彼の疑問

『そろそろ完成ですか。』


「ん、そうね……」


 手元で薄く輝く右上分の欠けたひし形の物体を右手の部品と接合させればこの装置は一応の完成を見る――完全に起動するかは使ってみなければわからないが。


 マギアと別れた後の夕暮れ。大図書院の一角、彼は人を待ちながら、装置の最終チェックを行っていた。


 本来こんなところで扱う代物でもないのだが、行うのが最後の部品のはめ込みだけだったこと、何よりも、彼に許された時間が少ない関係上、ここで実行するしかなかった。


 三日前に完成した中心部品である球状の『スキャナー』を覆うように取り付けられた回転外角にはまるように調整され、前日に作り上げられた『冷却伝導溶媒』を流し込まれた中心の欠けた白い三角形の立方体が回転外角に取り付けられた。


 はめ込んだ部品を90°回転させる。


 そこに現れたのは一面が白い。中央に結晶華を作った際に使用した装置をたたえ、そこを囲い、強調するかのように赤い染料で複雑な線が走る。そこから、まるで血管のように青い液体が金属製のその物体全体を覆うように走り回っている。


 各部品をフェーズシフターを作った際の外郭の素材で覆い、強度を確保したそれはソリシッドと同じようにひし形をしている、これが彼の――『非実体物固着波生成器:オーラアライザー』だった。


「完成!」

 

『おー、ようやくですか……私が作った冷たい鉄もお役に立ったようで。』


 感心したように不思議な拍手の音が響く。大気の生霊の手ではきちんとした音はならないらしい。


「うん、ありがたかった――思い付きで言ったけどやってみるもんだな、鋼属性魔術での金属生成。」


 それが、彼がマギアに頼んだ『頼み事』の正体だった。


 血管のように通る青い血液と体を構築する白い金属は彼女によって作り出された『冷たい鉄』――妖精や自然界に属する超常存在相手に行使される特効金属を混合した物質だった。


 彼女の扱う鋼属性魔術はあの闘技場で見た限り、物体を金属に『変換』できる性質がある――それも、金属にだ。


 普段ならごみ捨て場で調達する金属を彼女は石やその辺の木から生成できることになる。


 マギアの監視下でないと動かしてもらえないテンプスからすればそれは渡りに船だった。


『もとになる物体は必要ですけどね、あれは『変換』であって魔力から物体を生成しているわけではないので。』


「その辺の紙や石でもいいってんだから十分インチキだと思うがね。」


 そういいながら彼はまじまじと装置を眺める。


 これがあれば、でも対処できるだろう――自分がこれを使う間もなく行動不能にならなければ。


『じゃあ起動実験ですか?』


「と、行きたいところだが――」


「――ごめんごめん!遅れちゃった!」


「――そうもいかなそうだ。」


 手を振りながら白衣をはためかせて駆け寄ってきた男はとても申し訳がなさそうだった。


 髪を撫でつけるように前にたれ下げ、走った時にずれたらしい眼鏡を直すことなくこちらに駆け寄る彼はどことなくテンプスに似ていた。


 急いで走ってきたらしいヘロヘロのその姿にこの学園で恐れられている尋問科の『顧問』としての威厳のようなものは感じられない。


『……あれが学生から恐れられてる連中の顧問ですか?』


 マギアも同じ考えだったのだろう、いぶかしげに相手を見つめる。不可視と化している大気の生霊の顔が見えるなら不信感でいっぱいだったことだろう。


 実際、彼本人は決して強いわけでもことさらに優秀というわけでもない、ただ……人がいいだけだ。


「いろいろあるのさ……お疲れ様です。」


「いや、ごめんごめん、『風紀委員会』の定例で……近頃いろいろあるだろう?」


「ああ……うちの後輩の家族のこととか?」


「いや、それはそれほど問題でもないんだけどね、生徒が増えるのは素晴らしいことだし、大図書院の管理を一人に任せるのには前々から物言いがあったしね。」


 そういって笑う眼鏡の彼はずれた眼鏡を直しながら、テンプスを見つめてほほ笑んだ。


「――まじまじ話すのは、久しぶりだね。『あれ』以来だっけ。」


「ええ、「先生」が辞めて以来ですね。」


「……あの時は大変だったね。」


「僕はそれほどでも――大変だったのは先生方でしょう。」


「私は何も……前の『先生』が頑張ってくれたおかげだよ。」


 そういって苦笑する眼鏡の奥でどこか悲しそうな眼をして下を向く彼はどこか慙愧に堪えない雰囲気を醸し出している。


 一瞬、マギアの知らぬ何かがもたらした沈黙が帳を下ろし、彼らの間に重い沈黙が下りて――


「――それで、僕に何の用かな。」


 ――それを振り払うように眼鏡の彼は声を上げた。


「……僕が公認チームに入ったことは?」


「そりゃもちろん知って――あ、ごめん!お祝いうの忘れたね!おめでとう!」


「ああ、いや、別にそれはいいんですけどね……それに付随して僕がその……少々面倒なことになってるのは?」


「……知ってる。理事長の《あれ》と生徒の暴走だろう?それを止められてないことには……申し訳なく思ってるよ。」


 そういって、またしても眼鏡の奥の目がゆがむ。無力感と罪悪感の目。


「ああ、いや、まあ、それはいいんですよ、去年からずっとそうですし。」


「……ごめん。」


「いいですって。ただね――疑問があるんですよ。」


「なにかな。」


「――なんで理事長はここまで噂が広まってるのに動かない?」


 それが、彼の感じた疑問だった。


「……!」


「僕に対してけんかを売ってきたのは男女合わせて三十人、ほとんど全員があの件――セレエとノワの編入に関する情報を持ってた。」


 それはマギアが記憶を曇らせる際に回収してきた情報だ。


 彼が知る限り、ほとんど全員がこの情報を知っている、それを理由にこちらを脅迫する者もいた――全員、大気の生霊が叩き潰したが。


「ここまで広まってれば、いつ外部に漏れてもおかしくない。なのに、理事長はこっちに何の干渉もしてこない。」


 だからと言って、挑んでくる生徒を止める様子もない。尋問科を動かした様子もない。情報を止める様子もない。


「意味が分からないんですよ、公認チームの利益のために外部から生徒を入れる――おそらく不正に。そこまでしてる人間が、なぜ、この噂を『放置』してる?」


 彼の鈍った頭がそれでも違和感を訴えていた、行動パターンに合わない。


 彼女が公認チームなんてものを作った理由は、数日考えてわかっていた。


 その目的に、『強い人間』が必要なのもわかる――それも、一般生徒でだ。


 だが、同時にこの「理由」は、『この学園に利益をもたらす』ための行為だ。


 この「理由」で好成績を残せればこの学園の評判は上がる、いまだかつてない快挙だからだ。


 だがこの噂は、その評判を落としかねない――だというのになぜ放置する?


 どこかで知らない情報があるのだ、そのせいでパターンが食い違っている。


 回らない思考が、必死に導いた結論がこれだった。


 話を終えて、眼鏡の向こうの瞳に視線を向ける。


 その目は閉じられていた。考え込むように。


 数分、沈黙が周囲を包む。


 つぎに目を開けた時、彼は何かを思いついたように見えた。


「……理事長が何を考えているのかはわからないよ、ただ、僕が考え付く範囲ならでいいなら、答えを出せると思う。」


「聞いても?」


「もちろん。多分――」

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