あっけのない終わり
「君からすれば想定外だったろう、本来なら術の効果で動けなくなるはずの人間が、何の影響も内容に動き回ってるんだから。」
だから焦った。
自分の作り上げた装置の不備を確認し、問題を探した。
見つからないからさらに焦って――
「大図書院で襲撃した。」
あれは間違いなく焦りのせいだった。
本来行うべきでない行動、ただ彼にはもう選択肢がなかった。
「最初の一日で大気の生霊については気づいたんだろう?なんかのイベントとやらで出てた、だから冷たい鉄の武器を用意できた。マギアの行動が読めたのは――単に、操られた人間が近くにいただけだ。」
そうして、彼らはマギアの動向を確認していた。だから、遠距離に展開し、マギアが犯人を追うと同時に逃げた。連絡は……おそらく鈴なりの声だ、あれ使う魔術装置を作ることもザッコにはできるだろう。
ザッコは黙して語らない。
語る元気がないのか、あるいは語ることに意味がないことに気が付いたのか、彼は首をたれ下げて、何も言わない。
「ここまで話せばわかるだろう?お前は法を犯してる、それも国際法だ。裁かれなきゃならない。」
「――お前らがか?どうやって!ただの学生だろ!僕を捕まえる権利なんてない!」
息を吹き返したように、ザッコが声を上げる。
確かに、彼の言うことは一見正しい。
マギアもセレエも並外れた力があるのは間違いないが、同時にただの学生だ彼を捕まえる権限があるとは思えないだろう。
さすが証拠の現物抜きで国際法院の執行官は呼べなかった。オモルフォスやジャックの時はことが大きかったから執行官が出張ってきたのだ。さすがにささやかな嫌疑で動けるほど連中は暇ではない。
「何の権限があって……!」
鬼の首を取ったように叫ぶ男に、しかし、あきれたように猫が告げる。
「君は知らんだろうがこの国では違法性のある行為を目撃した場合それを一般人が取り押さえてもいいことになってる――私人逮捕権ってやつだ。そうそう扱うことのある権利じゃないが。」
「……!」
聞いたことがあった、元の世界でもそんな動画を投稿している人間がいたのをザッコは知っている。
ただ、この世界にそんな法律があることは知らない。
「お前は、自身の利益のためにマギア・カレンダの精神を不法に占拠し、行動を制御しようとした。よって、公正なる国の法により、個人の権限として、お前を逮捕する。」
その一言にザッコの体が震える。
逃れられない恐怖が彼の体を縛る――それでも、逃れるために顔を上げ、叫んだ。
「い、いいのか!マギアは法を犯してる!僕がつかまればこれをチクるぞ!」
なるほどそれは有効な脅しのように聞こえた。
マギアは確かにドリンの精神を支配している、国際法に基づくのなら彼女も罪人だ――法に例外がなければ。。
「ご自由にどうぞ――国際法では本人が認めた場合の精神魔術の使用は認められてるんだ、これが。」
それはごく限られた法の抜け穴だった。
戦場における精神的負傷を負った人間を癒すため、『当人自身の意思によってそれを認めた場合においてのみ、法的に罪が免除される。』とある。
そして、それを行う人間には特別な資格が必要ない――精神魔術を扱えるほどの魔術師は数が限られるからだ。
その魔術師が必ずしも資格を取るほど余裕があるわけでも、あるいは文明的な生活をしているわけでもない。
超自然の力を扱う魔術師は時たま文明を嫌う人間もいる。そして、そうした存在が卓越した技量を持っていることもあるのだ。
しかし、ことが一刻を争う場合というものは明確にある。資格の有無など確認していられない狂気に侵される人間もいる。
神秘を扱う以上、避けられない危険。それに対処しなければならない。
だからこそ、この抜け穴――例外条項ができたのだ。
「じ、じゃあ、ドリンが自分から操られに行ったってのか!?」
「そうだ――より正確に言うと、交換条件に同意した。」
サンケイとドリンの会話を覚えている聡明な読者諸君はドリンがなんと言ったか覚えておいでだろう。
『――あん?なんだよ、お前か。お前も商品ほしさで来たのか?悪いけど今日はもう店じまいらしいぜ。』
普通、早朝に店を閉めるような店などない――店に商品があるのなら。
そう、ドリンは彼の持っていた資金のほとんどを使い、商人の商品を買い占めていたのだ。
それぞれ効果の違うものが数点ずつ、計18点。彼の個人資産のほとんどすべてを下げた、間違いなく極刑に課せられる数の精神操作の違法品を所持していた彼は国際法に則って言えば彼は確実に水刑に掛けられ、そのうえで死霊術によって魂を開放されず強制労働に処される可能性すらあった。
それを避けるべく、ドリンはマギアの条件をのんだのだ。
彼の持っていた道具をすべてマギアが破壊し、証拠を残さぬ代わりに、自身の先兵として支配下に置かれる契約。
ドリンは一も二もなく飛びついた。
魔術制約により精神的支配下にはいったドリンは、マギアの僕として盲目的忠誠をささげた。
「珍しくうちの後輩が悪辣なことしてるなと思ったよ。」
そういって苦笑する――そこに彼女が行ったことへの嫌悪感はない。
テンプスはそれが彼の行った行為へのある種の罰として正当なものだと感じていたし、それが法や秩序のもとでだけ執行される必要はないと思っていた。
その罰の是非は罪の犠牲者が決めればいい――そして、不発に終わったとしてもマギアはその犠牲者に相当する。ならば、彼女の定めた罰ならそれが正しい罰なのだろう。
「な、なら、セレエとノワの編入はどうだ!あれがばれたらあいつらは学園にいられない――」
「それも問題ない、そもそもセレエやノワの入学は違法性がない。」
「はっ?」
「僕も最近まで知らなかったが――この学園の教員、並びに職員には『特別推薦』って制度があるらしくてな。」
それはあの日、大図書院で襲われる直前、尋問科の顧問に聞いていた情報だった。
「当然、その権利は理事長にもある、あの二人はその枠に入ってるだけだ。何か違法な行為をしてるわけじゃない。」
故に、彼女たちは『正当かつ正式に』この学園に編入していたのだ。
基本、生徒に関して熱心とはいいがたいこの学園の教員はこの制度をめったなことでは使わないがゆえにテンプスも知らなかった。
あの大図書院の襲撃に際し、尋問科の顧問から聞かされたこの事実は、なるほど、あの理事長らしい手だった、自分に危険を及ぼさずにそれでいて最良の結果をとる。
あの点数を書き換えて見せたのもパフォーマンスの一環でしかない――何点であろうとテッラを制御するカギであり、彼女自身も並外れた存在であるセレエを見逃すはずがない。
考えてみればわかることだ。頭痛と思考の鈍化でまともに考えつかなかったがはっきりしてみれば考えるまでもなく分かった。
「――あの女が、危ない橋などわたるわけがなかろう。」
あきれたように、黒猫が告げた。
「う、嘘だ……だって、だって、ゲームではそれで……」
脅せていたはずだ。
あれは裏口入学で、だからこそ、原作の主人公は……
「その、げーむだかの理事長がどんな人間かは知らんが、こっちの理事長より利口じゃなかったか……さもなきゃ、なんかの理由でその枠が使えなかったんだろう。」
「学長さん?と仲悪いって聞くしねー」
「編入にしくじった可能性はありそうですね。」
傍観者と化していた二人からあっけらかんとしたヤジが飛んだ。実際、この学園における理事長と学長の仲の悪さは有名だ。
「……嘘だ、こんな……!」
そういって、地面にひかれたカーペットを強く握る。
もはや打つ手がなかった。自分がつかまるのは確実だった。
涙が自然とこぼれる――こんなはずではなかった。
冴えない以前の生活から逃れて、やりなれたこの世界に来て――やっと勝者になれるはずだったのに……!
こんな、こんな結果は許されない。
そう思ったから――彼は最後の切り札を出した。
「!」
猫の眉が上がる、テンプスの目の前に置かれているオーラアライザーに移る映像に流れる力のパターンに変調が起きた――何かする気だ。
「――先輩!」
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいいやだいやだぁあああぁああああ!」
マギアの警告の声。
狂乱のまま叫ぶザッコは自分のベルトに隠していた最後の切り札――
ごく薄い鋼板に秘められた嵐が魔力に誘引される。
『イベント商人』『特殊商人』とよばれる男から格安で譲り受けたこの一品は彼曰く失敗作だ。
ごく狭い範囲にしか嵐を生み出せず、持ち主を巻き込みかねない失敗作。
だが、ここから逃げ出すだけなら十分な力がある。
マギアが行動するよりもアイテムが起動する方が早い――ゲームとはそういうものだ、これはターン性のRPGなのだから。
その証拠に、マギアはまるで魔術が使えないかのように椅子から立ち上がってこちらを止めようとしている。
その行動をしり目に、ザッコの口があらを開放するための最後の一音を発す――
「――S-OA-001、対象制圧武装使用許可、非殺傷戦闘、交戦開始。」
『intellegō』
「――『吹き荒れ――』」
ザッコの口から音が飛び出すより早く、猫の口が大きく開き、そこから何かが飛び出した。
「―――――――――――――――――――――――――――」
それが、人の耳では判断できないほど高音域の音――振動の塊であったことに気が付いたものはほとんどいないだろう。
二人の少女に理解できたのは、一瞬、目の前から自分たちを叩くように吹いた風と目の前で白目をむいて脱力し、耳から血を流すザッコの姿だけだ。
ごく短い間に終わった戦闘とも呼べないような蹂躙を終えて、黒猫はひどくつまらなそうにあくびをしていた。
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