増える疑問と襲い来る影
「――ってところかな。」
「……」
ひとしきり聞いた話を脳内で統合する。
ありえない話では――
『なさそうですね。納得はできます。』
傍らで、テンプスにしか聞こえない声で大気の生霊が口を開いた。
同感だった、となると――
「……はじめっからあの女の思惑通りだったか……」
毒づく。
肉体の不調のせいで――と言い訳はしたくないが、普段なら気づけただろう相手の思惑にまんまと乗ってしまった。
「役に立ちそうかな?」
「……ええ、ありがとうございます。」
眼鏡越しに柔らかな笑みを浮かべる『顧問』に礼を告げる。
「ところで――一つ、気になっていることがあるんだ。」
「なんです?」
「―――君、体調不良だったりする?」
ぎくりと肩が揺れた。
いたずらが見つかった子供のように体をせがめる。
「……ええ、まあ、少し。」
「意識を失うほどひどい?」
「……ステラから聞きました?」
「いや?日々悪化してる?」
「よくなってはないですね。」
「そのこと、誰かにいったかい?」
「いえ?誰も知らないはずですよ。」
実際、彼はこの数日の体調悪化を誰にも知られぬように隠してきた。
それは、まだどこかにいるかもしれない魔女に弱みを見せないためであり、同時に後輩たちへの配慮のためだ。
マギアには知られてしまったが弟やその友人たちに迷惑をかけるつもりはない。
ゆえに、彼の体調悪化を知るものはごく限られる――マギアとステラぐらいだろう。
報道部や広報の連中の前で頭痛に見舞われたことはあったが……あの時は意識を失ったりはしていない、それ以降は人に見られないように細心の注意を払った。
「……なんでそんなことを?」
疑問が頭をかすめる――この話の趣旨がわからない。
「――君の体調不良が外に漏れてる。」
「!」
驚きの事実だ、傍らの大気の生霊も驚いている。
とはいえ――
「……まあ、勘の鋭い奴なら気が付いてもおかしくないと思いますけどね。」
ありえなくはない――マギア以外に明示した記憶はないが、隠しきれていなかった可能性はある。
「そこまではね、ただ――噂ではその原因が、君の扱う装備のせいだってことになってる。」
「!?」
今度こそ驚いた、それは予想外の切り口だ――
「君の使ってる装備は君が作り上げた不完全かつ出来が悪い代物で、使用を続けると著しい体調悪化をもたらす――そんな噂が、生徒の口の端に上がるようになってる。」
「……噂の出所は?」
「わからない。」
「……それについて、理事長はなんと?」
「なにも。」
「――何も?」
「うん、何も言ってきてないんだ――噂を打ち消したりしないのはいつものことだけど、こんなうわさが出てるのに君を公認チームから外すような素振りもない。」
「……」
おかしい、何かが妙だ。
あの女の目論見を考えるのなら、ダイヤの原石である公認チームたちに不利益をもたらす自分の技術を手放してもおかしくないはず……
だとしたらなぜ……?
『……これが原因じゃないと知ってる?』
だとすれば、話しのつじつまは合う、合うが……
『どこまで気づいて……?』
そもそも、なぜ、それが虚偽だとわかるのか?
この装備を使うのは自分だけだ、健康に被害が出ないのかどうか判断できるのもまた、自分だけということになる。
なのに、なぜ理事長はこちらの状態を完全に把握できているのか。
そこまで考えた時、突拍子もない考えが浮かんだ。
まさか――
『――僕以外にスカラーの技術を使うやつを知ってる?』
だからこそ、この技術にそんな副作用がないと知っている?
だから、自分を公認チームに入れた?
だから、自分の技術が何か知っている?
『……ありえない。』
そこまで考えて、その思考を打ち消す。
そう、あり得ない――スカラーの技術を手に入れるのはそれほど簡単ではない。
スカラーの技術を保管する倉庫は基本的に特定の人間にしか開けられないようにカギがかけてある。
それはパターンを見ることができなければ開けない扉であったり、あるいはもっと単純にひどく困難な計算を要求する数学的難問であったり、ことさらに困難なものであれば自分が持っている時計を要求してくるものもある。
そのカギの難易度はその保管している情報によって異なり、彼が今持っているようなオーラを扱う装備品群は最低でもパターンが見えなければ開くことはできない。
その中でも最も開くのが難しい『最重要保管庫』には、時計なしでの侵入は不可能だ。
そして、この世に現存する時計は自分が持っているこれ一つきりのはずだった。
スカラー最後の最高執行官にして太古魔法文明を滅ぼした男の遺体とともに、スカラーの神殿の最奥聖域に安置された遺物。
五歳のあの日、体質のせいで死にかけて祖父に抱きしめられたあの日、偶然見た資料をもとに割り出した最奥聖域の内部の最も厳重な……しかし、それでいて時計が必要ない不思議な空間にあった自分の希望。
祖父に『お前をこの地獄から助けてやれるかもしれない。』と言われたあの日、連れられていった先で最後の謎を暴き見つけた遺体に残された遺言。
『この地を見つけるものにこの身に帯びるすべてを得る権利を与える――いつか生れ落ちる彼の友人へ、私の遺産が君の助けになることを祈るよ。』
その言葉に従い、彼はこの時計と手記を受領した。
最後の
フェーズシフターの製法やスカラ・アル・カリプトの訓練法はそこから得た情報で見つけたものだ。
あの手記なしに、隠されたスカラーの遺物を探し当てるのはほぼ不可能だ。
そして、自分があの最奥聖域に入った時、あの遺体は朽ち果てて埃の中に埋没していた。
彼のために墓を掘ったのでよく覚えている。あの部屋に自分達以外の人間が入ったことはない。
失敗作ならばともかく正規のスカラーの技術を持つ何者かなどいるはずがない。
『だったらなんで……』
そこまで考えた時、彼の脳に突然の鈍痛が走った。
まるで、こん棒でたたきつけられたような痛み――パターンが爆発的に増えた。先ほどまで正常だった視界が複数のパターンに侵されてまともに見えなくなる。
反射的に頭を押さえて膝が折れた。立ち上がれない。
『――先輩!?』
「テンプス!?」
崩れ落ちた時に強打した膝の痛み――驚いたような二つの声――駆け寄ってくる音――まずい!
「――先生、そこにいろ!」
「へっ?」
テンプスが声を上げるのと彼の足元に何かが転がってくるのはほとんど同時だった。
握りこぶしよりやや大きい銀の円筒が縦に割れるように展開し、内部に敷き詰められた金属粉を勢いよくばらまいた。
あたり一面が金属の輝きに侵される、視界がふさがれ、自分以外のものの区別がつかなくなる。
ごく短い時間、大気の生霊と『顧問』の動きが止まるその間隙でテンプスは考える――間に合うだろうか?
両足に力を籠める、頭痛にあえぐ体に鞭を打って腕を跳ね上げる――顔の真横に持ちあがったタイミングで腕を強い衝撃が襲った。
おぼつかない視界がとらえた映像は、かすんでたが明らかに何か長大なものが体にたたきつけられたのを示している――疑いようもない、これは襲撃だった。
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