彼らの目的
「――クソ!どこに消えたんだ!」
「なんだって毎度毎度逃げられてんだよ!てめぇ、頭におがくずでも詰まってんのか?」
「それを言うのなら貴様はどうなんだ!殴ること以外脳がないくせにがたがたぬかすな!」
昼休みの終わり、大図書院に続く廊下の途上で、二つの影がもめていた。
片や小さく、片や人よりも大きい。
片や冷徹、片や粗暴。
どこまでも相いれない二人が前日の朝、襲撃者から命令を受けてテンプスを殺しに来ていることは彼ら以外の人間は知らないことだ。
「この廊下でどうやって見失えるんだよ!」
「知らん!俺の探知は完ぺきだったはずだ!奴は大休憩に入ったと同時にこちらに向かって動き出した!それは確実だ!」
そういって、小柄な男が叫んだ。
彼が同じ教室のテンプスに探知用の魔術を仕込んだのは、大図書院の襲撃の翌日、倒れ伏した彼がけろりとした様子で登校した日だった。
彼の『雇い主』からの命で、彼を再び襲撃するために行われたテンプス追跡の試みは、しかしここ数日、成功を見ていない。
「現にいねぇじゃねぇか!大図書院には入れねぇし、この廊下に隠れるような場所はねぇ!なのにどこにもいねぇ!」
「っく……何かの魔術か?それで隠れて――」
「どうやるってんだ!あいつは『魔力なし』だぞ!なんだって昨日から一回も見つけられねえんだ!」
言いながら、大柄なほうが振り返りながら腕を振った。
そこにあるのは彼ら以外誰もいない通路だ。自分と相方以外影も形もない。
何もない空間が彼らを静寂に包む。
「だから言ったんだ!周りなんてどうでもいいからさっさと殺せばいいって!」
「仕方がないだろう!彼が事故に見せかけろというからこの手しか使えんのだ!」
「最初の毒針はどうなんだよ!」
「あれは体内に入れば高速で分解される!呼吸不全で死ねばやつの道具の悪影響として処理できる手はずだったんだ!」
小柄な男の言い分に言い返せないのか、あるいはそれすらいらだちの対象なのか、大柄な男は舌打ちを漏らして口を滑らせた。
「――っち!あいつもあ――」
悪態をつこうとした片割れの男の目玉が、突如として不気味に蠢動した。
口はぽかんと開け放たれ、目がぐりぐりと不規則に動き回り、鼻から血がこぼれた。
精神支配の魔術が、人の行動を制御するときにありがちな影響だった。
「――んぉ?あぁ?俺何言おうとした?」
「知るか――行くぞ、あの魔力なしにこれ以上うろつかれると計画に差し障るんだ!」
はた、と正気に戻った顔で大柄な男がつぶやく。その顔に先ほどまでの怒りはない。
そんな大柄な男の様子にまったく関心がないかのように、小柄な男が告げ、テンプスを探すために歩きだした。
その光景を、廊下の真ん中で光を透過したエクトプラズムの結合体が見つめていた
「操られてますねぇ……」
「完全に堕ちてる。姉か私じゃないと治せないと思う。」
二人の男の様子を見ながら、マギアとノワがおのおのの見解を述べた。
机の上に置かれたオーラアライザーが映し出す空間に投影された景色は、エクトプラズムの体を持ちテンプスに代わり学園に通うアラネアからもたらされた情報だった。
エクトプラズム結合体が見た情報を、オーラに変換して送信することで成り立つ立体像の投影機構は問題なく機能していた。
「ってことは、彼らもその……ザッコだっけ、僕を狙ってる彼の被害者ってことになるのか。」
「まあ、そうなりますかね、献身の護符と何か別の道具の合わせ技でしょう。悪感情を持てなくされてるってところですか。」
「たぶんそう、神格とか領域守護者に祈ったことがないんだと思う。自力で解ける人なら逃げられるけど、そうじゃないなら大変。」
先ほどの映像から、魔術師二人が見解を述べる。聞く限り、彼らは被害者で確定らしい。
どうしたものかと眉間を搔いていたテンプスを見つめながら、マギアが疑問の声を上げる。
「……っていうか、なんでこんなことしてるんです?サクッと首謀者つぶせばいいのでは?名前も、どこの誰かもわかっているんですし。」
「ん、いや、まあ、それはそうなんだけどさ。」
どこか歯切れの悪い一言にマギアがおそらくこれだろうと考えていた一言を差し込む。
「……連中の言ってる『計画』ですか?」
「うん、それがただ単に僕の立ち位置を奪う程度の話ならいいんだけど――あいつら、面倒な道具持ってるじゃん?」
「ええ、あの調子だとまだいろいろありそうですね。商人の方もどうにかしたいですが――あの連中、あれで逃げ足が速いのでつかめきれるかはわかりません、最悪、今朝の一件でこの次元から手を引いた可能性もあります。」
面倒くさそうに一言。何やら悪い思い出でもあるのだろうか、その顔はひどく渋い。
「となると……何をしようとしてるのかわからないと、あとで 面倒なことになると思うんだよ。」
それは、ほとんど確信に近い考えだった。彼の脳裏でずいぶんとおとなしくなったパターンが告げている。
彼の脳裏に宿る洞察はあの道具で何ができるのか、何をされるわけにはいかないかをパターンが告げている。
「……公認チームの設立目的を考えると、下手すると国が絡むような話になりかねないんだよな。それはまずい。」
「……あなたが考えることでもないと思いますけどね。どうせ、止めても聞いてはくれないでしょう?手伝いますよ。」
あきれたように声を上げるマギアに、彼は疑問の一端を告げる。
「……ごめんね?」
申し訳なさそうな声で二人に謝る――まだ虫の方を完全にかぶれるほど体調が戻っていない。
「ん、兄さんいい人だから仕方ない。」
「まあ、そうですね――で、気になってるのは自殺にこだわる理由ですか?」
どこか満足げにマギアが訊ねる、機嫌は戻ったらしい。
「うん。なんでわざわざそんなことする必要がある?」
彼の疑問はそこだった。
自殺に見せる――というのはことのほか難しいものだ。そうやすやすとできることではない、だというのに、わざわざ自殺にこだわる理由は?
「つかまりたくないから?」
「ここが劇だかチェス盤の上だかと勘違いしてるような連中が捕まるかどうかなんて気にするかね?」
「……確かに、普通に考えたら精神操作の魔術道具なんて使いませんしね。」
「そう、捕まるからね。でも使ってる、順法意識がどうこうとかじゃないんだよ、見てるものが違うんだと思う。何なら僕が死ぬって状態自体、チェスで駒がなくなるぐらいのものだと思ってるんじゃないかな。」
だからこそ、捕まるという発想自体がない。
だとすれば、つかまらないようになどという前提は無意味だ、つかまると思っていないのだから。
「……」
すっと、マギアたちの目が細まった。彼女からすれば、その一言はとても看過できるものではない。
その心境を知ってか知らずか、テンプスは話をつづけた。
「そんな思考体系の人間が僕を殺す――なのに、なぜ僕の死を事故に見せかける必要がある?」
「確かに変。」
「……何か裏があると?」
「たぶんね、彼だけが知ってる情報か、さもなきゃ彼の目標達成のために、僕は『事故によって死ななきゃならない』んだと思う。」
「ん……あの公認チームに入り込むやつ?」
「そうじゃないかな、スカラーの装備に対する悪い噂を流してるのがあいつらってことはそこに何かがあるんだろう……」
それがわからないが――何かはある、そのはずだ。
「……はめてみるか。」
ぽつりと、テンプスがこぼした。
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