次に来る問題~あるいはある女の話~
来訪者の次の手
「――もうあいつを狙うのはやめよう。」
その日の会合はこれまでのものに比べて静かだった。
マギアが現れて――すなわち、彼ら来訪者たちから見ればメインストーリーが始まってからこれまでなかったことだった。
これまでの会合は想定外の連続だった。
雑魚モブキャラであるはずのテンプスがなぜかインチキじみた装備に身を固めてあらわれ、自分たちの同類が行うはずだったメインストーリーを奪った。
ゲームや原作における彼にはありえない性能でもって彼らのとるべき栄光へのイベントを奪っていくあの男に対する怨嗟と怒号がここ最近の会合にはつきものだった。
しかし、今日は怒号も怨嗟の声もない。
皆一様に静かに話を聞いている――だが、それは決して事態が良い方向に向かったからではない。
むしろ逆だ。
自体がひどく悪い方向に向かった。そのせいで、皆恐れおののいているのだ。
その空気はまるで葬儀の際のそれだ。
皆一様に陰鬱で――何かを口にすることを恐れている。
そんな中で放たれた一言は、ある種当然の一言だった。
「で、でも、あいつを消さないと俺たちの人生が……」
「んなこと言ってる場合かよ!ザッコのやつ、つかまったんだぞ!それも国際法院にだ!」
それでも。と声を上げた消極的な声を打ち消すように最初の発言者――ドリンが声を上げる。
彼らにとり、国際法院は無視してもいいモブであると同時に恐怖の対象という矛盾した存在だった。
それというのも、国際法院という存在の特殊性が絡んでくる。
この単語はゲームや原作でも何度かでてくる単語だ。
原作ではこの先の未来に待ち構えているマギアと主人公のイベントの際、マギアに使われる脅しの文句として登場する。
実際に、その姿を現したわけではないが、原作の展開では事件収集後に舞台になった国を解体するさまが描かれ、それだけ権力のある存在であることが描写された。
それはいい、彼らには直接的に関係がないのでそれはいいのだが――問題は、ゲームにおける国際法院だ。
ゲームにおいても、国際法院は登場する。
原作と同じくほとんどモブだが、一つ例外が存在する。
原作における敵キャラと手を組むルートをとった際、敵キャラに負けてしまうと国際法院に引き渡されるのだ。
そして、バットエンドを迎え――結果的に、悲惨な末路を迎える。
ナレーションで語られるだけで、何か特別なイベントがあるわけではない、ないが……その末期は決して愉快なものではない。
だからこそ、彼らは国際法院を、あるいは『国際法院につかまる』という末路だけを警戒している。
だからこそ、彼らは学園に入っているのだ、敵の味方をするものがいないのはそれが理由である。
怖いのだ。つかまるのが。
彼らはこの世界を自分たちに都合のいい箱庭として考えている。
これから起こる未来のすべてを知り、常人をはるかに超えた力を持つ超人として君臨できる世界。
あらゆる装備や能力に精通し、自分が信じる最強にあっけなくなれる世界。
自分だけが英雄になれる世界、相手になるのはここにいる同郷の人間だけだ。
だが、国際法院の存在は彼らにとって未知のものだ。何せ、劇中にほとんど現れない関係上、この連中がどんな存在かも、どうすれば勝てるのかもわからない。
もっと言えば、絶対に勝てない可能性もあるのだ。何せデータがない。
データがあるのならどんなことでってできるが、データがないものには戦えない。
それが、この部屋に敷き詰められた来訪者の限界だった。
「な、何かしらの方法で罠にはめれば……」
「はめてまけてんじゃねーか!」
「『イベント商人』から買えるアイテムでどうにか……」
「好感度アイテムも効かねぇんだぞ!なんか……ありえねぇことが起きてんだよ!」
おのおの、考え付く対策を上げるが……それらはすべて雑庫が行っていた。
確かに、彼の計画は穴だらけで、ひどくずさんだったが、同時に、それなりに考えて行われたのだ。
彼らにできることをあらかた使い、そのうえで負けた。
結果がザッコの逮捕だ。
あとできることといえば直接戦闘ぐらいのものだが……それだって勝てるかわからない、あの男は自分たちが想定していないほど強いのだ。
「諦めんのかよ!」
「それしかねぇだろ!お前もつかまって強制労働させられてぇのか!?」
「っくそ……なんでこんなことになってんだよ!俺たちが主人公のはずだろ!?」
「知らねぇよ!どんなバグだよ、これ……」
しりすぼみになる声が、彼らの心境を現していた。
ひどく陰鬱で――やり場のない怒りを抱えていた。
「俺だって諦めてぇわけじゃねぇよ!でも……でもどうしようもないだろ!」
ドリンが叫ぶ――迫真の演技だった。
そう、ドリンは何も本気で悲しんでいるわけではない。今の彼にとって、テンプスをあきらめるのは決して悪い選択肢ではないのだ。
魔術制約により、マギアと主従に近い関係にある彼からすれば、この作業は必要なことだ。
マギアに命じられているのもそうだが、彼自身、もうテンプスに手を出したくない――これ以上何かすれば、今度こそ本当に命を落としかねない。
ゆえに、彼は演技をつづけた。自分の同胞たちにテンプスをあきらめさせるために。
「――落ち着きなよ。」
その思惑を阻んだのは、以前から冷静だった一人の声だった。
「確かに、今、テンプスに手を出すのは危険だ。ここはいったん引いておこう。」
そういった声は、不満の声に対して「ただし。」と付け加えた。
「それは今の話だ、後々装備や能力が極まってくれば、NPCに負けることはなくなるはずだろ、だったら、そのタイミングであいつを消せばいい。」
「でも、それまでにキャラを取られたら……」
そう、自信なさげに一人の男――確か、マゼンタとか言ったか――が声を上げる。
それは、ここにいる来訪者の総意だ。
彼らは自分の推しや、あるいは性の対象になる相手を手に入れるために努力している部分が大きい。
それをあきらめろと言われても無理な話だ。
「それは問題だ――けど、君もつかまりたくないだろう?」
「……」
しかし、その一言も冷静な一言につぶされた。
実際、つかまってまでキャラと仲良くしたい人間はまれだ。彼らは幸せになりたいのだ、苦労はしたくない。
「とはいえ、言いたいことはわかるよ。だから――」
指を一本立てる――代案を告げるときの彼のしぐさだった。
「――『凶皇イベント』をこなそう。」
「――あれを?なんでだよ、かなり難易度高いぞ?」
「あれの特典、知ってるだろう?」
「――!執行部からの信用か!」
「そう、あれがあれば、あいつを『この学園から追い出せる』化もしれない。」
そこまで言われて、大半の来訪者はその意図を察した。
「そうか、生徒会が味方に付けば――」
「あの男を学籍を消せる可能性がある。それを利用すればいい。」
「なるほど、それなら――」
そういって、にわかに盛り上がる来訪者たちを、ドリンは苦々しく眺めていた。
面倒なことになったな。と思っていた。
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