影からの視線

「ってことは、オーラっていうのは、精神界と物質界の接触時に生じる『磁界』ということですか。」


「そうそう。だから人の精神がこの世界に接する――つまり人体が機能する限りはオーラは発生しうる。」


「ふむ……てことは魔力って磁力ではじけるんですかね。」


「はじけるよ、効率はすこぶる悪いけど。磁界があれば魔術は多少ずれる。」


「……磁界を作る装置とか作れないんですか?それがあればオーラの幕がなくても生活できるんじゃ……」


「作れるけど……でかいうえに材料費かかるんだよな、小さくするともっと材料費かかるし、あと……子供の時作ってたのがあるんだけど、人にあげてな、手元にないんだよ。」


「はぁ?命にかかわるものなのに人にあげたんですか?」


「そっちも命にかかわることだったんだよ、僕より緊急だったんだ。」


「そのために自分が死にかけてですか?」


「僕より緊急だったんだよ。」


「……まあ、あなたはそういう人ですよね……」


 あきれたようにこちらを見つめる視線にテンプスは首をかしげる。何かおかしなことなど言っただろうか?


 昼の研究個室、いつものように集まったテンプスとマギアはいつものように昼食なのか


 いつもと違う点があるとすれば――


「……また姉と兄さんが難しい話してる。」


「わかんない、ね。」


 ――マギアの家族であるノワとタリスがいることだった。


 おのおの昼食をしがみながら三白眼でこちらを見つめる二人を、マギアがジトっとした視線で見つめ返して尋ねる。


「む、なんですか、先輩と私の昼食は常にこんなですよ。」


「ん、それはわかる、ただ……」


「なんです?」


「色気がない。」


「……なんですか色気って。昼食になんでそんな物がいるんです。」


 どこかあきれたように唇を尖らせるマギアにこれまたあきれたようにノワが告げた。


「普通、年頃の男女が同じ部屋にいたらもっとこう……なんかある。」


「なんかって何ですかなんかって。いや、そもそも、年頃って……私、1200超えてるんですよ?年もくそも……」


「でも、人と接してた時間はそんなに長くない。」


「む……まあ、それは認めますが……大体、なんで色気なんて話になるんです?」


「普通、こういう状況ならイチャイチャするらしいって聞いた。」


「……誰にですか、まったく人の妹に妙にことをふきこんで……」


「友達。」


「はぁ……まったく最近のガキは色ぼけて……いいですかノワ、先輩と私はそんな関係ではありませんし、誰でもそうなるわけでもありません。そんなものはただの尻軽――」


「でも、母はやってる。」


「はっ?」


 言いながら、あらぬ方向を指さす妹の指先を眺める、その先には――


「タリ「お母さん」……お母さん、あの……自分で食べれる……」


「ん、資料とか汚れるから、ね?」


 ――なぜだか、昼食をテンプスに食べさせようとしている自らの母の姿があった。


 困り顔で断るテンプスに対して、いつもの笑顔でごり推そうとしている母。


「……」


「先、越されてる。」


 ぽつりと、妹がつぶやく。


 別段、こんなことで先を越されたから何がどうというわけでもない、ないが――


「――お母さん?」


「ん?なに?」


「何してるんです?」


 どこか、怒りをこらえるようにマギアが聞いた、眉間に血管が浮いているように見えた。


「ん……お母さんだから、お世話してる。」


「――なぜそんなことをする必要が?」


「んー……したかったから?あと――」


 どこかいたずらっぽく笑ったタリスがほほ笑んで言った。


「――こういうのは早い者勝ちだともう、よ。」


 ぶち、っと何かが切れたような音がした。


「――いい度胸じゃないですか!やってやりますよ!貸しなさい!」


 突然、大声で叫んだマギアがタリスの手から昼食のパンをもぎ取った。


 状況についていけていないテンプスをしり目に、テンプスの膝の上に堂々と座ると一言。


「口を開けなさい、食べさせてやろうじゃないですか!」


 ほとんど恫喝だった。


 紅潮した顔が怒りによるものなのか、あるいは羞恥によるものかもはや誰にも分っていないが一つ分かった。


 どうやら、彼女自身でも止まれないところまで来ているらしいということだ。


「マギア、まぎあ!乗せられてると思う!乗せられてると思う!!」


「ええい、だから何だっていうんですか!私の手からじゃ食事できないとでも!?」


「言ってない!言ってない!」


 椅子の上でバタバタと暴れまわる二人をしり目に、どこから取り出したのかわからない切時鏡を連射しながら妹と母がお互いの健闘を称えた――乗せやすい姉/娘だなと思っていた。






「――ああ、そうでした、放課後、付き合ってほしいんですけど。」


 昼食後、けろりとした様子でマギアが告げた――どうやら妹と母にもてあそばれた一件は忘却の彼方に置くことにしたらしい。


「んぁ?いいけど……どした。」


 同じく、傷に触れないとこにしたらしいかすかに頬の赤いテンプスが不思議そうに聞き返す。


 実際、彼女が自分に何かを頼むことはまれだ。


「ああいえ、大したことでもないんですが、ドミネさんから頼まれまして。なんでしたか、期末……」


「期末考査か?」


「ええ、それです、何が期末かはわかりませんが、何やらそれのせいでドミネさんが困っているそうで。」


「あー……ま、この学園の期末は結構難しい……らしいからな。」


「らしい?」


「……困ったことがないからわからん。」


「あー……」


 実際、テンプスにとり、この学園の授業は決して難しいものではない。


 知識として知らないものはともかく、問題の法則は見ればわかったし、大体の問題は考えれば理解できた。


 テンプスはわからないという言葉を持たずに生まれた――とは、亡くなった彼の祖父曰くだ。


「まあ、私もさっぱり何がわからないのかはわかりませんが、ドミノさんはそうでもないそうで、勉強をおしえてほしいらしいんですよ。」


「ああ……で、なんで僕?」


「教えてほしい項目に史学が入ってるらしいので――歴史関係は先輩の領分でしょう?」


 そういわれて、テンプスは納得した――実のところ、マギアが唯一この学園の授業で苦手としているのが歴史だった。


 というのも、彼女は死んでいる間の歴史についてそれほど詳しくないのだ。


 霊体や天上界に来る人間に話を聞くことこそあったものの、それだけですべてが網羅できるわけではないし、そもそも、復讐のための研究でしばらく地上について情報を集めていない時期もあった。


 特に最初の二百年と中間の百年、そして、『人魔大戦』が始まってから転生するまでの帰還、彼女は歴史上何があったのかほとんど知らないのだ。


 おそらく、そこにあたったのだろう、だからこそ、歴史を漁るテンプスに頼んだのだ。


「ふむ……まあ、あちらが嫌でないなら別に構わんけど。」


「大丈夫でしょう、ドミネさんですし。」


「……わかった、構わんよ。」


「では、そういうことで――ノワはどうします?」


「ん、行く。歴史は私も知らないし。」


「じゃあ、三人か……セレエ、呼んだ方がいいと思うか?」


「……そうですね、これで追試なんて言われても目覚め悪いですし。では」


 脳裏に半泣きで助けを求めてくる少女の姿を浮かべた。助けるのなら早い方がいい。


「では、放課後に。」


「ん、じゃあな。」


 そういって、マギアとテンプスはおのおのの教室に向かって歩を進めた――


「……」


 ――その光景を、影から見つめる存在が一人。


 その瞳には強い敵意が満ちていた。視線が質量を持てば人体を貫いていただろうその視線を感じながら。近頃、問題のインターバルが短くなってきたな……と、内心でテンプス達は嘆息した。


 どうやら、またしても平穏は長続きしなかったようだった。

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