再び手にするもの
草木も眠り、死すら押し黙る夜更け。
人など出歩かぬ――そして、出歩くべきではない暗い闇の中を切り裂くように何かが走った。
それは空を舞い、まるで銀の流星のような速度である場所に向かって猛進していた。
銀灰色のきらめきだけを残して、その流星――マギア・カレンダは目的地が近いことを察した。
流れる景色でわかる、以前訪れた時と何も変わらない、一面の草地、昼は小鳥がささやき、草花が躍る牧歌的な場所、そして――自分の死んだ場所。
1200年前は鬱蒼とした森の中だったそこに、彼女は今、明確な意図とともに降り立った。
「おばあちゃん、ごめんなさい、あの日、復讐するって決めたときに、こことはさよならするって言ったのに……戻ってきちゃいました。」
苦笑交じりに声をかける――答える声はない。
彼女自身、自分がどう死んだのかは定かではない。
祖母によって何らかの魔術をかけられ、気が付けばこの場所で霊体になって浮いていた。
この場所にいい思い出はない。
そして、ここに眠るものにも内心、彼女は複雑な思いを抱いていた。
「あなたはこんなことに本を使うのに怒るかもしれないけど……それでも、この本が必要なんです。」
それでもマギアは言葉をつづけた、それが言い訳なのか許しを乞うているのかもはや、マギア本人にもわからなかった。
「……大事な人ができたんです、いつかおばあちゃんが言ってた『私たちの存在が苦痛にも毒にもならない人』が。」
それは古い思い出だ。
いつだか、逃げ続ける生活に嫌気がさした彼女が、祖母に尋ねた遠い日の一言。
『いつまでにげ続けたらいいの?いつか、この生活は終わるの?』
そう聞くと祖母は困ったように笑って――
『わかんないねぇ、いつまでだろう。私も年だし、いい加減、諦めたいところではあるんだが……』
そういって苦笑して――そういえば、近頃よくそばにいるあの人にそっくりな笑い方だった――そのうえでこう続けた。
『それでも、あんた達を置いていきたくはないしおいていくつもりもない。そのうえでもし、この生活が終わるんなら……そうだね。多分『あんたたちの存在が苦痛にも毒にもならない誰か』が現れた時さ。』
そういって、頭をなでられた遠い日の記憶。
「優しい人で……だから、何かと無理してしがちなんですよ、危なくって見てられないぐらい……あの人のそばにいる間だけでいいんです、私にもう少しだけ力を貸してください。」
そういいながら、彼女は自分が再びこの世に生を受けた時に隠した遠き日の思い出を魔術で手繰り寄せた。
地面の下、魔術によって作られた空間に隠された一冊の本が姿を現す。
その装丁は金がふんだんにちりばめられ、重さも明らかに今の方が重そうに見える。最も目につくのは表紙全体を覆うように羽を広げた鷲とも鷹ともつかぬ立派な金の羽だ。表裏問わず、本を守るかのように張り巡らされている。
『善行の庇護者の書』
天上界の魔術と力をもつ大いなる魔術書。
祖母から継承した彼女の魔術書。
彼女が捨て去るはずだった過去の遺物。
いくばくかの昔、マギア自身が復習に使うべきではないと置き去りにした過去は、それでも歓迎するような輝きを放って、マギアを迎えた。
「……ありがとうございます。大好きですよ、おばあちゃん。」
本の重さを両腕に感じながら、マギアはそっとつぶやいた。
「……なんで増えてるの?」
突然の襲撃から一夜、母親……を名乗る居候からの羞恥攻めを受けながら、それでも耐えきって目覚めた翌朝、テンプスの部屋は混乱を極めたありさまだった。
「昨日の一件で分かりました。あなたは私の話を聞きません。やめろといったことはしますし、こちらの心配などものともしません。」
なぜだか当然のようにカギを開けて侵入していたマギアがまたしても鎖で縛り上げられたテンプスにそう告げた。
「いや、その……心配をかけようとしてるわけじゃないんだけど……」
「知ってますよ、ただ、私はあなたの行動を非常に重く受け止めているという話です。」
さらりと告げられては、テンプスとしても「むぅ……」とうなるほかない。
「や、で、でも……」
「でもも案山子もありません、よって、本日から二人体制で監視します。問題が起きそうなら先行型がつぶし、大気型で何かする前につぶします。」
「アマノさん曰く東には前鬼と後鬼という守護者がいるそうですから、それだと思ってください。」と告げる後輩は手に持った容器からまたしてもこちらに食事を供する――なんだってこの親子は人を縛り上げて食事させたがるのだ?
「や、でも、ほら……き、昨日みたいにされて、君の井本のあらぬ噂とか流されても――」
「今日のは大気の生霊は特殊な奴ですので対策済みです。」
そういって、二体に増えた生霊を撫でる。
そう、起き抜けの一言はそれを示している――増えたのだ、監視役の大気の生霊が。
「……前のやつより強くない?」
それも、前のやつよりも強いのが。
「ええ、昨日のうちに呼べるようにしておきました。上から二番目です。テッラさんとさしでやりあえる性能をしてます。」
聞けば聞くほど過剰戦力に思えた。明らかに自分の護衛などにつけるスペックではない。国の王とか宗教の教祖などに与えられるような護衛だ――いや、それ以上か?
「……生身の僕とおんなじぐらいじゃ……」
「いや、そこまでではない――らしいですよ、本人たち曰く二人係ならワンちゃんだそうです。」
「……いや、僕そんな強くない……」
「謙遜は過ぎると嫌みですよ。ああ、そうそう昼の治療はノワも参加しますので。」
彼の突っ込みをことごとく無視して、あっさりとマギアはそんなことを告げた。
「ん、お任せ。」
そういって、またしても勝手に部屋に入っていたノワ・カレンダが姉と同じつつましい胸を張って見せた。
「いや、それは……」
「なんです?」
モノ申すテンプスに威圧感のある視線が刺さる……どうにも、不調になってからこの子は過保護な気がする。
「……その、戦闘とかしないなら問題ない計算だし、初めての日なんだから友達とか作った方が……」
「いりませんよ、私たちは家族がいれば満足な人種なんです。」
「君にだってドミノ女子とかいるだろう?」
そう告げて、なおも食い下がるテンプスに何でもないかのように告げる。
「ですが、親しいとなるとあの子ぐらいのものですよ、あとはあなたの関係者かサンケイの関係者です。」
「だったら余計――」
「ん、兄さんがそうなってると気になって友達作れない。」
「だ、そうですよ。私は1200さんも年の差が離れた子供と友達になれる精神構造してませんから結構です。」
「む……ぅ……その理屈だと僕ってどういうポジション……」
「あなたのことは真剣にどっかの偉人の生まれ変わりを疑ってるので勘定に入れてません、そもそも、母の定義に照らし合わせると先輩は家族です。」
「……昨日は変だって言ってたくせに……」
「時と場合によって物事は変わる物ですよ。いいですか、あなたも知っての通り、私は今大気の生霊とわたしの体、三つの体を一つの精神で支配し、行動しています。あなたが何かしようとしても常時監視していますので、妙な動きをしないように。」
あっさりと先日の発言を翻す彼女に渋面を作りながら、テンプスが懇願のようにつぶやく。
「……トイレぐらいは一人で――」
「だめです、質の悪い連中はああいった無防備な場所で襲ってきます。普段ならともかく、先日の雑魚相手に昏倒寸前まで行くとあっては監視を緩めるわけにはいきません、しているところは見ませんからお気になさらず。」
「……変態」
「その誹り一つで人が救えるなら、あなただって喜んでやるでしょう?」
「……」
ぐうの音も出ない――テンプスは確実に自分がそれをすると確信できたからだ。
「……」
渋い顔で黙り込むテンプスを見つめていたマギアはクスリと笑って「そろそろ訓練でしょう、ついていきますから出ますよ。」と告げてベットから立ち上がる。
「――ああ、そうだ、先輩。」
そこで、思い出したかのように振り返って告げる――
「おはようございます。今日もいい朝ですよ――曇ってますけど。」
そういって、朗らかに笑った。
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