ある男の死……

「――ごめんね、テンプス君、こんなところに呼び出しちゃって。」


 吹き抜けるような空の下ではそんなことを言った。


 学園の本校舎屋上、普段ならまばらであれ生徒の姿の見えるそこは、しかし、まだ早朝ということもあってか、他の生徒の姿は見えない。


 普段弟たちが昼食を共にしているらしいここに、テンプスが来るのは珍しいことだった。


 別にいい、と言いたげに肩をすくめて自分を呼び出した相手に続きを促す。


 問いかけながら、そういえばとまじまじと話すのはそういえば初めてかもしれないなと思っていた。


「うん……お礼、言い損ねてるなと思って。」


 礼?


 首をひねった――意味が分からない、何か礼を言われるようなことをしたろうか?


「そう、お礼。」


 そういって少女はこちらにやさしく微笑む。


 その姿を見て、テンプスは彼女を初めて見た時のことを思い出す。


 瞳の意匠の白磁の面に姿の分からぬうろ装束の怪人と呼べそうな姿に、多大な悲しみをたたえた彼女の姿を見た時は何かの魔族かと思ったものだ。


 最初は攻撃をしようとしていたのだったかと、苦笑する。


 あの時、見た彼女はひどく悲しそうでこんな風に笑えるとは思っていなかった。


 この顔が見れただけでも、自分があの地下を探り出したかいがあろうというものだ。


 別に構わない、と、顔の前で手を振る。


 別段、彼にとってはそれは特別なことではない、昔からやっていることだし――善良な人がひどい目に合うべきだとも思わない。


「そう?でも、それだと私の気が済まないから。」


 そういって、彼女はテンプスの手をつかんだ。


「――ありがとう、テッラ君と私の事、から助け出してくれて。あなたが来てくれなかったら、きっとテッラ君も私もまだあそこにいたと思う。」


 掴まれた両の手から伝わる熱は、彼女の感謝を示すように熱い。


「あなたに、私を助ける理由なんてなかったのに、私のために危ない目にあってくれたって聞いたの、テッラ君の事、助けるために私の事も助けようとしてくれてたって。」


 何かをいつくしむように、彼女の手がテンプスの手を撫でた。


 体が縮こまるのを感じていた。この手の褒めには慣れていない。いつだって向けられるのは殺意か侮蔑だ。


「だから、ありがとう、あなたにあえてほんとによかった!」


 そういって朗らかに笑う。


 その顔は本当にきれいで――だから、テンプスはそのあとに続く言葉に気づけなかった。


「――だから、ごめんね?」


 彼女の口がそう動くと同時に彼女の目が妖しい光を宿す。


 瞬間、テンプスの体が硬直する。


『呪縛の邪視』だ。


 ある程度の精神強度しか持たぬものを呪縛し、動けなくする邪視――『妖眼』を持つ、彼女の異能。


 両の目に三つ、そして額に隠れている目に三つ。三つの目が開いているときにのみ発現する一つ。


 計十個。


 それが彼女の持つ生来の異能、そのうちの一つ。それが、テンプスの肉体をからめとっている。


「――ごめんね、でも、私の『仲間』のために、君を殺さないといけないの。」


 そういって、彼女は目に秘められた異能をさらに開放する。


『力場の邪視』――目に映ったものを手を触れずに浮かせるその異能で彼女はテンプスを屋上の端まで運んだ。


 そして、もう一度「ごめんね」と誤って――彼を落とした。


 バギン!とけたたましい音がして、重いものが地面に落ちた。


 その音を聞きながら、彼女――セレエは懐から取り出した封筒を億女の淵において重しをし、屋上から下を見下ろす。


 赤い花が咲いていた。


 鮮血のように真っ赤な花。その中心で、先ほどまで手を握っていた相手が倒れ伏していた。


 死んでいる。


 首元の包帯が赤く染まり、それが血であることを伝えていた。


 五階分の高さからの落下。確実な死。


 その事実を見つめ、セレエは屋上から立ち去った。


 あとに残ったのは吹き抜けるような青空と置きざりにされた封書だけだった。





 ある生徒が事故にあって亡くなったと、校内紙に乗ったのはその日の昼の事だった。






「――――やった!やったぞ!死んだ!確実に死んでる!」


『魔術器具研究連』で、ザッコが叫んだ。


「おめでとうございます!」


「やった!」


「おめでとう!」


 拍手が響く。


 この狭い部屋の中で、彼の『仲間』が彼を称賛し、彼の『偉業』を祝った。


「アハハ!やっぱり仲間なんて作るもんじゃないな!人なんて信じたからこのざまだ!」


 哄笑を上げて、彼は自分の正しさを叫んだ。


「これで、あいつの死は自殺として処理される、事故でもよかったけど、これであいつの死はあの妙なチート装備のせいってことになるはずだ!」


「うん、一応、あの封筒にはそう書いて入れといたよ。」


「よし!これで、僕は公認チームに入れるはずだ。魔術機器の作成で一番点数がいいのは僕なんだから……!」


 興奮を隠しきれない様子で彼は震える声で囁く。


「それでこれからどうするの?」


 そう訊ねたこの部屋唯一の女子、セレエにそう聞かれたザッコは上機嫌に告げる。


「ああ、この後?最初の計画通りさ!僕は公認チームに入れられはずだ、魔術機器学で成績一位を取れれば『整備士ルート』に乗れるからね。そうすれば『勇者大祭』に呼ばれる!そこでサンベル姫に会えればこいつで……」


 言いながら彼の手はポケットの内側に秘められた護符を撫でる。


「……よくわからないけど、それが最初の計画なの?」


「ん……ああ、そういや、知らないんだっけ?そうだよ、僕の狙いはテンプスみたいな雑魚の命じゃない、この国さ!」


 けらけらと笑う。


 まさしく哄笑だった。


「公認チームに入れば、僕は王族と関係が持てる!そうなれば僕はこの国の資産で好きな物が作れる!そうなれば勇者だって目じゃない!大英雄さ!ああ、サンケイのやつのチームを全員僕のものにしてもいいな……ひひっ、面白くなってきたぞ!」


「フーン……あなただけでやるの?時間かかりそうだけど……マギアちゃんとかに気づかれない?」


「わかってるよ、そこは最初につぶすさ、それに、好感度調整アイテムは僕ら……プレイヤーにしか使えないんだ。」


 そういってかすかに渋い顔をする――自分のもうお層を邪魔されたのが気に入らないのだろう。


「そうなんだ……じゃあほかに手伝ってくれる人とかいないの?」


「いるはずないだろう?僕の仲間は『これ』で作った連中だけさ!」


 言いながら取り出すのはこの学校の校章――に見える物体。


 それこそが、本来の変遷の護符の姿だった。


 他者を強制的に仲間にしてしまうその護符は、他人に渡される際『その人物が重要だと思うものに姿を変える』性質があった。


 送られた相手が好意を持つように移り変わるその姿はなるほど、『変遷の護符』と呼んで差し支えない代物だった。


「仲間なんていらないんだよ!僕の頭脳と能力があればどうにでもなるんだから!」


 楽しそうに、嬉しそうに、男――ザッコが叫ぶ


 それは人を殺した人間の口ぶりではない。


 それはまるで、質の悪い障害を取り除いた時のような。


 それはまるで、遊戯において邪魔な駒を排除した時のような。


 それはまるで――新しいおもちゃを手に入れたような。


 そんな喜びに満ちていた。


「さぁ、忙しくなるぞ……まずは、もっと僕の成果をアピールしないと……!そうだ、お前たち、僕の道具の材料を集めてこい!大会で勝てるようにしてかないといけないからな……!」


「ああ、分かった。」


「任せとけよ!」


「セレエは僕と居ろ!マギアあたりが気が付いても面倒だからな!」


「うん、いいよ。あなたを守ればいいかな?」


「ああ!任せるからな……!」


 そういって、上機嫌に体を翻す。


 彼の目には、希望に満ち溢れた未来が見えていた。

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