思い付きと調査対象

「……やっぱり金属そのものに冷却性がないと熱で機能しなくなるな……ってことは……ベルツ素子がいる……やっぱりあの配合比は変えられない……」


 研究個室の椅子の上で、テンプスは一人ぶつぶつとつぶやいた。


 目の前にあるのは先ほどの数式と先日授業中に書いていた新装備――『非実体物固着波生成器』の設計図、そして、おそらくそれを作成しようとしているのだろう謎の物品群だった。


『なんです、冷たい鉄の溶液でも作るんですか?』


「つめ……ああ、妖精に使うやつか?違う違う、電気を通すと片面が高速で冷える……金属の混ぜものみたいなものがいるんだ。」


 言いながら、確かにそれでもよかったかもしれんな。と内心で思った。


 彼女の語る冷たい鉄というのは、魔術的な金属の一種だ。熱――体温の通じぬその金属は妖精のような超自然の生物を傷つけるために使われる物質だった。


 確かに、コールドアイアンと呼ばれるあれなら、代用品になるかもしれない――それも面白かったかもしれないなと、内心で思う。


『魔術とスカラーの技術の融合……させてみるのもありか?』


 ちょうどよく、ここには卓越した魔術師がいるのだ、頼んでみてもいいかもしれない。


『ふむ……やっぱりよくわかりませんね、そうするとどうなるんです?』


「こいつが正常に起動するようになる――ほら、熱いと人間もやる気なくなるだろう?それみたいなもんさ。」


『ああ、なるほど……つまり――』


「――私がさっきの頼みを聞けばそいつが動かせるようになると。」


 言葉とともに研究個室の扉が開いた。


 そこにいたのは燐光を感じるほど美しい二人の少女だ、同じ顔をした少女――マギアとノワがそこにいた。


「お疲れ様……初日なのに大変そうだな。」


「ん?そうでもない。結構楽しい。」


「だそうですよ、それに午前中だけで六回も絡まれたあなたほどじゃないと思いますね。」


 三白眼でこちらを見ながら告げる後輩に、テンプスは苦笑する――確かに、大変といわれればその通りだった。


 計六人、彼は彼への不満を蓄えた相手につかまり、自分勝手な「ご意見」を賜ったのち、けんかを売られた。


 そして何よりも気になるのは――


「――なぜか、そいつらが全員ってことだ。」


 それが最大の疑問だった。


 彼に向って立場の返上を求めてきた人間は皆一様に、マギアの妹とセレエの『入学』に関する何かしらの情報を持っている様子だった。


「ですねぇ……誰からしらがばらまいてるのは間違いないでしょう。ただ――」


「ん、その「誰か」の見当がつかない。」


 傍らでノワがセリフを引き継ぐ――実際、そうなのだ。


 共通点がないのだ。学年も所属する先もバラバラな生徒が、なぜかその情報を持っているという一分野においてだけ共通している。


「……なあ、やっぱり僕が調べたほうが早く――」


「だめです。あなたの体がどうなってるのか私たちにも判断できないんですから。休んでください。」


「そう、そして今も。治療できないから作業やめて。」


「ぇ、あ、はい……」


 今日は調子がいいからいい。


 そういうつもりだったことすら頭から抜け落ちるほどの圧でそういうノワに気圧されて、テンプスは机から体を離した――内心に宿った疑問を口にできないままに。






「――入っていいですよ。」


 その声が響いたのは、研究個室にマギアが入って五分ほどした後だ。


 その声に研究個室の扉が開く、そこに入ってきたのは二人の人間――テッラ、セレエ。


「お疲れ様です――大丈夫でしたか?」


「ああ、なんとかな……テンプス、大丈夫なのか?」


 そういいながらしゃくった顎の先には意識をなくしてだらりと力を抜き、ノワに寄りかかっているテンプスがいた。


「ん、平気、今の状態だと物が見えてると直すのが大変だから寝てもらってる。」


「そうなの?」


「ん、そう、今の状態は姉が……えー……予想?した通りだった。精神と知性、それに対して脳が不調和を起こしてる。」


「……なにそれ、あり得るの?」


 疑問に満ちた顔でセレエが声を上げた――テッラも同じ気分だ、何を言われているのかわからない。


「ん……わかんないとこは多いけど、神秘学的に考えるならたぶんある。精神とか知性に脳が耐えきれてないことはあり得る。」


「そう、なんだ?」


「ええ、前に教えたでしょう、精神と魂は別の領域にあると、その延長で――」


 朗々と語る少女を見ながらテッラは以前に思い浮かべた疑問を思い出していた。


 ――一体、この少女達はいったい何者なのだ?


「?なんです?彼女さんの前でほかの女に見とれないでくださいよ。」


「テッラ君?」


「いや、違う違う、そうじゃあない!」


 焦ったように否定する、疑われてはかなわない。


 それに――それほど気にすることでもない。


 今重要なのはこの少女がテンプスの味方であり、自分と同じものを目指していることだ。


「さて、冗談はほどほどにして――どうです?」


 マギアが告げる。


 ここに集まったのは午前中の調査の報告を行うためだった。


 本来は放課後にでもと思っていたが――ちょうどいいタイミングで時間がすいた。


「あ、テンプス君は問題ないよ、ちょっとふらふらしてるけど、体調自体は悪くなさそう。」


「ふむ……隠してる可能性は?」


「ないと思う、顔にも体にも引きつりとか変に緊張してる感じもないし。表情も変わってないよ。周りの様子も見てたけど、敵意がありそうな人はいないと思う。」


「ふむ……『妖眼』持ちのあなたがそう言うのならそうでしょうね。」


 そういってセレエの目を見つめる――鮮やかな色に染まるその瞳は尋常のものではない。


 その目に魔術的な性質を持つ、生来の異能。


 それが、あの魔女が彼女を手元に置いていた理由、そして、彼女があの闘技場でテッラと並び称されていた理由だ。


 あらゆるものを見抜くとすら言われる怪しい瞳の輝きがそう告げているのなら、事実そうなのだろう。


「こっちはまだ何も……なあ、やっぱり、を調べるのは――」


 テッラが渋い顔で告げる――仕方がないだろう、彼に頼んだ仕事はけっして愉快なものではない。


「わかっています、あなたにとってけっして愉快なことではないでしょう。ですが、必要なことです――もしも、がこの件にかかわっているのなら、私たちはんです。わかるでしょう?」


「……わかった。」


 その一言に不承不承テッラはうなずいた――彼もその必要性を認めたらしい。


「マギアちゃんは?」


「私も今のところは何もありません――ただ、気になっている点はあります。」


「何?」


「昨日、私が接触した生徒が学園に来ていません。」


 キルマ・ホア――先日ぶしつけにも人の精神を侵そうとした少年が学園に顔を出していない。


「ああ……ほう、何とかかんとかの子」


「報道部な……マギアに精神系の魔術をかけようとしたっていうやつか。」


「ええ、あの時、私は自分から売り込んで彼と接触しました、この段階で彼からすれば私との接触は予想外のはず。そしてあの手の魔道具は基本的に世の中に出るものでもありません、にもかかわらず、彼は持っていました。つまり――」


「学園の中で手に入れたってこと?」


「ええ、もらったにせよ買ったにせよこの学園にはそれ他人に使わせている人間がいるということになります。そして、そのタイミングで先輩に対して挑戦があったのはおそらく偶然ではない、誰かが意図したことでしょう。」


「わなか――なるほど、そいつはたぶんマギアに魔道具を使うのを知ってた人間、つまり。」


「魔道具を売った人間!それを探せばそこから、この件の主犯がわかるってこと?」


「そう考えています、私はこの線を狙っていこうかと。」


 断言する――この線は彼女にしか追いかけられない。


 彼女の考えが正しいのなら、この件は他次元の存在が絡んでいる。この次元しか知らない人間には手を出させられない。


「わかった。こっちは……まあ、うまくやるよ。」


「お願いします。セレエさんは――」


「テンプス君のこと見てるよ、倒れそうになったらカバーに入ればいいよね。テンプス君を狙ってるやつがいないかも注意してみる。」


「ええ、お願いします。いいですか、くれぐれも――」


「テンプス君に知られないようにでしょ?」

「テンプスに知られないようにだろ?」


「――ええ、くれぐれもお願いしますよ。」


 もし、知られれば彼は自分で動くだろう、それは避けたい――今調査などさせたらどこで倒れるのかわからないのだ。


「わかってる――次は放課後でいいか。」


「ええ、先輩と合流前に合うということで。」


「了解――あ、そろそろ起こしてやらないと、昼飯の時間なくなるぞ。」

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