ある来訪者の転機
「――クソ!なんで見つからないんだよ!」
部室等の一角、『魔術器具研究連』の一室で男が叫んでいた。
ザッコ・テンポ。
転生者――いや、『来訪者』の一角である彼は自身の計画が想定をはるかに超えて遅延していることにいら立っていた。
「……申し訳ない、ただ、どんな方法か知らないが奴は明確にこちらの探知をかいくぐっているんだ。」
「どうやってだよ!あいつは魔力なしだろう!?」
「それは……」
悩まし気に顔をゆがめる小柄な男にいらだちをぶつけながら、ザッコは自分の計画が失敗に向かっていることを察していた。
もし、テンプスを殺すことができれば、自分の地位は不動のものになるだろう。
そんな思惑で転生者同士の会合に際して彼がテンプスを殺すと宣言してからすでに二度、失敗している。
一度目は毒針、二度目は大図書院での襲撃。
そのいずれもろくな効果を出せていない。
転生者たちの中ではすでに『この男に任せておけないのではないか?』そんな空気が流れ始めていた。
「……くそ……!」
せっかく計画した『乗っ取り』もこのままでは失敗だ。
マギアもアマノも取られた、イベントも今のところあの男中心に起きている、このまま放置はできない。
他の転生者もそう考えている以上、テンプスはなんとしてでも殺し切る必要がある。
だが、今のところ彼の計画はうまく行っていない、となれば――
『そろそろ、ほかの連中が動くかもしれない……!』
いや、すでに動いていてもおかしくない。
そんな恐怖がザッコの焦りを深くしていた。
せっかく、この世界に来て初めて巡ってきたチャンスだ、他人のものにするつもりない。
「――もういい!僕の道具を使って、なんとしてでも探し出せ!」
「わ、分かった、申し訳ない。」
気弱にそういって部屋を退出した小柄な男を見送って、ザッコは頭を掻きむしった。
『なんでこううまく行かないんだよ!この世界に来た時の計画じゃ、もっとうまく行くはずだったのに……!』
そのために興味のない剣術部に入ったというのに……!
「そうだよ、大体、なんで転生者がこんなにいるんだ……普通、どのラノベでも一人とかだろ……それで、もっとこう……ちやほやされて……!」
恨み言が口から漏れた。
こんなことは計画にない――本来なら今頃自分はもっと……!
ガラガラと扉を開く音が部屋にひびいたのは、そんな不満がのどからほとばしる直前だった。
「――よぉ!ザッコ!」
「お前……」
開いた扉から顔を見せたのはドリン・ゾロコフ――彼と同じく多次元からの転生者/来訪者だった。
「何の用だよ……」
ザッコはこの男が嫌いだった。
一言で言ってしまえばキャラが合わないのだ。
他人にすがるくせにいっちょ前に文句だけ入ってくる寄生虫、自力で運命を切り居開こうとしている自分とは違う――と、彼は思っていた。
「――あのくそモブの排除、うまく行ってないんだろ?」
「!」
体が硬直する――よりによって気に食わない男に自身のミスを指摘されたのが彼の精神に負担をかけた。
「いやでもわかるぜ、いまだにけろっとした顔で学園に来てるもんな」
「……」
「ったく、自分で名乗り出といてずいぶんと情けねぇな!」
馬鹿にするような声。イライラする。
胸に宿った怒りのまま、ザッコはドリンに向けて叫んだ。
「――仕方ないだろ!こっちの使ってるのはサブイベのボスで、基本そんな強くないんだよ!魔女に勝てるようなやつ相手に戦えないんだよ!」
「いいわけかぁ?情けねぇ……やっぱ生産スキルなんてとってるやつじゃ暗殺は無理かぁ?」
顔をしかめる――確かに、この男の言う通りだった。
ザッコはこの次元に現れた際、戦闘用の力ではなく生産に属する能力に補正がかかるようにこの世界に自分たちを読んだ存在に嘆願していた。
それは以前の世界で煩わしいチンピラに辟易していたからかもしれないし、あるいは知性で力を制することに希望を見出していたからかもしれない。
生産系能力が人気がないのも彼がこれを選んだ一助だった、不遇スキルで逆転……彼の好きなジャンルだった。
幸い、ゲーム内のスキルで作れるものは暗記していたし、材料も覚えていた。
魔術機器作成技能をギリギリまで伸ばした彼の生活はばら色になる――はずだった。
ただ、その能力を使いこなすには問題があった――彼の家の財政では彼の能力は生かしきれなかったのだ。
通常、何かを作る類の能力は相応の設備と相応の材料が必要になる。
どこぞのスカラーの後継のようにその辺のごみから超兵器を作れる人間はそう多くないのだ。彼も、そこまでの能力は得られなかった。
また、この能力には欠点がある――作るのは得意だが、原理や作動機序がさっぱりわからないのだ。
もともと、ゲームの材料で出来上がるものしか作れないのが彼だ。
ゲームに登場するものは転生時に手に入れた能力で作成しようとすれば体が勝手に動くが、それ以外のものは作れない。
おまけになぜそれが動いているのかもわからない。理解して作っていないからだ。
ゆえに、『作れはするけど、なんでこうなっているのかわからない。』という、学術的に不完全な物しか作れないザッコはこの学校でも目立たない存在だった。
それでも、彼は彼なりにこの学園で権威を見せようとして、様々な謀略を巡らせようとしてはいたのだが――それがうまく行っていないことは明白だった。
そんなザッコにめぐってきた千載一遇のチャンスがテンプスを殺すという一大イベントであり、その響きと名声に目がくらんだのは……正直、否めないところがあった。
それがわかっているだけに、彼は言い返せない。
「嫌味を言いに来ただけなら帰ってくれ、今僕は忙しいんだ!」
そう叫ぶのがやっとだった。
「まあそういうなよ、せっかく手伝いに来てやったんだからよ。」
「はぁ?何言って……」
「――入って来いよ。」
「あ、うん、失礼しまーす……」
そういって、彼は部屋の入口に視線を送る。そこに現れたのは――
「――な!なんでこいつがここに――」
「町を出てすぐの森、行商人――わかるだろ?」
「!」
それは自分だけの秘密の言葉――いや、そうであったはずの言葉だった。
「お前……イベント商人と会ったのか……!」
「おお、お前があってるのをつけたのさ。まさかあんな方法で会えるとはな。」
「……転生者同士の詮索はご法度だろ!」
「まあ、そう怒るなって、そのおかげで、こいつが手に入ったんだからよ。なぁ?」
「うん……いや、手に入ったって言われ方は正直あれなんだけどね?」
そういって困り顔でほほ笑む彼女にザッコは目を見張る。
脳内でアイテムの情報が高速で流れる――おそらく、自分が使ったのと同じ変遷の護符だ。
「どうやって彼女に……!」
「どうも、テンプスがらみでサンケイの後を追ってたらしいぜ、何してるのか聞かれたから変遷の護符でドンさ。」
そういって笑うドリンに内心舌打ちを漏らす――うまくやったものだ。
「でだ――こいつを使えば、あのくそモブをお前の舞台に誘い出せるんじゃねぇか?」
そういって、にやりと笑う。その顔はまるで悪い魔女のようだ。
「……!」
その姿を見て、ザッコの目が見開かれた――確かに、行けるかもしれないと思った。
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