勝手知ったるなんとやら

「――――ほんとーにごめん!」


 両手を合わせて頭を下げる同級生は心から申し訳なさそうな顔をしていた。


「いやほんとに、僕らの管理不行き届きでした。まさか、君の事さらうとは……いや、一応去年の君のことは話してたし、ほかの委員会が適当なこと言ってきても気にしないでいいからって言ってはあったんだよ?ただその……ちょっと猪突猛進なところがあってさ、今朝君が妖しいって言ってきたときに、君はそういうことしないって言ってはあったんだけど……ごめん!」


 まるで立て板に水だ。


 いつも通り、その辺の女子より可憐な顔を苦悩にゆがめて謝る同級生――アトルバス・アドゲンの様子は普段のからは想像できない。


 普段はは適当なくせに、どうにもこういったことには実直なのだから難しいやつである。


 いつもの通り女子の制服に身を包んだの口からつらつらと述べられる口上に苦笑しながら、手に持った金属部品――先ほど解体したセリア?女子の銃だ――をいじりながらテンプスは答える。


「いいよ、先輩が心配だったんだろ?」


 それは、あの切羽詰まった様子と慣れていない尋問で明らかだった。


 彼女たちは脅し方を知らない。


 撃つぞ撃つぞと脅してはいるが、同時に実際に発砲するには抵抗がある。


 それは、ドミネと別れて襲われたあの廊下の一件で明らかだ、普通、脅迫犯は被害者に謝罪しない。


 それに――帰ってこない相手を心配する気持ちはわかる。


 遺跡に出かけた祖父、仕事に出かけて帰ってこない父、遊びに出かけて帰ってこない弟――さらわれた後輩。


 いづれも、彼は胸が避けるほど心配だったし、ここまで暴力的ではないが行動も起こした。彼女たちを責められるいわれは彼にはない。


「うぅ、そういってもらえると……ほんとごめん、これからはこんなことないようにするからさ。」


「いいって、だからそろそろ……」


 視線を、同級生の後ろに向ける。そこにあったのは――


「――いい!彼が去年、私たちに何をしてくれたのか、聞かせたでしょ!彼が何かするんならあの時にやってるって前々から言ってる!なのにこんな……!」


 それは子供を叱る母親の原風景といった風情の地獄だった。


 あの交戦状態を一言で抑え込んだ茶色の髪の女生徒が、自分を脅していた二人――正確に言えば一台と一人――を烈火のごとくしかりつけている。


 同じく二回生であり、同時に同じクラスでありながら会話をほとんどしていない知人である彼女、フロクトス・アルドムのお叱りはいつも通り苛烈だ。


 普段はぬぼーっとしているくせに、なんだってあそこまで怒らせると怖いのだろう?


「ひあ」


 その証拠に、自分を銃で脅していた少女など魂が抜けかけている。意識が半分以上飛んでいるのが見ただけでわかった。


『す、すいません、でも、ほかの委員会の皆さんがこぞってそういうので……』


「だから!そういうのは気にしないでいいって初日に言ったでしょ?聞いてた!?」


『すいません!』


「ごめんなさい!」


「……あれ、止めてやった方がいいんじゃないか?」


「……そだね、ごめん、行ってくる。」


「ウイウイ。」


 そういって駆け出す彼を、テンプスは苦笑しながら見送り、意味ありげに脇に目線を送った。






「すいませんでした、もうしません。」


『はやとちりでじんだいなごめいわくを……』


 どことなく抑揚を感じない声で二人の女生徒が頭を下げた。すっかり精魂尽き果てているように見える。


「ああ、いいよ別に――疑われるのには慣れてるし。」


 そういって苦笑する、ここ二年、何かあって疑われなかったことの方が少ない。


「ごめん、もうさせないから。」


 そういっていつもの仏頂面を向けてくるフロクトスにも同じことを返す――正直、いわれがあって疑われているだけ普段よりもましだ。


 一連の謝罪合戦がようやく終わりに向かったころ、テンプスは最も疑問に思っている事実に踏み込んだ。


「――で、ステラ先輩が学校に来てないってのはマジなのか?」


「……うん、ここ何日か、学園に顔を出してない。」


 曇り顔でアトルバスが口を開く――交渉担当はいつだって彼だ。


「君らに何も言わずにか?」


「うん、少なくとも先生と僕らに連絡はない――たぶん、ほかの委員会や学園本体にも言ってないと思うよ、こっちに情報降りてきてないし。」


「ふむ……」


 違和感。


 去年から一年少々の付き合いだが、彼の知性と能力はこの状況に警鐘を鳴らしている。


 彼が知る限り、彼女は『後輩のために自分が傷つく』ことに頓着するタイプではないが『自分のせいで後輩に迷惑をかける』のは嫌うタイプだ……思考の片隅で同居人が「そっくりですね」と鼻で笑っているのは無視しよう。


 その彼女が後輩たちに居所も帰還予定も伝えずにどこかに行くというのは考えにくい。


 となると――


『つかまったか?』


 脳裏によぎるのは去年の一件。


 あの時は直前で策がうまくはまって止められたが……


『まさかと思うがザッコの件を隠れ蓑にしてひっそりやられたか?』


 可能性はある、故意か偶然か、あの男の一件と彼の体調不良のタイミングでことを起こした可能性は――


『いや、だとしても、ザッコの件が『終わった後に』動き出した説明がつかない……』


 ザッコの件を隠れ蓑にするのなら、あの一件が起きているタイミングで行う必要があるはず、なのに終わってから始める理由がわからない。


『それに、学園側が把握してなかった事件をどこで知った?』


 あの一件はテンプス達とザッコ――来訪者たちの間でひそかに行われていた戦争だ。


 最後の最後に学園の手を借りはしたが、そこまで学園側はその事実に気が付いていなかったはずだ。


 ではなぜ……いや、それよりも……


「……手伝った方がいいか?」


 ポロリと、口から漏れた思考をステラの後輩たちは自分達への言葉だと受け取ったらしかった。


「……正直、手伝ってくれるとありがたいとは思うよ。」


 重々しく、アトルバスが言った。


「正直言って、僕らにはステラ先輩がどこに行ったのか見当もつかないし、去年、二人を探し出してくれた君の手を借りたいとは思う。」


「ふむ……だが、とか言い出しそうな話の運びだな。」


「だけど、今回の件で君の手を借りるわけにはいかないんだよ。」


「なんでまた?」


 想像した通りの答え、しかし、断られる理由がわからない。


「――風紀と生徒会が動いてる。」


 その一言に眉がはねた。


 生徒会と風紀委員会は尋問科における二大勢力だ、お互いに生徒に関する強権を有し、所属する生徒数も多い。


「たぶん、連中は君を犯人だと思ってる、そんなところに君が動いたら、連中は君に何をするのかわからない。」


 その声は切実な響きを持っていた、少なくとも目の前の彼は二つの組織が彼に何かしら危害を加える可能性を憂いている。


「去年も助けてもらっておいて、そんな危ない橋わたらせられないでしょ、それに――」


 言葉を切って笑う、その顔はいつも見る笑顔のようで、緊張に歪んでいるようにも見えた。


「――一応僕ら、生徒のための組織だからね!危ないことは僕らがやるさ!」


 そういって笑う彼に、テンプスは「……わかった」と一言だけ告げた。






「――もういいぞ。」


 「じゃあ、いくねーほんとごめん!」と言いながら、引き上げていく対策委員会の後姿が見えなくなったころ、テンプスは彼の背後に声をかけた。


「――ん、気づいてました?」


「あれだけ露骨に魔力ばらまいといて何言ってんだ君は。」


 どこからともなく響く鈴のような声とともに背後の景色が揺らぐ――そこにいたのはマギアだ。


 風の魔術か、あるいは彼女しか扱えない古の魔術かで姿を隠し、ついてきていたことにテンプスははじめから気が付いていた。


「驚きましたよ、入り口で襲われるもんだから。」


「僕だって驚いたよ。」


「ほんとですか?その割に、わざとドミネさんの事廊下まで送ってったみたいですけど。」


 三白眼がテンプスを貫く。否定はしなかった。隣に並んだ後輩は一拍おいて告げる。


「助けるんでしょう?」


「まあね、君はいいぞ、今回関係ないし。」


 長年連れ合った夫婦か何かのような会話だった――付き合いが長いとはいいがたいが、巻き込まれた問題の数が違う。


「何言ってるんですか今更――付き合いますよ、あの人には借りもありますし。」


 マギアは当然のようにそういった。


 今更、彼を一人でどこかにやるつもりはなかった。

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