編入生とそれを取り巻く環境
「――今日から皆さんにお世話になるセレエ・アリテェアです。正直、この学校のこともよくわかってないので、皆さんにご迷惑をかけると思いますけど……どうかよろしくお願いします!」
そういって頭を下げる美少女に二回生の教室は沸き立っていた。
「すごい美人じゃん!誰だよゴリラみたいなやつだとか言ってたやつ!」
「お前だろ!?」
「テッラ君のお姉さんって噂があるけどほんとかしら……」
「私は彼女って聞いたけど……」
「テッラ君が女と付き合うわけないでしょ!?」
「そうよ!テッラ君と付き合うのは私なんだから!」
「……っち、エリクシーズの一人と仲がいいからって公認チームの一人になりやがって……」
「気に入らねぇ……あの体使って誑し込んでんだろ……」
喧々囂々、クラスが混沌のるつぼに沈む中、ただ一人この状況を予見していた男――テンプスはどこか遠い世界のことのようにその光景を見ていた。
『すごいことなってるな……』
まるで盛りのついたサルの群れだ。
新しい人間が自分の生活領域に侵入するのが気になるのはわかるがここまで騒ぐものだろうか?
『まあ、公認チームの一員に選ばれてるからってのもあるんだろうが……』
そう、先日交付された公認チームのチームリストには彼女の名前があったのだ。
誰も知らず、それでいて燦然と輝く名前に皆あくびをひねり――そして、報道部の情報で彼女の存在を知った。
『今頃、一回生もおんなじことになってんだろうなぁ……』
苦笑交じりに思う。
もしかすると、あちらはもっと苛烈かもしれない――この学校に新たに表れた美少女に双子の妹がいて、彼女が同じクラスに編入するというのだから。
それも、決して数の多くない『神聖呪文』の使い手だ。期待値も高いだろう。
内心で疑問に思いながら、彼は紙の上に書き付けた数式を眺めて首をひねっていた。
『何の数式ですかそれ。』
その様子を見た大気の生霊二人が肩越しに書き付けた紙を眺めている。
《この前設計図書いてたやつあったろう、あれの回路にかかる負荷の計算。》
『ほう……やっぱりそういうの気にしないといけないんですねぇ。』
《そりゃね、一応物質的な要素の絡むものだから。》
『ふむ……そういうものですか、私の時代には機械なんてありませんでしたから新鮮です。』
《あー……あの辺は機械的な代物の空白地だからねぇ。一応、君らとスカラーの間に『機構文明』ってのが一瞬だけ発生してたんだが。》
『ほう!まったく聞いたことありませんね。いつ頃です?』
《1500年ぐらい前かな、スカラーの技術をオーラとか一切なしに再現しようとしたらしい、魔力が弱い人間が作ったらしいが……まあ、うまくいかなかったんだろうな。100年ちょっとでつぶれたよ。》
などと、会話をしながら考える――
『――やっぱり金属が足りない……鉄がいるな。ごみの集積場で回収してこないと……』
そこまで考えて、ふと思い至る――そういえば……
『……?なんです?なんかごみでも巻き込ましたか?』
肩越しに見詰めた先でそういって見えない実体が首をかしげる――テンプスにそれがわかるのはパターンを見る目があればこそだ。
《頼みがあるんだけどさ。》
紙面にペンを走らせながら、テンプスの思考はまたしても彼女に世話をかける申し訳のなさと、マギアと久々に行う共同研究への喜びで少々複雑な心境だった。
「――ねぇ、マギアさん!公認チームについて聞きたいことが……」
「すいません急いでるので……」
「なんで公認チームの名前がエリクシーズじゃダメなの!?ほとんどエリクシーズ」
「そこは私に聞かれても……理事長とやらにじかに聞かれてはどうでしょう。」
「マギアさん、この際だから言っておくがあの味噌っかすと付き合うのをやめたまえ、今回の一件で分かる通り、あの男は弟の実績を笠に着て無理な要求を通す――」
「おい、私の交友関係に文句があるならこちらで聞こうじゃないか。」
「――えぇい、なんなんですかあの連中は!」
猛り狂ったような声を上げて、マギアは廊下の地面に強い地団駄を踏んだ。
双子の妹ともに廊下に出てみればこのざまだった。
「なんというか……いつにもましてすごかったな……」
「ちょっと、ここまでの騒ぎは記憶にないわね……」
げんなりと、エリクシーズの双子――そういえばこの二人も双子だ――がつぶやく。
実際、普段から厄介なファンにたかられることもある彼女たちにすら、今日の騒動はあまりにも大事だった。
朝のお決まりの黄色い歓声のアーチを作る人間の数も明らかに普段よりも多く、朝一から普段の数倍つかれるようなありさまだった――ちなみにマギアとテンプスは姿を隠して通り抜けたので事なきを得ていた。
そんな彼女たちが、なんだかんだと合流するのはある種当然だったのかもしれない、相手の数が多すぎる、こちらにも人手が必要だった。
「ん、いっそ吹っ飛ばしたらダメ?」
「おお、いい考えだなノワ!よし、次のやつは一発――」
マギアと同じ背丈でほとんど同じ顔をした妹、ノワがそう言ったのを聞きつけると灼髪の少女――フラル・アナモネが腕をまくる。明らかにやる気だった。
「やめなさい!ノワさんも愚姉に変なこと言わないで!」
「「むぅ……」」
青髪の少女――アネモス・アナモネはどこか不満そうに顔をゆがめるノワとフラルを何とも味わい深い顔で見つめる。
正直に言って気持ちはわかる。何の関係もない連中に自分たちの生活を邪魔されるのは非常に気分が悪い。
そのうえで自分たちの立場や今後を考えると手出しするわけにはいかない。
忸怩たる思いはあるのだ、生活を邪魔されるのも、知り合いをあしざまに言われるのも。
「いいじゃないですか、私としては妹の提案に賛成ですが。」
「マギア……」
あきれたように声の方向を見る――いつものように美しい少女がけらけらと笑いながらそこにいた。
「なんです?あの連中にウロチョロされるのはうっとおしいんですよ、先輩の体調も悪いのにいちいち邪魔くさい。一発かましておけば手出しできないでしょう?」
「妹さんもお母様もいるんでしょう?下手なことをすると立場が悪くなるわよ?」
「はっ!高々この学園のちゃちないたずらでうちの家族はどうこうなりませんよ。」
「だとしてもよ、私たちは英雄にふさわしいところを見せる必要があるのよ?」
「それこそ問題外です、人の都合も聞かない連中に相応の罰を加えるのは英雄の仕事でしょう。」
打てば響くように痛烈な一言が飛んでくる。
それはひどく子供じみた意見だったが、同時に否定もできない――こちらのことを考えない連中のために不利益をこうむるのが馬鹿らしいといわれてはこちらとしても何も言えない。
そして、大体の問題を力押しでかたずけられる人間である彼女からすれば、生徒の排除はある種現実的なのは理解できてしまった。
『……ほんとに、泰然としてるわね。』
時々、この少女の強さがうらやましくなる。自分もあれぐらい強ければもう少し……
首を振っていらぬ思考を追い出す――考えても仕方がないことというのはあるのだ。
「こうなると屋上に集まるのは難しいかもね……別れてしまいましょうか。テッラ、悪いのだけどお昼は――」
「……」
「……テッラ?」
「ぇ?ああ、ごめんごめん、えーっと昼だよな、分かった、今もって来るよ。」
「あ、私も手伝うよ。」
どこか心ここにあらずといった風情の友人が背を向けると、それに対応するかのように傍らの少女――セレエが声を上げた。
「ふむ……私たちも行きますか、先輩のことですから、どうせもう研究個室にいるでしょうし。」
「ん、待たせると悪い。」
そういって麗しい双子が声を上げる――どうやら解散の流れらしい。
「では、またあとで。」
「ええ、午後にね。」
そう言ってマギアが声をかけるとき、一瞬テッラのほうに視線を向けた気がした。
『……?』
なぜだか、ひどく疎外感を感じたことにアネモスは首をひねった。
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