結束の宝珠
『……見つからない。』
マギアは内心のいらだちに翻弄されていた。
調査を始めてはや数日、彼女達はいまだにあの異常物品の出所を探れていなかった。
すぐに見つかるとは思っていなかったが――まさかここまでなしのつぶてとは。
『先輩に対してけんかを仕掛けてきた連中の記憶を漁っても『暗色のフードかぶった人間』であることしかわからなかった。』
それはもう30を超えるテンプスへの襲撃を躱しながら、かすめ取った記憶から調べたことだ。
確かに、彼らは何者かに情報を渡されていた――それも、マギアに使われたのと同じ道具を使われた後で。
結絆の宝珠。
外世界からの客がそう呼ぶこの物体は他者に強制的に親近感を持たせ、関係性をゆがめるこの道具は天上界では忌み嫌われていた。
天上界では『
この道具を使われれば、テンプスのように精神が並外れて強い人間か、マギアやサンケイのように魔性の力に強い耐性を持たぬ限り、相手を友人のように扱うだろう。
そして、その友人からの『励まし』が彼らを凶行に駆り立てているのだ。
『あの不埒な男が公認チームの一員として脚光を浴びるべきだとは思えない。ふさわしいのは君だ。』
そんな甘言に彼らは乗っているわけだ。
しかし、彼らはフードの中の正体など知らない――だって『その時初めて出会う』のだから。
そして、彼女はフードの人間もまた同じような人間……黒幕とは直接かかわりのない相手を使っただろうと考えていた――精神に干渉できる相手というのはそういうものだ、姿を現さないし表舞台にも出ない。
つまり、道具を買い集めている人間とフードの連中は別なのだ、周到に隠されている。手繰るにはフードの人間を見つけて、そのうえで記憶を漁り、道具を買い集めている人間――黒幕を探す必要がある。
術から手繰ろうにも元手が道具であるせいでなかなか手繰れない――どうやら、使った後の残骸を相手は律儀に回収しているらしいのだ。
これでは占術の類で追いかけることができない。探知には使われた物が必要なのだ。
相手が道具を使うタイミングを探ろうにも黒幕はのべつ幕無しに相手を選び、道具を使っているせいでその試みもうまくいかなかった。
心に作用する術が使われたことを察知する探知の術で場所を特定してもギリギリ追いつけない場所にいるのだ。
駆けつけた時にはすでに精神を支配された学生がいるだけだ。
手を変え品を変えやってみたもののいずれも失敗に終わった。
まるでどんな手を使うのか、相手にばれているようにこちらの手を躱されている。
『彼も思った以上に動かない……』
テッラが監視している彼も動きを見せていない。
的外れだっただろうか?
そんな思いが頭をよぎる。
やはり、自分には魔術抜きの捜査能力というものが足りないらしい――いっそ、相手の精神負荷を無視して『美貌』を開放してしまおうか?
『……いや、さすがにそれは……』
あまりにも大事になりすぎる――心臓の弱い人間なら死にかねない。
確かに、彼女がここで祖母に封じられた魔女の呪いを解き放てば自体はすべて解決だ。彼女がただ一言。
『この事件の主犯は名乗り出て、その罪を明らかにしろ。』とささやくだけで事件は解決だ。
ただ、それをやるのはテンプスと最初に取り交わした約束を破ることになる。
『この学園の生徒に危害が加わらないのなら好きにしろ』
それが彼の最初の契約だ、破るつもりはない。
彼女の内側に宿った魔術は一度解き放てば必ず何かしらの被害が出る――元来、あれは兵器なのだ。
しかし、そうなるとどうすればいいのか……
『……もういっそ疑わしい人間に片っ端から精神支配でもかけて……いや、そもそも疑わしいやつがいないんだよな。』
知らず知らずに手が水晶の花をもてあそんでいる――これをもらってもう三日になる。
水晶でできた睡蓮の花。見れば見ただけ美しい花だ、この学園には似つかわしくない。
五センチほどの大きさのそれを、彼女は魔術により、常に傍らに浮かべていた――水面に浮かぶ睡蓮のように。
考え事があるとつい触れてしまうその贈り物を彼女は複雑な心境で眺めていた。
もらえたことはうれしいのだが……どうにも花言葉が悪い。
「滅亡と冷淡と……終わった愛って……」
もらった翌日にドミネに聞いたその一言がどうにも引っかかっていた。
『もしかして、嫌いって遠回しに言われて……いや、それなら直で言ってくるか……』
そうであってほしい。嫌われているのは……あまりうれしくはない。
とはいえ、嫌われていようと離れるつもりはない――少なくとも彼を完全に助けられるまでは。
『……深く考えないようにしよう。』
首を振って考えを振り払う――今はこちらに集中すべきだ。
『手を貸してくれるかはわからないけど……アマノに話してみるか……』
そんな時だ。テンプスが一人で行動したいと言ってきたのは。
「はい?ダメに決まってるでしょう。」
当然の一言。
狙われているうえに体調は最悪。何かあれば万に一つが起きかねないのだ、単独校度など認められるはずがない。
「いや、うん、たぶんそういうと思った……ただ、向こうは一人で来てほしいって言ってるんだ。」
「……相手は誰です?」
「尋問科の教師。」
「!」
驚いたようにテンプスを見つめる。
彼が尋問科の人間と関係性があるのはわかってたが……
「……何の用です?」
「気になることがあってな……確認したいんで話したいって伝えてて、ようやく予定が合った。」
それは、かれこれ三日前から打診していたことだ。
彼女たちが調べ始めるのと彼がこの疑問を持ったのはほとんど同時だ。その時から話がしたいと伝えて――やっと予定があった。
「理由はわかりました、ですが、先輩は狙われている身です。あなたを放置するわけにはいきません。何とか二人で行く――」
『――マギア、「動いたぞ」。』
風のささやきが届いたのはその時だ。
それはテッラの声だ――とうとう、彼の監視対象が動いたのだ。
マギアの読み通りだった、やはり『彼』はこの件にかかわっている。
ただ――今日はまずい、二つ同時にマギアの肉体では対処できない。
「――!」
苦心する、どちらに行くべきか――
目をつぶって考える。
数瞬の逡巡の後、マギアは目を開いて告げた。
「……わかりました、私も用があるので別行動としましょう。ただし!大気の生霊はつけておきます、これは譲れません。」
「わかったよ――心配性め」
「あなたがもう少し自愛できる人ならこちらも気にしないんですけどね――少しは自分のことを気にしてくださいよ。」
あきれたようにお互いに告げて、彼らは別れた――マギアがこのことを後悔するのはこれから30分後のことだった。
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