ある女の話
「うひぇーきょうもつかれたー……」
だらりと肩を落としながら地下の暗い廊下で長い髪を無造作に後ろに流した少女――校則違反者対策委員会:会長、ステラ・レプスはげんなりと肩を落としていた。
どうにも近頃は忙しくていけない。
もともと彼女の所属は校則や生徒会その他の委員会を管理監督し、生徒にまつわる諸制度・問題の調査・研究。並びに学園本体とその上にある学園の支持母体その他一般の団体との協力体制の構築。生徒による生徒への人災が生じた場合の被害者の保護と相談、その他の支援活動の実施等。
学生側が起こした――ジャックやザッコのような――問題の対応策の立案やシステムの整備を行うことを任務とする委員会であるこの校則違反者対策委員会は基本的に忙しい委員会だ。
そのうえ、去年の一連の騒ぎのせいで、この委員会は悲しいほどに人がいない。
三回生は自分一人、二回生が二人、一回性が二人――計5名。
これが、彼女たちの組織の保有する人員のすべてだ。
とてもではないが手が回る人数ではない、生徒の起こした事件の調査には相応の手順というものがある。
大体の犯罪行為を行う連中はひそやかに隠すものだし、それを暴くのは並の事ではない。
風紀委員会のように強権はないのだ。強引に捕まえるわけにもいかない。
だというのに大部分の委員はよそに引き抜かれるか、さもなければ学園自体をやめてしまった。
やめていったメンバーを責めることはできない。それだけの状況だった、彼女たちの理論は理解できるのだ――感情はどうあれ。
内心でわだかまる熱を持て余しながら、ここ一年暮らしていた。
それでも耐えられているのは
対応策の立案を後輩に任せているのだからと被害者の保護と調査の方に回っているが……やはり一人で動き回るのは厳しい。
普段はもう二人、一年と二年の後輩が一人ずつ動いてくれるが……今日はそうもいかなかった。
おそらく、今、理事長室で行われているだろう大図書院襲撃とそこにまつわる一件の事件の犯人の確保のため、理事長は執行部の秘匿領域に隠れている。
その護衛のために、二人は理事長についているのだ――まあ、ほかの執行部の連中から押し付けられただけだが。
人を殺そうとしているような生徒の確保だ、本来なら風紀が出張るのだが……それを、ある生徒が止めた。
「この事件はこちらが調べた限り、『精神操作魔術』が絡んでいます。よって、この件は公認チーム――オカルタトゥム・シソーラスの手に移管し彼らに対処させます。」
そういわれたとき、彼女の脳裏に浮かんだのは一人の少年だった。
『相変わらずテンプス君は派手にやるねー理事長まで巻き込むとは……』
去年自分を助けた彼。行き先を誰にも告げなかった自分を探し出し、自分の先輩を見つけ出した彼。
いまだに一回性の新人たちは信じていないが、彼について知っている二回生組は「ああ、彼ならやるよな」と納得した――行動を制限された風紀員会は納得していない様子だったが。
「うひぇーうちに入ってくんないかなぁ……」
意図せず、言葉が漏れた。
彼がいれば、自分たちの仕事も幾分楽だろう。
風紀も生徒会も、存在すらつかんでいなかった事件を明らかにする彼がいれば、今日の調査もあっさり片が付いたろう。
『やっぱり最高学年が私一人ってのがキッツイよねぇ……』
自分がいないときに指揮が取れる人間がいない、二回生は皆どこかしらすっとぼけているせいで自分が不在の際に温度を取れる人間がいない。
一回生の期待のホープはいるのだが……二回生を抑えられるほどの積極性がない。
もっと言えば、自分は「戦い方」はうまい方だと自負しているが、集団を指揮することに掛けては並以下だ。去年もそうだが、どうしても自分一人でやろうという考えが抜けない。
その点、彼は向いている・いないはともかく、できる能力がある。
能力は確かだ、体質は問題だが、そこはこちらでフォローすればいい。家柄を気にする必要もないし……
『でも、去年断られたんだよねぇ……』
去年、自分を救った直後の彼に執行部に来ないか聞いた時に返事を思い出す。
――僕のやり口はたぶん、この学園には受け入れてもらえないし、組織に属するのに向いているわけでもない――
そういって、どこかさみしそうにしていたのを昨日のことのように思い出せる。
『気持ちはわかるんだよねー』
自分も彼も、それほど長いものに巻かれるのが得意というわけではない。
自分は「先輩」への恩でここにいるが……彼にそれを求めるのは無理があるだろう。
「ま、しょーがないか……はー昼寝しt――」
「――ステラ・レプス。」
突然響いた自分の名に一歩を踏み出す足が止まった。
「あなたに聞きたいことがあるわ。」
廊下の先、視線と動線を遮るようにそこに人がいた。
見覚えのある人影。自分と同じ程度の背丈のその姿はステラと同じ立場の少女のものだ。
「んー……?ああ、風紀委員長ちゃん、どしたの?」
風紀委員長、アリエノール・フォーブス。
自分と同格の戦闘力を持つ数少ない人間だ。この学園の特記戦力の一人。
仲のいい友人で……今は少し、折り合いの悪い相手。
まるで毛糸のように豊かな髪をひらめかせて、彼女は不満げに口を開いた。
「――あなた、テンプス・グベルマーレを助けたわね。」
そういって、彼女は険しい顔を向ける。
わかりきっている、この会話も、彼女が何に不満を持っているのかも。
「そうりゃそうだよーそれが私たちのしごとだもん。」
それでも、ステラは当然のことのように返した。
一年前に彼に救われたときに決めた、自分は彼の味方をする――まあ、役に立てていないのが現状ではあるのだが。
「……あなたわかってるの?彼は――」
「『あの女と同じ技術を持ってる?』」
不満げな一言を機先を制するように黙らせる。
彼女が言わんとしていることはわかるが、それは彼にしようとしていることの言い訳にはならない。
「わかっているのならなんで――」
「去年も言ったでしょ、そのやり口には賛同できない、それに、先輩も言ったはずだけど。知り合ってもいない段階で決めた対応なんて意味ないじゃん?」
「……彼が、学園に入ってきたときにこの件については合意したでしょう?」
「ソムニ先輩は同意してない。引き継いだ私も同意見だよ、対策委員会は彼に対して敵対行為はしない。」
「また、この学園をあの女がいたころに戻す気?」
「またそのはなしー……?」
「いつだってこの話よ。」
「じゃあ、私の答えもいつも通りってわかってるでしょ?」
それは、テンプス・グベルマーレについてこの一年交わされてきた議論だった。
「……『彼がそのつもりならもうすでに問題が起きてる』?」
「わかってるじゃん。それがすべてでしょ。」
当然のように告げる。
「まだ、彼にその力がないだけという可能性もあるわ。」
「ほんとにそう思う?あの女は『魔術を破壊する武器』なんて作れなかったよ。」
「……」
その一言に風紀委員長は黙り込んだ。
実際、あのテンプスの扱う謎の武器を『あの女』が使ってきていれば今、自分たちがこうしていられたかはわからない。
二年前のあの日、『あの女』に魔術は効いたのだ。
「わかってるでしょ?彼にそんなことする意思はないよ。」
「わからない。隠してるだけかもしれない。」
「あんなひどい目にあって?下手したら死んでるようなひどい目あってるのに?去年の彼、見たでしょ。ひどかったよ?」
「……」
そういわれて、アリエノールの顔に影がかかる。
間違えているかもしれないと、彼女自身思っているのだろう。わかってはいるが……止められないのだ。恐ろしくて。
この学園にとりあの女――前生徒会長の存在はそういうものだった。
二年前にこの学園を『退学』した、おそらく唯一の退学者。
この学園における恥部であり、存在を隠された女。
そして、テンプス以外に、彼女達が知る限り、唯一スカラーの技術を持つ人間。
「……ま、そういうことだから、私はもう行くねーあの犯罪者君が精神支配してる生徒探して教会に解呪してもらわないと。」
「……それなら、理事長がノワ・カレンダにやらせるといっていたから教会には連絡しなくていいと思うわ。」
「あり?そうなの?もうアレクサちゃんに連絡とる手はずとってもらってるんだけど。」
こりゃ戻って伝えないとだめだな……と、げんなりと肩を落としながら踵を返したステラの背中に、声がかかる。
「――ステラ、気をつけなさい。私たちだってあの女のことを信用してたのよ。」
「うひぇー……なに、心配してくれてるのー?うれしいねー」
「?当然じゃない、友達だもの。」
そういって、首をかしげる少女に一瞬毒気を抜かれながら、ステラは笑って言った。
「大丈夫だって、これでも私結構強いし。」
そういって、彼女は自分の領域に戻っていった。
――彼女が、姿を消したのはそれから三日後の事だった。
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