彼の計画

「彼の姿を借りて申し訳ないね、マギアが病み上がりは家から出るなと、鎖で縛りつけるものだから。」


 そういって苦笑するように顔を下に向けた猫は、どう見ても猫にしか見えない。


 ザッコの思考は今まさに破綻寸前だった。


 なぜ目の前に死んだはずの男がいる?なぜそいつが猫の姿をしている?あれは、なんだ?あんな生き物は知らない……


 混乱のるつぼに落ち、自分すら見失いかけている男に猫が口を開く。


「さて、大まかなところはセレエから聞いてるが、まだわからんところがある……あー……大丈夫かね?」


 黙り込み、目を虚ろに沈ませる男を見つめて、猫が傍らの少女に尋ねる。


「……マギア、あれ、大丈夫かな?」


「ん?や、大丈夫ではないでしょう、私だって今朝見て驚いたんですから。」


 ふむ……と思案するように片眉を上げる表情豊かな猫を見つめて、ザッコは絞り出すように告げた。


「なんなんだ……!なんなんだよお前!」


 叫ぶ、思いのたけを乗せて。


 ザッコからすれば、今の状態は理不尽と混沌を煮詰めた鍋の中を覗き込んでいるようなものだ。


 自分が得るはずだった栄光が、一体どうしたわけか崩れ去り、気が付けばこの憎らしい男の手に戻っている。


 叫ばずにはいられなかった。


「なんなんだよこれ!何が起きてるんだ!理事長はどこ行ったんだよ!」


「理事長なら、今日は学園に来とらん、君が僕を殺した日に事情を話したら『では、選択された日には学園を開けます、あとは良しなに』だそうだ。」


 そういって、猫が肩をすくめて見せる。


「話した……?何をだよ!」


「君が何を企んでいるのか。何をしようとしているのか、それが起こればどうなるのか……そんなところか。」


「だから何のこと――」


「――君が僕を殺そうとして、法に触れる道具を使ったこととか?」


 猫の顔がにたりとゆがむ。


 その言葉に、ザッコの肩が震えた。


 思い返す――先ほど、自分はなんと言われた?


 ――他人の神経や精神にかかわる魔術は国際法で禁じられている――


 そうだ、そういわれて……


「まさか……」


「やっと気が付いたのか?思ったよりにぶ……『あまり人の尊厳を傷つける言葉は推奨されません』……思ったより堅物だね君……」


 猫の口から突然漏れたテンプスのものではない声に邪魔されてふてくされたようなテンプスをしり目に、ザッコの脳は回転し、ある結論にたどり着いた。


「――変遷の護符も、そうだっていうのか?」


「そうですよ?やっと気が付いたんですか……」


 あきれたように、マギアから声がかかる。


 嘲笑すら感じるその声にザッコが反応する。


「そ、そんなわけない、これは魔術なんて関係――」


「ええ、ないですよ、これは『超常能力』の領域ですから、魔術ではありません。」


 またしても、彼の知らない単語が出た。


「ちょう……?」


「セレエさんの邪視みたいなものですよ、魔力を使いますが魔術ではない術――その程度の理解でいいでしょう。確かに魔術ではありませんから対抗呪文もありません、この時代の魔術師なら多少手こずるでしょう。」


 手のひらで校章をもてあそびながら、マギアが告げる。


「が、魔力を使っている以上、それを調べる方法もありますよ、国際法院とやらならどうにかなる範囲でしょう――オモルフォスの魅了も抜けるようですし。」


 そういって、彼女は机の上に校章を放り投げる――正直言って興味が持てない。


「な、ん……だって……ゲーム……ぇ?」


 理解できない様子で、ザッコは膝から崩れ落ちた。


 意味が分からない。わからない、何が起きているのか――


「何が起きて……」


 呆然とつぶやく、首をがくりとたれ下げるその姿は哀れを誘うに足るものだった。


「――別に大したことはしてない、お前の計画を利用しただけだ。」


 冷たい声が響く。


 猫から響くその声はテンプスのものだ、先ほどまでのふざけた様子はない。


「最初に違和感があったのは、僕を殺すときに魔術でもなく毒だったのに違和感があった。」


 それは脳の痛みに隠れていた事実だった。


「神経を麻痺させ呼吸器不全にする――この毒を見た時に思った、即効性が薄い毒を使うなと。」


 魔術や神秘のない世界ならこの毒は十分に即効性があっただろう、ただ、ここは神秘満ちる魔術の世界だ。


 この毒よりもはるかに強力な毒はそう少なくない。


 だというのに、あの毒を使った理由は何か?


「あの時は気づかなかったが、あとでわかった――ああ、これは事故に見せかけようとしているんだなと。」


 それがわかれば、彼がやろうとしていることは明白だった。


「お前は僕を事故に見せかけて殺そうとしてる。それは途中でわかった――まあ、状況が悪くて誰にも伝えられなかったが。」


 結局、これは体調が良ければすぐに片のついた事件だったのだ。


 事件の様相はそれほど時間がかからずに分かった。


「わからなかったのは大図書館での一件だ。」


 あれは明らかに異常な一件だった。


 何をどうやっても事故に見せかけられないのだ、あれだけは意味が分からない。


「あの時の大図書院襲撃はこれまでの動きから外れたパターンだった、明らかにお前の初期計画から外れてる。」


 だが、起きた。


 だとしたら――


「それも、時期に気が付いた。追い詰められていて、時間がないんだと思った。」


 何が理由かはドリンに聞くまでわからなかったがそれでも、焦っているのは理解できた。


「だとしたら、僕を殺せば確実に行動すると思った。だから――彼女を脇につけておいた。君の裏事情が知りたくて。」


「――はっ?」


 ザッコが顔を上げる。


 今何と言った?彼女を脇につけた?


 だとしたら――


「――そうだ、。操られてたのはドリンだ。」


 それが、彼の計画だった。

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