まどろんでいる瞼の裏/二人の隠し事と決意
血まみれだった。
ネブラの渾身の一撃のせいで残った腕の自由も効かない。
左目をフラルの炎で焼かれた。前が見えない。
テッラの電磁投射砲に落とされた腕から血がとめどなくあふれていた。
アマノの感知網が迫っている、感覚でわかった。ステラの速度が組み合わされば確実ににげられない。
『急がないと……』
後ろからは友人と呼んだ者たちが、前には――
「――まさかあなたがここまであきらめが悪いと思いませんでしたよ。」
――最も信じた共犯者がいた。
「マギア。」
「おや、まだ私の名を呼ぶ程度の理性が残っていましたか、驚きですね。」
そういってあざけるように彼女は笑った――いつものように美しかった。
「その理性があるのなら早くつかまて下さいよ、あなたに時間を割きたくないんです。」
まるで、ゴミでも見るように、マギアはそう吐き捨てる――魔女あいてでもここまで態度が悪かったことはない。
「早くあなたのおば様に合って誤らないとなりませんから――私たちが、あなたなど信じたからこのざまです。」
その一言に隣で強い視線を向ける女性が声を上げた。
「ん……ちょっと、育て方間違えちゃった、カモ。」
「お母さんのせいでもないでしょう、育ちが悪いんですよ育ちが。」
そういって、ゴミでも見るような目線がこちらに向く――またあの目だ、七歳から10年、相手を変えて見続けたのに一向になれないあの目。
体に力を入れる――ゴミ捨て場で死にたくはない。それしか選択肢がないとしても。
「……まだ逃げる気ですか、見下げた人ですね。ノワ。」
マギアの声が響いて、飛んできた神聖力の矢が膝を貫く。
「ん、逃がさない。」
そういって、影から現れたのはノワだ――目に怒りをたたえている。
カレンダ一家がそろった――もう無理だろうなと思った。
「……ここで終わりにしましょうか。」
手に緑の発光が宿る。
荷電粒子の光――もう、何度見たかわからぬ死の予兆。
「せめてもの選別ですよ……あなたのような男を信じてしまった私たちが引導を渡す。当然の事でしょう。」
嫌悪のにじむ声が響く。
「マギア、信じてくれ、僕じゃない。」
いつものように、そういって――
「――あなたを?まさか。」
いつもと違う形で話が終わった。
加速した重金属の粒子が心臓をつらぬいた。
「――ああ――」
――あなたになんて会わなければよかった――
ひどく遠くから、たぶんそんなような声が聞こえた、こちらに歩いてくる音とともに。
時間はなかった。
ここで自分ごとやつを消し去るしかない。
脳内で11年前からずっと浮かんでいるパターンに最後の1ピースを入れる。
横線一本。
これが最後のカギだった。
《高度遺伝性汚染情報兵器》
少年の最後の切り札。
ただの図形の羅列でありながら、あらゆるものを殺す秘高兵器。
テンプスの作りあげた最悪のパターン。
最後の式が力を導き、彼の体から汚染情報体があふれた。
肉体が粉々になって。
精神が散り散りになって
魂が燃え尽きて――それで終わりだ。
これが、テンプス・グベルマーレの死だった。
まどろんでいる瞼の裏で十年見続けているいつものパターン――夢の中から浮上するテンプスは、いつものように仮面をかぶりなおした。
ごくかすかに形を変え続けるその光景は、けれどいつも少年の死で幕を引く。
あらゆる手段で逃れようとあがいた。時計はその最後の希望だった。
だが、それも失敗だった。
もう、対処の方法がない。
自分は一年後、あんなふうに死ぬのだ。
だからこそ、自分がこの夢を見ていることをマギアに知られるわけにはいかなかった。
それを知れば、彼女はここから出ていこうとするだろう。あまりにも危険だ。
彼女は善良な人間だ、ひどい目にも合ってる。これ以上、屑にどうこうされる必要もあるまい。
それに……彼女は……友人だ、相手がどう思っているかはわからないが、一緒に安らかな時を過ごせて、彼は十分楽しかったから。
だから――死ぬのも、仕方がないことなのだろう。
瞼が持ち上がり、意識が覚醒する。
朝日の中で、いつものように後輩が傍らにいた。
「――おはようございます。今日もいい朝ですよ。」
「ん、おはよう……最近毎日いるね。」
「えーいいじゃないですか、美少女の後輩に起こしてもらえるんですから、役得でしょう?」
「ん、まあ、起こしてもらえるのはうれしいかな……」
そういって笑う顔の後ろで、今日も秘密がばれていないことに安堵していた。
――あなたになんて会わなければよかった――
瞼の裏にあるその言葉を振り払うこともできないまま、マギアはいつか自分が殺す少年の部屋に入った。
まだ暗い部屋で死んだように眠る少年の傍らに座る――もう、一週間以上こうしている。
結局、あの縞模様の怪人に見せられた悲劇は真実だった。
彼女が自らの力で扱えるすべての占術とあの来訪者の精神を漁って得た情報を加味すればそれは明らかだ。
自分は、一年後、かれを殺す。
マギアの卓越した魔術によってなお原因すら探れない『何か』によって、自分がそれを行う。
赤ん坊のように眠る彼を見つめながら、マギアは眠るたびに見る夢を思い出す。
彼の弁明を聞かずに、ゴミのように彼を殺す自分を思い出して――いつもの朝のように嘔吐しかけた。
ここ最近はいつもそうだ。
毎朝、彼女がこの部屋にいたのは偶然ではない――眠れないのだ、彼の死を見てから。
眠るたびに、彼を殺す自分を夢に見る。
助けてもらっているくせに、魔女にも向けたことのない敵意を向けて彼を見る自分を。
あの日、もらい受けた彼の贈り物を踏み潰す自分を。
そして――彼の『何か』で正気に戻った自分を。
呆然として、泣き叫んで――おかしくなる。
今ですら半分狂っているような心境だ、未来なら到底耐えられないのだろう。
狂って、壊れて――どうにもならなくなる。
そんな未来に耐えきれなくて――家族に話した。
縁もゆかりも、時間さえも合わない遠い時代の少年が、自分たちのために死にかけていて――1年後自分たちのために死ぬつもりだと。
あの二人が彼のことを『恩人』ではなく『家族』だと認識したのはそこからだ。
二人は自分の見たものを自分たちも見たいと要求して――自分と同じように眠れなくなった。
程度の差はある。自分のように夜中に叫んで跳ね起きてそのまま胃の中身をすべてぶちまけたりはしていないようだ――最も、夢から覚めるたびに泣いているらしいが。
だから、彼の部屋に集まった。彼の生存を確認しないと、身動き一つとれないから。
誰が一番早いかはまちまちだ。母の時も自分の時も妹の時もあった。母が彼に霊験を授けたのはおそらく母が早い時だろう。
そんな二人も、今日は来ない。
眠ったのを確認して、部屋の外から睡眠のまじないで深く眠らせた――問題が片付いた日ぐらいはゆっくり眠るべきだ。
テンプスの寝顔を見ながらほほ笑む。
かわいらしい顔だ、赤子のようで、この瞬間だけ、彼がまだ成人すらしていないことを思い出す。
寝顔を撫でる。
熱のこもった肌。呼吸の音。生命の気配を感じる……あの夢の中とは違って。
しばし、その気配を味わうように感じる。夢の時間より長くそれをしないと耐えられそうにないのだ。
「――大丈夫ですよ先輩。あんな未来、あなたには来ません。」
我知らずに声が漏れた。
「あなたにもらった大事な花を踏み潰すような。あなたのことをかけらも信じないで殺しにかかるような……あんな。」
口ごもる――言葉がのどにつっかえてしまう。
「あなたに……あなたに「出会ったことが間違いだった」なんてふざけたことをいう人間は私じゃありません。」
あなたに言われるのならまだしも、と、乾いた笑いが漏れる。
「――あなたは私が救います。」
それはあの縞模様の怪人との契約、彼女の――彼女たちのもう一つの目的。
「全部私が何とかします……あなたが私にしてくれたみたいにうまくできるかはわかりませんけど。」
あの縞模様の怪人たちがどこまで信用できるのかはわからない、わからないが、対処できるのなら、何でもいい。
もし裏切られても、対処するための方策はある――きっと彼は受け入れないだろうが。
行えばたぶん、この関係は終わり、自分は彼に二度と許されなくなるそんな方策。
最後の手段だ、それでも、彼が救えるのならやろうと思っている。
「だから安心してください。役に立たない意気地なしの魔術師ですけど。あなただけは必ずこの手で救い上げてみせます。」
だから――
「あなたを救い終わるまで、ここにおいてくださいね……」
そういって、目にかかる髪を払う――まつげが動いた。
外を見れば、空が白んでいる――思ったよりも彼のことを見つめ過ぎていたことにようやく気が付いた。
起きるのだろう眼球の動きを見ながら、彼女はいつもの自分に戻った。
彼に自分たちがこの事実を知っていることは明かせない。
この件の首謀者はテンプスの行動を予期し、彼に最大のダメージを与えようとしている。
テンプスが何かしら想定と異なる行動をとれば、その場で計画を変更するだろう。もっと陰惨で――大勢を巻き込んだものに。
そうなれば、テンプスはそれを食い止めるためにむりをするだろう――ともすれば、命を投げ出すこともいとわない。
それをマギアたちが止められるかはわからない。自分達だって成長するが彼だってするだろう、そうなればお互い殺すことでしか止まれないことになりかねない。
それは許されない。
だから――彼を救いきるその日まで、これは隠し通さなければならない。
ひそかに、静かに、誰にも悟られないように。
いつか死んでしまう彼を救う。それが、彼女の最終目標だ。
目覚めた彼に告げる。
「――おはようございます。今日もいい朝ですよ。」
「ん、おはよう……最近毎日いるね。」
「えーいいじゃないですか、美少女の後輩に起こしてもらえるんですから、役得でしょう?」
「ん、まあ、起こしてもらえるのはうれしいかな……」
そういって笑う顔の後ろで、今日も秘密がばれていないことに安堵していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます