『一生』を取り戻してくれた
「――ただいま帰りましたよ。」
「お帰り、姉。」
いつも食事をする食卓で何やら書き物をしている妹に声をかける。
あの後、愕然とするサンケイを強引に家に帰して――まだ、彼のことが完全に信用できたわけではないのだ――そそくさと帰路についた。
妹を信じていないわけではないが、彼が目の届かないところにいるのがどうしても不安になるのだ。
飛行の魔術を行使してたどり着いた家で待っていた妹を抱きしめつつ視線をテンプスの部屋に向ける。開いた様子はない。
「何か聞けた?」
「ええ……思ったよりはましな情報でした、先輩は?」
「まだ寝てる。」
「まったく、人が働いてるのにいい御身分ですねぇ……いい傾向です、よね?」
どこか不安げに問う姉に、妹が胸を張って答えた。
「ん、回復しつつあるからいいこと。よく寝てるのも寝られるだけの体力的余裕が出てきたってこと。」
「――ですよね!私が霊験をあげたんですからそうでないと困りますよ!まったく心配ばっかりかけるんですから……」
その一言で、姉から発される不安が幾分ましになるのを感じつつ、妹は一つ爆弾を落とした。
「あ、そうそう。一つ話すことがある。」
「ん?なんです?お小遣いなら今月はもう――」
「さっき、私も兄さんにおまじないした。」
「―――――――はぁ!?」
瞬間、驚愕で妹を跳ね飛ばすように体を離す。
マギアにとってそれはサンケイがよその世界の人間だと聞かされる数倍驚くべき一言だった。
「おまじない――霊験を与えたんですか!?」
「ん、たぶんそう、兄さんの事よくわかるようになった、あと、母も昨日してた。」
「はぁ!?何してるんですかあの人!」
「「息子のためならお母さん平気。」って言ってた。」
「なんでそういう時だけ思いっきりがいいんですかあの人!普段は買い物で二時間悩むくせに!」
怒り狂ったように叫ぶマギアは、妹の肩をつかんで諭すように問いただす。。
「――いいですか、この術は一生に一度しかできないのですよ!使う相手は選ばないといけないと私が使うときに説明を――」
「でも、その『一生』を取り戻してくれたのは兄さん」
「!」
毅然と言い返されて、言葉が止まった。
「――確かに、私はまだ、兄さんとはそれほど仲良くない。でも、あの人が私たちに何をしてくれたのかはわかる。」
それは、妹の真摯な気持ちだ。双子であるなしにかかわらずわかる、1200年の時の向こうで神聖呪文を習うといったときと同じ顔。
「死んでしまうかもしれないのに、あの人がお姉ちゃんにしてくれたこと。助ける必要のない私たちのために危ないところに飛び込んでくれたこと。死にかけてくれたことも。」
いつもの強い意志のまなざしがマギアを貫いていた。
自分にはない強い意志を感じて、マギアはこの視線に嫉妬を覚えたことすらあったのだ。
「感謝してる、本当に――おばあちゃんはいないけどここに家族でいられるのはあの人のおかげ。」
そういって、胸の前で手を重ねる。
かわいい妹だなぁと少し場違いなことを思っていた。
「だから――恩返しがしたい。」
「……」
そういわれては、マギアは拒否も否定もできない。
彼が彼女たちにしたことが、どれほど彼女たちにとって価値があったのか、ほかのだれに理解できないだろう。やった本人にすらだ。
彼女達にとって、彼のやったことは間違いなく自分の一生に一度の何かをささげるに値することだったのだ。
「……いいでしょう、ただ、あとで後悔しても知りませんよ。」
「ん、平気、兄さんいい人だし。何なら本当に兄さんになってもらってもいい。」
「……いや、まあ、その……それはちょっとあれですよ、彼と私だと年齢があれでしょう、1200歳ですよ私。」
「じゃあ私がもらう。」
「あ゛ぁ゛?」
――こののちに起こった話し合いについて、ここで語るのはよしておこう。
ただ、この二人にしては珍しい姉妹喧嘩は母と祖母ですら見たことのない舌戦になったことだけは確かだった。
「――要は今回の一件はその『来訪者』とかいうのがいろいろやった結果と?」
「ええ、そうらしいですよ。」
「……別に、この立ち位置が欲しいならあげるけどなぁ……」
昼食の席で、テンプスがげんなりとつぶやく。
ここ最近では最も体調のいい彼は、マギアから今朝の情報を聞くために起き上がり、昼食をとっていた――正直、最もひどかった時から比べると圧倒的に回復し始めていた。
マギアからもたらされた情報は驚くべきことであった。
何やらこことは別の世界だか次元ではマギアの活躍は物語として語られており、あのマゼンタたちはこの世界がその物語の中だと思っていたというのだ。
今回の一件も、その自称『選ばれたもの』とやらが自分の存在を疎ましく思って起こしたらしい。
「いや、正直、わたしはいやですけど……っていうか、先輩以外にここまでうまいこと収集つけられるんですかね。」
「わざわざ別の世界から来てるくらいだしできるんでしょう?」
「ん、話を聞く限り怪しい気がする。地下でも名声の魔女に負けてる。」
「あー……」
否定できない。
確かに、彼らはウーズと化した魔女相手に手出しできなくなっていたのだ。呪声一発で死にかけ、彼が必死に助けに行ったのは記憶に新しい。
攻撃法を誤り、回復させすらしたのだ。本当にこの世界について知っているのか疑問になるのは間違いない。
「確かに似た世界の話ではあるんでしょうが、それは別にこの世界のことがわかってることにはなりませんよ。」
「ん、っていうか、それなら偏愛の魔女の時に姉を助ければいい。」
「なんもしてこない時点でお察しですよねぇ。」
「辛口ね、君たち。」
「「不法侵入者に容赦する理由がない。」でしょう。」
口をそろえて言い放つ姉妹に苦笑しながら内心で思う。
『確かに彼女たちを預けられるかといわれると疑問はあるか……』
聞けば地下で戦った魔女は魔女のうちでは下から数えたほうが早いという、あれに対処できないのなら――ほかの個体の相手は到底できまい。
せめて自分ほど強ければこの立ち位置など差し出すのだが……
『……ああ、でも、それだと、マギアたちとは別れるのか。』
それは、少しいやだなと思った。
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