。」
「そもそも、去年の一件ってのは結局何が目的だったんです?聞いてると対策委員会でしたか、あの組織そのものが狙われてるみたいですけど。」
「んー……説明が難しいんだよな、狙いがそれぞれ違ったというか。」
顎に手を当て、思案気な少年にマギアが疑問を投げた。
「それぞれ……ってことは、犯人二人いたんですか?」
「……それも説明が難しいというか……もともとは一つの組織だったんだけど、途中で片方が裏切った、っていうのが一番近いかな。」
「……複雑な感じですね。」
ボウルの中の水に魔力を込めながら、マギアは理解不能だとばかりに言った。
「あー……要は、財団とその協力者がいて、それぞれが別々の目的――対策委員会そのものとステラとその先輩の身柄で目的が別だったんだよ。財団の方はどうにか止まったけど協力者が止まらず、罠にはめようとしてたからそれをどうにかする時間稼ぎに僕がステラ先輩と戦ったわけだ……そろそろ?」
「ええ、準備完了です。古代の魔術をお見せしますよ。」
ない胸を張った後輩にテンプスが苦笑し、ボウルの中を覗く。
〈遠視〉と呼ばれるごくごく初歩の占術、最近では風の魔術で代用したり素養があるい人間は何もせずとも自然に得てしまうような自然現象の延長のようなそれは、1200年前は一般的な人探しの技術だった。
今では体液だって教えられる人間がいないのかごくかすかン裏無しが残るだけとなっているらしいが、マギアにとってはこの程度の魔術
魔術に必要な条件を満たした魔力が形を変え、魔術がうねうねと動き出した。
そう、彼らは今、ステラがどこにいるのか、その魔術で見つけ出そうとしていた。
これが単なる失踪であるのか、あるいは何か意味のある拉致の類なのか、これではっきりさせようというのだ。
その名の通り、遠景を映し出す魔術の光が水に宿り、水面に映像が――
バチン!
――映らない。
一瞬、水面に電流が走り、水面に一面の幕が張られたような黒く染まる。
「――ほう?」
マギアの目がほそまる――これは占術除けの魔術だ。
ごく初歩の魔術、遠視程度しか防げない魔術だがそれでもれっきとした占術防御の類だ。
この時点で、マギアはこの件が単なる疾走ではないことを認識した。
「――先輩、緊急事態です。」
「どした。」
「どうも、この件、転生者が絡んでるみたいですよ。」
それはつまり、マギアの領分に事件が片足を踏み込んだということだった。
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