何かの物語のような

「――ねぇ、聞いた?大図書院の話。」


「ああ、今日使えないって話?」


「そうそう、なんか、事故があって生徒が怪我したんだって。」


「えー……あの司書さんがいてそんなことになる?」


「なんか、新しい人がいたらしいよ?」


「へー……誰が怪我したんだろ。」


「上の学年ってはな――」


「――そこ!私語は慎め!」


「「――はい!すいません!」」


 いつもの姦しい教室。


 年若い少年少女に特有の騒がしさの中でマギアは一人で考え込んでいた。


『思い返してみれば。』


 ひどくつまらない授業を受ける鏡像からの情報を受け取り、テンプスにお茶を入れているマギアの思考は完全にあらぬほうに向かって走り出していた。


『ここまでの襲撃におかしな点が多い。』


 昨日の襲撃など顕著だ。


 大気の生霊への対策。


 あれは素直にど肝を抜かれた。


 あまりにも――ピンポイント過ぎる。


『先輩の話からしても、この次元に『召還系の魔術はすたれてる』。それは間違いない。』


 それは彼女が転生してからの短い期間で集めた情報とも合致する。


 であるなら、普通の人間に大気の生霊への対策などという発想は出てこない。


『私の能力がばれてる。』


 少なくとも、自分が大気の生霊を呼び出せることがばれている。


 あの低気圧の化け物を完全に抑えられるほどの量の冷たい鉄の粉塵など狙わなければ装備してこない。


 明らかな自分への対策。


 そもそも、自分の追跡から相手が逃げ続けているのもそうだ。これまではこちらを警戒しているだけだろうと思っていたが……


 その部分で言えば、自分の母から逃げたこともそれにあたる。


 あの人の扱う『呪芸』はこの時代には影も形もない。


 だというのに、襲撃者は音の魔術を扱い、その技を打ち消して見せた。


 明らかに知っている人間の対応策だ。


 ありえないことだ――母の能力は、今のところテンプスにすら伝えていないのだから。


『魔女が関係してる?いや、それなら、もっと被害は広くなるはず。』


 そもそも、魔女が絡んでいるのなら話のつじつまが合わない――なぜテンプスを警戒しない?


 地下闘技場の一件で、あの魔女たちは彼の時計と武器を奪った、警戒していたからだ。


 もしあの一件からほかの魔女がこちらのことを知っているとすれば、彼に対してもっと警戒していい。


 だというのに、テンプスの状態には無頓着だ。


 今の彼は弱り切っている。


 魔女なら、自分にばれる危険を冒して彼に手を出さない、返す刀で自分に襲われれば勝てるかどうかは五分五分だろう。


 そんな部の悪い賭けはしない。


 むしろこのタイミングだからこそ襲ってきたのか――とも思ったが、それにしては


 大前提として、テンプス・グベルマーレを殺すのにこの程度の攻撃でどうこうするのは不可能だ。


 今はひどい体調不良――ともすれば命に係わる――のせいでいっぱいいっぱいだが、それですら、先日の襲撃者に一撃を加え、再発した頭痛がなければ取り押さえてすらいたという。


 こちらの手の内が読めているのであれば、なぜ、その程度の人員で殴り掛かってくる?


 自分がもし――想像しただけで吐き気がする!――彼を本気で殺すというのなら、このタイミングで最大火力を叩き込むだろう。


 もし、何かの拍子で体調不良が治ってしまえば、勝算はぐっと下がる。いわんや、新たな力に目覚めたという彼に戦いを挑むなど無謀極まる。


 まるで『』かのようだ。


『……もしかして、実際、知らない?』


 可能性はある。


 彼の放つオーラは魔術の影響を阻む。


 彼の体を守っているオーラの膜が、何かしらの魔術的な影響をはじいて――


『いや、それなら私の魔術で相手の占術をはじけるはず……』


 やはり妙だ――何かが違う。


『……整理しよう。相手はおそらくこちらの手の内やこの先何が起こるかの情報を持ってる。』


 それは間違いあるまい、でなければあのタイミングでの襲撃も大気の生霊への対策もできまい。


『ただ、先輩のことは知らない……?』


 ちぐはぐだ、魔術や意図的に行う情報収集でそのようなことが起こるだろうか?


 まるで――


『何かの物語の中身でも丸写ししてるような……』


 ただ、それなら、もっとも書かれるべき英雄たり得るテンプスについて何も知らないような様子なのはなぜだ?


『……意味が分からない。』


 理屈に合わない。


 そもそも、自分の魔術がすべてばれているというのなら、今の状況に何もしてこないのはなぜだ?


『今学園にいる鏡像には魔術を行使する能力はない。今なら、襲撃は成功する――』


 だというのに、昼になっても相手がテンプスに襲い掛かる様子はない。


 テンプスが不在だと知っているのだろうか?


 だとしたら、なぜ、これまでの彼に最大火力をけしかけない?


 今も彼が学園にいると思っているのなら、襲撃がいまだにないのはなぜだ?


 自分を警戒している?


 自分の能力を知っているのに?


 もしや――


『……本に書かれてる魔術は知らない?』


 だとしたら辻褄はあう。


 よしんば知っていてもごく限られた――それこそ、聖性魔術や今自分が扱っている『鏡面魔術』について知らないのでは?


『あり得る……か?』


 感になるが、確信に近い何かを感じた。


『だとしたら――』


 やはり、『彼』に似ている。


 ごく部分的にこの時代――あるいはこの世界では知りえないことを持っている。


 テンプスのような知性に裏打ちされたものではない、明らかに異質な知識。


 テッラに追わせている相手。


 できれば疑いたくはない相手。


 ――だが、おそらく、この件にかかわっている相手。


『……たぶん、昨日の今日で動くこともないだろう。』


 今日、テッラに聞いた話では『彼』は昨日、町の郊外で何かを探すようにうろつき、そのまま下宿に帰ったらしい。


 彼女の考えが正しければ、動くのはおそらく――明日。


「……できれば、敵であってほしくはないですね。」


 ぽつりとこぼす――このお茶を届ける相手との関係を悪化させたくはなかった。

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