襲撃
テンプスから一泊遅れて、マギアも状況を理解する。
テッラに任せていた『追跡対象』を追いかけるため、彼と合流しようとしていた途上で起きたその騒動に、マギアの足が止まった。
大気の生霊の窓には一面を銀塊に染め、大気の生霊の種族的能力、風の擬似視界でしか前の見えない大図書院の様子が映る。
テンプスの話では大図書院は安全圏のはずだった。
自分ほどではないが優れた魔術師の領域に侵入し、戦うのは明らかに旗色の悪い行為だ。ゆえにこのような行為に及ぶとは想定していなかったが……これは疑いようのない襲撃だった。
『――先輩!』
叫んで、煩わしい霧を払おうとする。視線さえ通ってしまえば相手が誰であるにせよ、叩き潰すなど造作もない。
即座に霧を払おうとして気づく――大気の生霊の体が動かせない。
――冷たい鉄の霧!?――
あたり一面を染めるそれは、驚くほど細かく刻まれた金属粉――冷たい鉄の粉末だった。
銀灰色の輝きがこちらを嘲笑するかのように輝いている。
驚きが顔に出ている。ありえないことが起きていた。
前述の通り、冷たい鉄は妖精や自然界に属する超常存在相手に行使される特効金属だ、まるで鎖のように行動を阻み、触れるだけで痛みを与える
そして、大気の生霊は大気に属する超自然的存在――冷たい鉄に影響を受ける。
古い逸話を紐解けば、冷たい鉄の円環で生霊や精霊を閉じ込めた話など枚挙いとまがない。
だが、同時に、それはほとんどありえないことのように思えた――冷たい鉄はそうそう手に入るものではない、普通の学生には手に入れられないものだし、手に入れるにしても用途が限られる。
超自然の相手とけんかをしないのならこれはただの鉄なのだ。つまり、こいつらは『誰にも知られていない大気の生霊の存在に気が付いていた』ことになる。
『――どこから情報が――』
妹――ありえない。自分に匹敵する『神聖呪文』の使い手である彼女が精神から情報を抜かれるはずがない、あの夜から精神防備はがちがちにしてある。
母――論外だ、妹と自分の精神防御を抜けられるはずがない、骨抜きにされて情報を抜かれるのが落ちだろう。
まさか自分?――そんなはずはない!あの夜を知ってから妹と二人で精神に関する防御は強くしてある、情報は抜けない。
もしやテッラ――無理だ、大気の生霊のことは教えていない。
ならなぜだ?なぜ――煩わしい!
舌打ちをする。何らかの方法で手の内が読まれている。
未来予知?この程度の連中にそれはできない、占術の類ではない、では一体どうやって?
いや、そんなことはどうでもいい、いずれにせよ――
「……やっぱり私がいけばよかった……!」
彼を助けるために動いているというのに、その彼を襲われていては片手落ちだ――体を翻しながら、マギアの魔力が風を操って、毒づく彼女の声を届けた。
背後から襲い来る銀閃を、テンプスはひどく不格好に躱した。
即座に振り返るが、そこにあるのは目に悪い銀灰色の粉塵だけだ。
体が重い、霧の影響か体調の影響か……正直、判断がつかないが完璧な体調とはいいがたかった。
とはいえ、相手がそれを待ってくれるわけでもない。
かすかに痛む頭が、次の攻撃の接近を告げている――まただ。
あの最初の挑戦者の時にも思ったが、戦う時だけ、妙に思考が晴れる。
直前――それこそ、襲われるとわかった瞬間まではまるで針でもねじ込まれたように痛んだ頭部が、今はかすかにうずく程度だ。
決して十全とはいえないが、それでも戦えないことはない。
そして、もう一つ、彼に得な点がある。
ここは大図書院だ。司書がいる、マギアを――その家族を除けばこの学園一の魔術師だ。
今の体調でも対処可能な相手ならばどうにでもできるだろう。彼女が気が付くまで持たせれば――
「――司書を待っているなら無駄だぞ、あの女はいま、職員会議に出ている。」
立ち込める霧の向こうから響くその一言にテンプスは自分が計画的に襲撃されたことを再認識した。
明らかに司書の不在を狙っている――いや、そもそも、司書の不在自体、こいつらの仕掛けた罠なのかもしれない。
いったいどうやって?学生にそんな真似できるだろうか?
教員が糸を引いている――だとして、なぜ、ここなのだ?司書がこの大図書院で暴れるものを無視するとは思えない。
本が一冊でも傷つけば火山のように噴火する彼女は怒りのまま犯人を捜すだろう。自分の血で本が汚れようものならなおさらだ。
そうなれば、逃げきれるものがこの学園の教師にいるとは思えない、見つかればたとえ自分がどれだけ排斥される立ち位置にいようと騎士や警邏に報告がいく、その時点で人生に多大な影響があるだろうリスクがありすぎる。
では一体だれが――
脳裏をかすめる疑問を短剣の煌きが遮る。
首も狙う横一閃をかすかに右にずれてかわす――パターンが読めてきた。
振り方とかすかに見える手の指の配置から、明らかに逆手、だとしたら次の斬撃は――
脳裏に相手の動きが想起され、未来の映像として結実した。
先ほどの攻撃方向に一歩――相手の腕の半径内に侵入する。
腕の内側で待機し、横薙ぎの一撃を腕で止めてそのままの勢いで相手の腕の関節に一撃を与えて制圧する。
脳裏に浮かんだ動きはそこまでの道行きを示していた。
しかし――
「――うっ!」
突如脇腹に走る衝撃、痛みの形から靴底だ、蹴られた。
たたらを踏む、これもまただ。
いったいどんな手品か、相手がパターンの流れに乗らぬ動きをすることがあった。
右から攻撃をされるはずなのに左から飛んでくる斬撃。
相手の攻撃を前に見ていたはずなのに突然後ろから襲い来る衝撃。
物理的に不可能な速度、挙動で裏に回られている。
高速移動かあるいは分身か……単純に複数人で襲ってきているのか。
『……このからくりをどうにかせんとまずいな。』
内心で冷汗が流れる――まったく面倒な奴に目をつけられたものだ。
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