疑い
「……消えたのか?ステラ先輩が?」
誰何するより早く疑問が口から出た。
それは彼の中にあるステラ・レプスからは考えられない言葉だった。
今、後ろに立って自分を脅している人物が何者かはわからない、が、彼女の言葉から考えて自分がステラ・レプスに何かしたと思われているのは間違いあるまい。
ということは、自然、彼女に何かしらの問題が起き、かつ、何かしらの理由で連絡が取れないと見るのが自然だ。
が――彼女がそのような状況になる姿が想像できない。
彼女は彼が戦った中でも五指に入る戦闘能力を持つ人間だ、彼個人の体感で言えば魔族騎士の二人よりも怖い。
襲われた程度ならけろっとした顔で帰ってくるだろう。
『――ああ、いや、だから僕が疑われてるのか。』
そこで、テンプスは閃く――つまり、強さの問題なのだ。
彼女はこの学園でも有数の実力差だ、武装がそろっていればテッラでも負ける。
そのレベルの人間である以上、彼女に手が出せる生徒は限られている。
そして、去年自分は惨敗したとはいえ、彼女と戦えている……それが原因だろう。
「しらじらしい……そうよ!あんたぐらいしか可能性がないの!口を割らないのなら――」
腕に力がこもるのがわかる。
魔術の気配。
体が魔術を扱うための魔力に反応して痛む――この感覚からして、おそらく電流を放つつもりだろう、皮膚が魔力を取り込み稲妻の熱で焼けるのがわかった。
さすがにこの魔術を食らうわけにはいかない、加減しているのはパターンでわかるがそれでも強すぎる、怒りで抑制が効いていない、これを受けては心臓が持たない。
テンプスの体が反応し、即座に脇にずれ――
『――待って、セルアちゃん』
――る直前、知らない声が聞こえた。
『ここでもめるのはまずいです、司書さんが反応します。』
後ろの少女よりも幾分落ち着いているらしい声の主は、しかし、気配も影も見えない。
『遠距離にいる……?』
少なくとも実体がここにいるわけではないだろう。気配を漁り、相手の正体を探る中、背後で二つの声がもめ始めた。
「なんでよ、大図書院じゃないでしょ?」
『ええ、ただ、彼女の認識ではここは大図書院に接する唯一の場所、つまり、大図書院に連なってます。ですから――』
「ここも仲裁に来るってわけ?面倒な……」
『それに、中にはマギア・カレンダがいます、彼女とその男は協力関係にある可能性もある、』
その言葉を聞いて、どうにもテンプスは自分が彼女の生活を邪魔しているような気分になった。少なくとも、学生に疎まれる理由の幾何かは自分なのではないかと顔をしかめた。
「……仕方ないわね、じゃあどうするの?」
『私たちの会室は使えませんし……今なら、部活等の裏のスペースは人がいません、そこでなら……』
「わかった、来なさい。」
言いながら、背中の魔術具が押し込まれた。
背中に食い込む感覚……霧散しきらない魔術の痕跡が背中を焼く。
「ぅっ……」
短く漏れた声に後ろで穏やかな声の女子が声を上げる。
『セルアちゃん、ダメ!』
「え?あ、ごめんなさい!」
慌てたような声、押し付けられた魔術の気配が離れた。
一瞬、ぽかんとしてしまった。
普通、脅迫者が脅迫している対象を気遣うだろうか?
「――って、こいつの事脅してるんだから別にいいのよ!さ、行きなさい!」
思い出したように声を上げた少女が再び背中を押す――今度は手で。
『……うーむ……』
背中をことのほか小さい手で押されながら、テンプスはどうしたものかと考えていた。
「――ここでいいわよね、アレクサちゃ……アレクサ」
『はい、予定ではあと15分、ここには誰も来ません。』
しばらく歩いた彼らがたどり着いたのはいつぞやマギアたちがジャックともめたあの広場の裏、学園を周囲と隔てる壁と部室棟の間のにある小さなスペースだ。
鎮座する焼却炉がいまだに現れない主を待って埃をためている。
確かにここに人は来ない――来る理由がない。
「さ、話しなさい。ステラ先輩はどこ!」
鋭い声が飛んだ――その声に、切羽詰まった色が見え隠れする。
「話せと言われてもな……僕はここ数日彼女に会ってないぞ。」
「嘘よ!じゃあ、なんで数日前にステラ先輩を探してたの!?」
「探し……?ああ……」
思い出す、確かに、彼は数日前。つまり、ザッコの一件がかたずいた後、彼女を探した。
しかしそれは――
「あれはあの一件の時、僕が体調不良でへばってた時に助けてもらったから礼を言おうと思って探してただけだ。」
「じゃあ、なんで探すのやめてんのよ!」
「今の顧問に聞いたら、「今日は来てないから自分から話しておく、彼女の方から接触すると思う」と言われたからだ、今日まで待ってた。」
「顧も……先生が?」
背後の気配がたじろいだ気配がする――やはり、こういうことに向いているとは思えない性格だ、まだ新人だからだろうか?それとも……
「ちなみに、僕が顧問と知り合いなのは去年知り合ってるからだ、先輩から聞いてるだろ。」
「!そういえば……って、なんで私の所属を――」
「こんだけあからさまで気づかないわけないだろう……それに今の彼女を気にする後輩は同じ委員会にしかいないさ。」
肩をすくめて見せる――いまだに、穏やかな声の方の気配が探れない、やはり実体はここにはいないのだろう。
となれば、この学園のレベルと魔術的な性質から考えておそらく……
『――さすがに利口ですね、テンプス・グベルマーレさん。』
思考が途切れる、背後から響くその声は穏やかな彼女のものだ。
「おほめにあずかり光栄だ、魔術師さん。魔術砲台とは高いもん使ってるな。」
『!なるほど、そこまでわかるんですね、さすが、ステラ先輩を制圧しただけはあります。』
「……僕は彼女を制圧したことはないぞ。」
『……そういった謙遜は結構です、あなたのことは調べました。』
緊張の混ざる声が彼の耳朶をたたく。
『テンプス・グベルマーレ、この学校で開校から60年誰も取ったことのない入試問題完全正答を成し遂げた秀才にして、2000年前にほろんだ太古スカラー文明の技術の再現に挑戦している変わり者。』
「!」
『五歳の誕生日に突如魔力不適合の症状に発病、以降家族から離されて暮らしていた、兄二名は騎士団一つを任される天才、弟さんは言わずと知れたエリクシーズ、素晴らしいご家庭ですね。』
「……まあ、人から見るとそう見えるわな……」
渋い顔でつぶやく、相手が背後で顔を見られなくてよかったと心から思う。
『12歳でこの町に転居、そのすぐ後におじいさまがなくなっている、そのおじいさまからスカラーの技術を引き継いだ。』
「おっしゃる通りだ。」
それは彼の来歴だった。いくつか情報は古いようだがよく調べてある。
『そして――一年前にステラ先輩をアピス財団に売った疑惑がある男。』
「!」
眉が動く、その話は初耳だった。
「……なるほど?」
疑われるたる理由はあったわけだ。
苦笑交じりに思う――どうにも信用されない人生だなと。
『風紀の調査であなたが財団を引かせたことはわかっています、これはあちら側と何かしらの密約があったと考えるのが妥当です。』
「……まあ、確かにな。」
認める、確かに、あの時の自分のやり口は間違いなく学生がやる技ではなかったし、そうでなくとも疑われる理由はあった。
『認めるんですね?』
「あれが学生らしい手でなかったことは。」
問い詰めるような言葉に苦笑で返す――こればかりは否定できない。
『では、財団との接触は否定すると?』
「する。あれとは馬が合わん。」
以前忍び込んだ先を思い返す――あれと手を組むのは彼の信義に反する。
『……ならば認めなくても結構です、ただ、現状ステラ先輩を拿捕する理由があり、できる人間はあなただけです、素直に確保場所を言わないのであればこちらにも考えが――』
「――一つ、言っときたいんだがな。」
『――はい?』
「君ら、こういうの向いてないぞ。」
言いながら、テンプスの体が高速で動く。
ひっそりと半歩下げた足を軸に体を半回転させる、相手の腕の延長から外れ、攻撃をすかす。
即座に魔術が起動、雷撃弾が打ち出され地面をえぐる――その時には、すでに彼の行動は次の動きにたどり着いていた。
右手を相手の武器に添えて、ゆっくりと手前に引く。
相手の体が前に動くのに合わせて相手の背後を取り、相手の手を武器のトリガーガードに引っ掛けながら指の可動域と反対にひっくり返す。
「っつ!」
痛みに力が抜けた瞬間に相手の手から武器を奪い去る。
反対の手を相手の首に回し、奪い取った武器を眺める。
『魔力投射装置』もしくは『魔法銃』などと呼ばれた魔法文明の遺産は一年前見た時と変わらずに不可思議な形だった。
フェーズシフターの弩の劣悪な模造品。魔法的に再現し損ねた哀れな忌み子だ。
『――!セ、セルアちゃん!』
「動くな――って、これだと僕が悪役だな。」
言いながら、彼は手の中で相手の武器――銃をくるりと回し、砲口にあたる部分を量の指でつまんだ。スライドラッチを指で押し込んでスライドを本体から分離。
スライドから魔術発動用のグリフハンマーを親指で跳ね飛ばし、エーテルシリンダーをばらして反動機構と分割し地面に放り投げる――この間四秒。
『なっ……』
絶句する相手を睥睨しながら、彼は次の手を考えていた――誤解を解きたいが、どうすれば解けるのだろう?
彼はステラに何もしていない、が、この状況でそれは信じられないだろう。
では反撃しなければと思うだろうがも銃に魔力がたまりすぎて魔術が起動しかけていた、やらないと死んでしまう。
さてどうするか……そう考えている少年の耳に怒声が響いたのはその時だった。
「――セルア!アレクサ!『お座り!』」
瞬間、腕の中の少女が地面に倒れた――この魔術には覚えがある。
「――やあ、お久しぶり。」
そういって、苦笑交じりに相手に顔を向ける――一年ぶりに顔を合わせる同級生はいつも通りの仏頂面で答えた。
「……ごめん、後輩が先走って。」
とりあえず、事態は収拾できそうだった。
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