マギアの隠したいこと
「……えーっとつまり……先輩を襲ったのはザッコ?とかいう生徒で、私や先輩はあなたたちの言う……げーむ?とかいう卓上遊戯の一種に登場するキャラクターと同じだから、その中の世界だと思っていたと?」
「ぞ、ゾブダ!ココゴハゲ-ムノナガダ!」
先ほどよりもさらに弓なりに伸びきったドリンが悲鳴のように叫んだ、その光景を見つめるサンケイはひどく恐ろしいものを見ているように顔を青ざめさせている。
死の
「はぁ……」
ひどく呆れに満ちた目線を向けるマギアの胸中に宿る思いは一つ――
『この類か。』だった。
時たまいるのだ、この次元からも天上界のような次元からも遠く離れ、奇跡も秘跡もない次元から流れ着く『来訪者』が。
マギアも天上界で話だけは聞いたことがあった。1500年ほど前に一人現れたらしいという話だけは。
それは何かの魔法の儀式か、あるいはもっと不可解で玄妙な力の導きか、はたまた単なる偶然か、ひどくまれに起きる現象だった。
毒にも薬にもならぬこの手の存在は、秘匿されるわけでもないがだからと言って広域に知らしめられるわけでもなく、たいていはひっそりとその生命を終える。
幽鬼界や精神界を内包する『アストラル界』そのものが存在しないらしいこの風来坊どもの世界と自分達では存在のありようが違う。
サンケイまでもそうだというのは多少の衝撃があったが、まあ、それ以外はそれほど意外性もない。
ゲームなる遊戯についてはよくわからないが――要するに、何かしらの叙事詩の類と勘違いをしたと、そういうことなのだろう。
聞けば聞くほど――
「頭が悪いんですねぇ……」
そうとしか思えなかった。
「ナンッ!ナンバト!」
電流に踊る体から怒りの声が響いた。愚弄されると怒りを感じる程度の羞恥心は残っているらしい。
「いや、だってそうでしょう。目の前に存在する事実や状況を無視して都合のいい妄想だけ話されてもこっちにはいい迷惑ですよ。」
「な、ナニガバ!」
「いや、だって、そのげーむ?の筋書きと離れているんでしょう?私たち。」
聞けば、テンプスはこの男たちの話ではすでに死んでいるという、今の現状を見れば噴飯物の状況であるらしい――その理由が、人を助けようとしたからというあたり、性格は同じようだが。
この時点で、すでに彼らの話とは食い違いが出ているのだ、そのげーむとやらが、どんな話だったかは知らないが、この世界とは明確に異なる歴史を歩んでいることぐらいわかりそうなものだが。
「ぞ、ゾレババグダ!ナニカノマチガエデーー」
「あなたたちの話自体が私には何かの間違えのような気がしますけどね。」
鼻で笑いながら、決定的な齟齬を突き付けてやる。
「一つ聞きます、その『ゲーム』とやらの私は――」
言いながら、彼女は祖母の形見である本を取り出す――自分の予想が正しいのなら、おそらくげーむとやらの自分はこれを持っていないはずだった。
「これを持っていましたか?」
「ナ、ナニイッデ……!」
「いいから答えろ、今、機嫌が悪いんですよ。」
電圧が上がった、体がさらに弓なりにしなり、背骨から嫌な音が響く。
「ジラナイ!ゾンナノジラナィィォィィィィ!」
「サンケイ?」
「ぼ、僕も知らない。」
「ふむ……」
ということは、やはりげーむだか何だかの自分はそもそもこの本を持っていなかったのか、あるいは腑抜けきって存在を忘れたか……いずれにせよ――
「くだらない……」
――その女が自分でないことは確かだ。
人様に迷惑をかけておいて、それを回避できる方法があるのに、完全に忘れるほど間抜けな女ではない。
そんな女と同一視されるのは非常に業腹だ――見た目が同じなら同一の人間になるわけではない。
「お、オレダジバ!テンセイドクデン!」
「ドクデン……あ、特典ですか?それもよくわかりませんね、この次元はともかく、この広き『かなたの領域』において、次元を渡る能力はそれほど珍しいものでもありませんよ、召還魔術とかあるでしょう。」
まあ、扱える人間は最近いないらしいが――存在しているのなら同じことだ。
「現に、私の来歴を知っているというのなら、私が、『天上界とハザマの領域を行き来していた』ことぐらい知っているでしょう?あれだって、あなたたち達の言う『異世界転移』というやつですよ。」
そういって鼻で笑う。
多次元にわたる程度で人に力など与えられない。それならば、天上界に行ったり来たりしている自分が力を得られない道理はない。
「高々、次元を渡る程度のことで超人的な能力が身につくなら、私は今頃先輩に苦労など掛けずに魔女どもをぶっ殺してますよ。」
あきれたように笑い、彼女は罰則の魔術を説いた――もはや、この男から得たい情報はすべて得た。
「さて、放置してもいいんですが……一応、記憶だけ飛ばしておきますか、またいらぬことをされても面倒ですし。」
そういいながら歩み寄るマギアに、全身の激痛の影響かいやにハイになったドリンが叫ぶ。
「ま、待てよ!俺たちはこの先に起きることを知ってるんだぜ!情報、ほしくねぇのか!?」
「いりませんよ、そんな精度のひっくい情報、あっても混乱するでしょう?」
「っく……じゃ、じゃあ、アイテムの場所はどうだ!これならほとんど変わらない位置に――」
「それ、先輩が作る装備より高性能で簡単に手に入るんですか?」
「……!」
事故の優位性をことごとく否定されたドリンの顔に赤みがさした。
もともと、それほど気の長いほうでもないらしい男は怒り、声を荒げて叫んだ。
「この……クソNPCが!テンプスなんぞにたぶらかされやがって!どうせ、一年後にお前が殺す癖に!」
負け惜しみのような一言に、マギアの肩が大きく揺れた。
「……何言ってんだ、マギアが兄さんを殺すわけ――」
「ああ?ああ、そういやてめぇは知らねぇのか……お笑いだな!いいか、このゲームの最終章ではなぁ、あるイベントが起こるんだ。」
サンケイの一言にかぶせるようにドリンが言った。
「――ラスボスの復活だよ!封印された『あいつ』は解き放たれるために『主人公以外のキャラを自分の配下に変える!』好感度が高い順にな!そして――」
最も好感度の高いものに主人公を殺させようとするのだという。
「本来はストーリー途中に獲得する魔術で生き残るが――あいつには無理だ!あいつには『魔術が使えない!』」
だから、確実に死ぬのだと。
「その調子なら、お前、あいつに相当入れ込んでんだろう?ならお笑いだ!あのバカは確定で死ぬんだよ――お前に殺されbっ!」
まるで泥酔した老人のようにまくしたてる男の口を、不可視のなにかが覆った。
顎から、離れているはずのサンケイにも聞こえるほどきしんだ骨の悲鳴が聞こえる。
「――お前、そのはなしについて何を知ってる。」
気が付いた時には、銀灰色の少女が目の前に立っていた。
その目は瞳孔が完全に開き、瞬き一つしない。見るからに――焦っていた。
「―――」
「――ああ、しゃべれませんか、まあ、いいですよ、どうせお前のだみ声は聞き飽きましたし――」
いいながら、彼女は心底汚い汚物を触れるように相手の頭を鷲掴みにした。
「――あとはお前の精神にじかに聞くことにしましょう。」
言いながら、マギアは朗々と古い古い言葉を唱えた。
それはこの世で最も古い存在が世界を作った時に同時に生まれた言葉。
今はもう、彼女――パランドゥーアの術師であるマギア・カレンダにしか扱えない言語。
指先から稲妻が一筋走った。
「――――――――――――――――――――――」
頭をつかまれたドリンの目がぐるりと回転し、物を移さぬ水晶体がむき出しになった。
体が、先ほどの罰則呪文の時よりも激しく痙攣する。
その光景をマギアはまるで炉端の石でも見るかのようなひどく興味のない顔で眺めていた。
すべてが終わったのは、それから15分後のことだ。
「――っち、ろくな情報がない……」
舌打ちとともにそう漏らしたマギアがごみでも捨てるようにドリンの頭を脇に投げ捨てた。
倒れるその体に、もはや力はない――かすかに動く胸だけが、彼の生存を担保していた。
「――マギア」
ドキリと、肩がはねた。
「……なんです?この男にしたことなら弁明するつもりは――」
「――もしかして、兄さんはほんとに死ぬのか?」
聞かれたくない質問が来た。
「……何言ってるんです。与太事ですよ、くだらない与太――」
「じゃあ、なんでそんな必死になってるんだ。」
鋭い質問だった。
さすがに自分の弟子で彼の弟だ、目が曇っていなければ鋭い――今はそうあってほしくはなかったが。
「……」
「こいつと俺の話は、部分的にはこの世界の状況と合致するところがある。全部じゃないけど、その通りになってることもある。もしかして、これもそうなのか?」
「……」
「マギア!」
語気が荒くなる――そんな資質がないとわかっていてなお、抑えられないものがあった。
「――そう、です。」
認める。
あの日、縞模様の怪人に見せられた『最も陰惨で最も忌むべき可能性』。
それがこれだ。
「!」
「このまま、私が何もできないのなら――」
――先輩は、来年の今頃、私に殺されます――
そういったマギアの顔は、まるで死人のように真っ白だった。
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