偶然

 そもそも、この計画はマギアはドリンに接触した日から始まったのだ。


「先輩は、来年の今頃、私に殺されます」


 この一言により何かを考えこむように黙り込んだサンケイをしり目にマギアは考えた。


『この男の記憶が正しければ、まだあの学院内で先輩を狙う来訪者はいる。』


 由々しき事態だ。全員がサンケイ以下とはいえ、《超常能力》や《変則的能力》を持っている可能性はある。


 どちらも自分の家族――テンプスを含めてだ――なら対処できる。が、それ以外の人間は難しいだろう。


 そうなれば待っているのはあのおぞましい未来だ。


 こいつらが直接の原因でもないが、同じことが起こるのならば避ける必要がある。


 だとすれば――


『……こいつを使うか。』


 サンケイを使うわけにもいかない。彼は自分の弟子だし、同時にテンプスの弟だ。


 精神に差し障るようなまねはできない――が、は別だ。


 この法に則ればこの手の道具の所持は水刑と決まっているらしい。それに比べれば今から自分が行う行為は幾分ましな方だろう。


 少なくとも、死にはしないし、彼の人生を深く傷つけるわけでもない――ただ少しばかり、協力してもらうだけだ。


 善良な人間には決して見せぬ酷薄な笑みを浮かべて、マギアはおもむろに、ドリンに向けて歩きだした。


 やはり自分は祖母の本を使う資格をなくしているのかもしれないと心のどこかが考えていた。






「――つまり、私がその……ザッコさん?の味方のふりして何を企んでるか聞けばいいの?」


「そうだ、こいつが何を企んでるのかわからんと対処ができん。」


 セレエがそういわれたのは、テンプスの偽物を殺す前日だった。


 テンプスから「頼みがある。」と呼ばれてきた席で告げられた一言は彼女にとって少し想定外の事だった。


「うん、まあ、いいけど……なんで私?」


「君はこの学園の生徒とのつながりが浅い、ほかの学園なら特にだ、だから、相手も違和感に気づきにくいはずだ。」


 言いながらどこかばつが悪そうに顔を背けたテンプスはぽつりと。


「……ごめん、別に君がどうこうってわけじゃなくて……その……あー……」


 自分が気にしていると思ったのか歯切れ悪く謝ろうとするテンプスに苦笑しながら、別に構わないと告げた。


「いいよ、テッラ君も私もテンプス君の役に立てるのなら」


 そう聞いたセレエにマギアが渡した『切符』が彼――ドリンだった。


「この男は聞けば、ザッコとやらと接点がある様子ですから、こいつを使えば潜り込むこともできるでしょう。」


 そういって呆然とした様子のドリンをマギアが小突いた。


「……わかった、で、何をすればいいの?」


 そういって、彼らはあの日を迎えたのだ。







「――お前にセレエを紹介した段階でドリンを操ってお前にあの計画を実行させた。君があのおもちゃをセレエに使わないか多少賭けの部分もあったが、君は使わんだろうと思った――一応、対策もしてたしな。」


 なぜなら、護符類は決して安い買い物ではない。


 操ったドリン曰く、『平均的な騎士の月収』を払うことでようやく最も安いものが手に入るレベルの高級品だ。護符ともなればもっと高い。とてもではないが一般家庭の人間には手が出ない。


 そして、ザッコの家は決して裕福ではない。彼が道具を集めたのも結局は自分が必死に集めた金をはたいてどうにか手に入れたのだ。


 だからこそ、不必要には使えない。再補充するのに金がないのだ。


 その辺の金持ちでも捕まえて――と思うかもしれないが、そこは彼らのゲーム的思考が邪魔をした。


 ゲームにおいては仲間を増やしても所持金が増えることはなかったのだ。


 ゆえに、彼らはゲーム的思考によって、他人に金を献上させる使い方が思いつかなかった。


 ゆえに、彼は手元にあるアイテムの残数に気を遣う。彼の目標のために不必要に使うわけにはいかない。


「だから、うまく行くと思った。」


 そして、その考えは正しかった。


 実際、彼はセレエに護符を使わず、計画は実行された。


「僕の偽物をセレエに殺させて、お前の信用を勝ち得た。君から計画の情報をもらい受けるために。」


 それが、彼らの目論見だった。


 あれだけ焦っている問題が片付けばこの男は確実にわきが甘くなるだろうと考えた。


 実際、その考えは正しかった。


「じゃ、じゃあ、あの日、死んだお前は何なんだよ!」


 疑問を叫ぶ、彼はあの確かに、テンプスの死体を見たのだ。


「……いろいろ策を弄した割に回転の鈍いやつだな。尻尾の伸びる猫がいれば気が付きそうなもんだが。」


「何をだよ!」


「彼――正確にはその前身を使った、可変型流動性エクトプラズム誘導実体S-OA-001、通称キャスだ。ちなみに命名はノワとマギアだ、クロって名前にしようとしたら怒られた……」


 すねるように顔を背けるテンプスの頭を撫でながら、マギアが「仕方ないでしょう?」と口をはさむ。


「先輩の名前、いちいち安直なんですよ、様々な生物に化けられるからキャスト、猫だからキャスパリーグ、まとめてキャス、いい名でしょう。」


「私は、こっちのほうが好きかな。」


『私もこちらが気に入っています。』


「……キャスまで否定しなくても……」


 から響いた声に、ベットの上で目の前に置かれたオーラアライザーを恨めし気に見つめるテンプスがまたしてもしょげた。


「だ、だから!そのエクトプラズム引導なんたらってなんだよ!ぼ、僕は知らないぞそんなの!」


 驚愕を隠さずにザッコが叫ぶ、もう恥も外聞もない。


「何と言われてもな……S-OA-001――optimumオプティマルanimantiaアニマティア-001は可変型流動性エクトプラズム誘導実体、つまりだ、今回のために急遽作ったものを再調整した。キャス、自己紹介。」


『――初めまして、ご紹介に預かりました、S-OA-001、キャスです。お見知りおきを。』


 ぺたりと座り込んだ猫の口から、テンプスのものではない声が響く。


 ぺこりと頭を下げる猫を瞳孔の開ききった眼で見つめるザッコが何を考えているのかは誰にも――本人にすら――わからない。


「ある程度自立した知性を持ち、僕とアラネア――君が殺した僕を制御してた彼の命令を聞くための独立した判断力を持たせた現行のハイエンド……それが、この子だ。疑問の答えになったか?」


 どこか自慢げな声が響いた。


「君が、僕を『殺した』日に回収した僕の死体から再調整した、無駄が多かったからちょうどよかったよ。」


 などと笑う彼をザッコは化け物を見る目で見つめていた。


「なんなんだよ……なんでそんなことができるんだよ!」


 叫ぶ、そんなこと、選ばれた自分にすらできないというのに。


「なぜと言われてもな……勉強したからとしか言えんが。」


 顎を掻きながらテンプスが言った、見るからに困っている。


「なんで……なんでそこまでしたんだよ!」


 ザッコが叫ぶ、周到な計画で彼らにはめられる理由がわからないと言いたげな声――人一人殺そうとした割にはずいぶんと勝手な話だった。


「君の計画に興味があってな。」


 そんなザッコにテンプスは淡々と声をかける。


 それは最初からずっと疑問だったことが問題だった。


「なんで僕を事故に見せかけて殺したかったのか……安定しない計画にした理由がわからない。」


 面倒かつ時間がかかり、確実性も損なう。なのにそこまでやった理由。


「何か面倒な計画があって、それのせいで人が巻き込まれるのは避けたかったんだよ。だから、調べた――で、分かった。君が公認チームに入りたがってること、入ったうえで王族に何かをしようとしてること。」


 予測はついていた、それでも、それ以上のたくらみがないと確定させたかった。


「計画がわかれば、なんで事故に見せかけたかったかすぐに分かった……お前、理事長に僕の体調不良を印象付けたかったんだろう?」


「!」


 驚愕にザッコの肩が震えた。


「そしてその原因を、僕の扱う『技術』に擦り付けるつもりだった。そうして、僕を殺す準備と自分の計画……公認チームの後釜に座る計画を確実にしたかった。」


 単に死ぬだけでは問題なのだ。


 もし、何の問題もなければ理事長はテンプスの残された技術を使い、魔術技師をチームに入れない可能性があった。


 実際、理事長の口ぶりではテンプスに価値を見出しているというよりもスカラーの技術に価値を見出している様子だった。


 それを扱うのがテンプスである必要はないのだ――扱える人間と技術がセットで転がっていたから両方を手に入れたに過ぎない。


 だから、技術に問題があることにする必要性があったのだ。


「そのためにこいつを使った……なんて言ったっけ?」


「神経圧迫『シナプティック・オーバーロード』。簡単に言えば感覚を狂わせる魔術です。」


「そうそれ。それを使って僕の感覚や神経反応を操ろうとしてた。」


 そういって、猫は理事長に化けていたマギアが机に放りだした円盤を尻尾で撫でた――いつの間にやら、尾が二本に増えている。


「僕に挑んでくる連中はみんなこれと同じ円盤を持ってたんだろう?」


「!」


 ザッコの肩が震えた――図星だった。


「ただ、僕にはちょうど良かった……僕はあの時、君の装置とは無関係に体調が悪かったんだよ。」


 結局のところ、これは偶然が味方をしたのだ。


 この男はテンプスが戦闘するたびに神経圧迫の魔術具を起動させ、彼を行動不能にしようとした――が、その作用が『正常性を失った脳を正常に変えていた』のだ。


 肉体からやってくる情報が圧倒的な流れとなって大幅な負荷をかけるあの装置は、テンプスにとってのみ想定外の挙動を示した。


「あの時、僕は『いつのものかわからない神経情報』に翻弄されてた、それが、お前が増幅してくれた神経情報で『あの時だけ本当の神経情報を脳が受け取れてたんだよ。』」


 だから、戦う時だけ、彼は体調がよかった。


 あれは偶然の産物だったのだ。


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