信じたくはないこと
「――そんなことになってるんだ。」
午後の逮捕術の訓練中、授業を行う訓練場の片隅で二人の少女が話し合っていた。
おさげの髪をいつものように垂らして、彼女――ドミネは聞いた話を反芻していた。
「ええ、先輩の体調不良が……思った以上にひどいもので、私が下調べですよ、まったく軟弱な。」
あきれたように告げる銀灰色の少女――マギアに向けてもう片方の少女は年上の姉のように慈悲に満ちた視線を向けて
「心配してるくせに……」
と、ほほえみ交じりに行った――この少女がどこか素直ではないのはこの短い付き合いでわかりきっていた。
「……そりゃ、まあ、してますけども。」と口ごもる少女は、いつか、あの剣術部の部長に恋していた時の自分よりもずっと乙女に見える。
「――それはいいんですよ!それよりです、あなたに聞いたあのキルマ・ホア、今日学園で見かけませんが何か知りませんか?」
空気を切り替えるように、マギアが声を上げた。
彼女と会話を持ち掛けたのはこれが理由だ――いや、まあ、この退屈な時間を友人と過ごしたかったという理由も多分にあるが。
「あれ、知らない?キルマくん。今日付けで退学処分だって噂だよ?」
「――ほう?なぜです?」
空気にかすかに剣呑さが混じる、あの男は間違いなくこの件に関して情報を持っていた――それが昨日の今日で退学?
「なんか違法な魔術具の使用が認められたから……?とか聞いたけど、噂だから全部はわかんないなぁ……」
「……それ、誰が通報したかはわかりますか?」
「ん?さぁ……でも、教員がすぐに動いたってことはたぶんそれなりの証拠があったか目をかけられてる生徒だったんだと思うよ?」
ドミネの脳裏に浮かぶの自分が被害を受けた剣術部の一件だ、あの時も教員は動かなかった、動いたのは目の前の友人と――何かに巻き込まれているらしい彼の先輩だ。
あの時もそうだが、基本的にこの学園の教員は生徒を色眼鏡と自分への返礼で見る節がある。
自分にどれだけ利益をもたらすのか、あるいは自分の評価を貶めないか、そういった判断基準で見ることが多い。
全員がそうというわけではないが――傾向として数が多いのは事実だ。
「……例えば、私とか?」
「そうだね、公認チームに選ばれてる人とか。それこそ、エリクシーズのメンバーとか!」
そう聞いたマギアの顔に暗い影が差した。
彼女の中にあった疑念が鎌首をもたげて彼女を見ていた。
「ん、これでいい――マギア?」
「んー?あ、すいません、なんです?」
自宅の地下、蒼銀に輝く不可解な色合いの液体を満たした円形の容器を前にして、テンプスは何かを探している後輩に声をかけた。
「……どした、今日はマジで誰とも戦ってないぞ。」
「知ってますよ、アラネアのことを知りませんか?昨日から帰ってこないんです。」
「あー……悪い、あいつならちょっと手伝ってもらってるよ、」
「む……それならいいですが、これでもあの子は私の使い魔なんですから、使うときは一声かけてください。」
「悪い悪い。あいつしかソリシッドができてないからあいつに手伝ってもらうしかないんだ。」
「……ま、そういう理由なら許しましょう。で、何してるんです?」
「ん?石を磨いてる――ある程度の反射がないと使えないんだ。」
言いながら、手の内のものを見せる。それは正方形の石だ。
特別なところなど何一つないその石は、一部がひし形に欠けている以外は本当にただの石だ。
「それがどうなってこれに使えるんです。」
「こいつを特殊な溶液につけて、内部に溶液を浸潤させるんだよ、二日もあれば――」
そういいながら、彼は自身のポケットから何かを取り出して見せた。
「こうなる。」
その手の内にあったのは磨かれた石と同じような正方形の物体だ、ただ――透き通っている。
まるで不純物のない水を固形にしたかのように固められたその形は内部に刻まれた傷や気泡すら見通せる。
「ほー……水晶みたいですね。」
「コジタチヲキューブ……とか言うらしい、スカラーの言語なもんで翻訳があってるかわからんが。」
「ほうほう……今までの流れから察するにこの気泡だの傷だのがパターンなわけですか。」
「ん、そうそう、で、これを装填するのがこの装置、これで」
「ということはこれで完成ですか?」
「形を作る機能はね、あとはこの周りの部品を作って機能を付与できるようにしたり、自立行動できるようにしたりする必要はあるけど、最低限の機能はできた。」
「ほう……何やら大変そうなものですね。」
「そうね……さて。」
言いながら、彼はおもむろにキューブを作成したひし形の穴にはめ込んだ。
「使うんですか?」
「試運転はしないとな。これで、なんかミスってたらばらさなきゃいけなくなるし。」
「なるほ、どっ!?」
次に起こった現象はまさしく魔法的であり、同時にどこか機械的だった。
駆動部から放たれた発行体――オーラとは違う粒子を伴い発光現象とともに驚くマギアの目の前で、まるでガラスが作られるように何かの形が像をなしていく。
七色に輝くきらめきがひとところに集まって、消える。
あとに残されたのは――一輪の花だ。
「――できた、形成自体は問題ないかな……」
重力の戒めに従い、地面に向かって引かれる花を空中で受け止めながら、テンプスがつぶやく。
「へぇ……きれいなものですね。」
まじまじと水晶華を眺めてたマギアが口を開く。その目には好奇心の火がぎらぎらと燃えている。
「ん、そう?なら、僕の魔力も捨てたもんじゃないな。」
「へっ?これ、先輩の魔力なんですか?」
マギアが驚いたように声を上げる――いたずらは成功らしい。
「ん、まあね、君も言ってたろう?僕は魔力が作れないわけじゃないんだよ、魔術が異様に悪影響なだけで。だから、魔力を作った先からこの装置で固めた。」
「……体に悪影響は?」
「ない、魔術円を介して魔力に……こうしたい、みたいな方向性が付くとダメなんだよ、その方向に引っ張られて、僕の体は変な反応を起こすらしい、火の魔術なら熱を持ち過ぎて燃えるみたいにね。」
「肉体強化なら強くなりすぎて骨がつぶれるとかですか。」
「そう。だと思う、で、これはそういう方向性のない、ただ漂うだけの僕の魔力を機械を通して固めただけなんだよ。だからまあ、何ができるってわけでもない、ただ、咲いて、周りの魔力を吸って花弁が増えるってだけのただの水晶の花だ。」
「ふむ……で、どうするんですそれ?」
「ん?はい。」
「へっ?」
またしても素っ頓狂な声が響いた。
「あげる。」
「……えーっと、いいんですか?」
「ん、君のおかげでできたし、それに――」
恥ずかしがるように、顔を背けて彼は言った。
「――初めて魔力で何か作ったから、その……記念に誰かにと思って。」
「……」
「……なにさ、変なこと言ってないだろ。」
「え、あ、いえ、この人突然すごいかわいいこと言うなぁと思ってただけで……」
「……馬鹿にされてる?」
「いえ、まったく――そういうことなら喜んでいただきます。」
「ん、大事にしてね?」
「――ええ、まあ、ほどほどに。」
そういって、何でもないことのようにマギアはその水晶の花を手でもてあそんでいた。
――なお、家に帰ったマギアが嬉々としてその水晶の花に34にわたる防衛術をかけているのを妹に見つかり、けんかに発展するほどからかわれたのはこの数時間後の話である。
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