ある転生者の激昂

「――何があいつは行動できないだ!生きてるじゃないか!」


 朝の教室に似つかわしくないヒステリーな叫びが部室棟の一角にひびいた。


 剣術部の一件以降、早朝の練習が禁止され、この時間人気のない部室の一部屋、『魔術器具研究連』と書かれた部屋の奥で男がひどくこうふんした様子で叫んでいた。


 その視線の先には、輝く水盆とその中に移る景色がある。そこに移るのは輝く銀灰色の髪を持つ少女とともに登校する男――テンプス・グベルマーレの姿だった。


 首に包帯がまかれてこそいるがその姿は健康そのもののように見えた


「わ、悪かったって、あんときはいろいろあったんだよ――わかるだろ?」


「その、申し訳ない……」


 ひどく縮こまった様子の二人組が叫んだ男の顔色を窺うように相手を見つめている。その目には明確な恐怖がある。


 その色はひどく深刻そうで――どこかオモルフォスの取り巻きだった生徒に近いものが見えた。


「――くそ!もういい!もう一回あいつを狙え!今度はしくじるなよ!」


「あ、ああ!わかったよ!任せてくれ!」


「今度こそ必ずやり遂げて見せる!」


 そういって走り出した二人組の背を見つめて、男は内心で毒づいた。


『――なんなんだいったい!また計画通りにいかない!』


 内心で湧き上がる激情が、炎に代わって彼の思考を、心を焼いた。


 元来の彼の計画ならば、あの男はもう死んでいるはずなのだ。


 自分のけしかけた挑戦者との戦闘での影響を受け、疲労し、自分の流した噂――「彼の道具には健康被害がある」――を認めるような形で身動きが取れなくなる予定だった。


 これまでの「挑戦者」たち全員に持たせた「装置」は機能しているはずだった。確認もしたのだ。


 昨日、あの男が倒れたのを見た時にとうとう行ったと思った。


『やっと効いたと思ったのに……』


 だが実際はどうだ?


 そもそも、あの二人まで使わなければならないのがすでにおかしいのだ。


 本来の計画ならばもう彼は死んでいるのだ、


『なんでか知らないけど研究個室の扉は開けられないし……』


 これでは罠も仕掛けられない。


 彼の初期計画ではテンプスは自らの体調不良の原因であるあのチート装備をどうにかしようとしてその過程で事故死する予定だった。


 むろん、そこにはこの男の意思が多分に含まれている。彼の仕掛けた魔術爆弾によって骨すら残さずに消し飛ぶ。


 そのためにもマギアをこちらの陣営に引き入れたかったのに……!


『ほかの連中もこっちに注目してる……これ以上遅れて、下手なことされたらたまらない!』


 自分の後を追ってきたのか、『特殊商人』に接触を図っている人間もいる。せっかくランダムイベントで自分だけが引き当てたというのに……!


『やっとめぐってきた僕のチャンスなのに……!』


「マギアには『結絆の宝珠』が効かないし……なんで効かないんだよ!好感度上昇アイテムの成功率は100%だろ!」


 あの種のアイテムは攻略の手間を省くための道具だ、そういった道具は失敗というものがないから価値がある。


「やっぱテンプスのせいか……でも、どうやってこんな……まさか僕たちの知らない独自の力を持ってる?……いやいや……」


 ありえない、ありえないはずだ。


『――落ち着け。あいつのチートアイテムを貶めるのにはある程度成功してるんだ、このままいけば、理事長があいつをチームから追放して……』


 自分がその座に座れる、そうなれば、この後のイベントで王族にだって――


「――どうせ、。お前なんかにその席は渡さない……!」







「――動きますかね、相手。」


「んー……たぶん、焦ってはいると思うんだよな。」


 自室で、テンプスが言った。


 もう一体の自分を学園に送ってから数十分後。アラネアの肉体を作ったオーラアライザーによって映し出される映像を見ながら、顎に手を当てた彼は続ける。


 オーラアライザーによって作られた生物の感覚器の持つ情報は、この装置によって確認できる、目の前の映像は視界と聴覚を空中に投影したものだった。


「大図書院の襲撃はあまりにも……これまでと動きが違う。」


 実際、今までの動きには合わない。


 これまでの襲撃者たちは明らかに、彼だけを狙っていた。


 わざわざ自分の前に現れ、断れない状況を作って攻撃をさせる。


 正直に言って――地味だ。


 確かに、攻撃を行う手腕はなかなかのものだ。自分が体調を崩していることを加味してもあそこまで気づかれないのは大したものである。


 が、同時に、ひどく地味だ。


 ジャックのように大人数を出すわけでもなければ、オモルフォスのように本人を洗脳しようともしてこない。


 直接的な暗殺にしても使うのは正体がばれないように毒と針、高度な魔術も使ってこない。


 なんというか……手ごまがそろっていない印象を受ける。


「脅しの材料に『入学の件』を使ってくるのも違和感がある、顧問のいうことが正しいんならあれは僕らにとってはずだろう。」


「ですねぇ……」


 そんな中で、突然起こった大図書院での襲撃。


「今までの動きを考えると、あれは明らかに派手過ぎる。」


 そこが、テンプスには妙に映った。


「たぶん、相手の計画はここまでうまく行ってない。昨日の襲撃はたぶんそのせいだろう、となると――焦ってるんじゃないかと思うんだけど……」


「……まあ、私の事を魅了して、あなたに何か干渉しようとしてた節もありますしね。」


 そう考えるとあの日の報道部員、キリマが石を持っていたのにも納得がいく。


 要は、彼女を使って彼に何かを行うとしていたのだ。そのためにキルマを利用した。


「となると――たぶん、そろそろ馬脚を現してもいいと思うんだよね。」


「まあ、動かなければ動かないでいいですしね。お母さんにも調べてほしいことは話しておきましたし。」


 そういって、自慢げに息を吐きながら肩に顎を乗せる少女を見ながら、テンプスは内心で思っていた疑問を口にした。


「っていうかさ。」


「はい?」


「なんで君もここにいるの?」


 そう、――そして、学園にいるアラネアの横にもだ。


「一人にしたら危ないでしょう。」


「いや、うん……今、アラネアの横にいるあれは……」


「『鏡面の写し身』――まあ、要は魔術で作った分身です。魔術は使えませんが、今日は座学と基礎訓練だけなので問題ありません。疲れませんしねあれ。」


「……君もたいがいいかれた性能してない?」


「あなたほどではないですよ――お茶飲みます?」


「……うん。」

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