圧勝

「おっ、逃げなかったか。」


「……?逃げられなくしたのは君だろうに。」


「へっ、いや、何、てっきり、わが身可愛さで逃げると思ってたのさ。」


「……?」


 違和感があった……自分が逃げると思っているのなら、いったいなぜこんな真似を――


「さて――始めようじゃねぇか!」


「……ああ。」


 疑問を払しょくするように威勢のいい声が響く。相手に手に握られた鈍色の輝きが彼の手の内で彼の目を引いた。


 それは短剣だった。この学校では珍しい武器種。


 手数と身軽さで戦う武器――毒を塗るのに適した武器。


『……塗ってなさそうだが。』


 だからと言って襲撃犯と関連がないのかはわからない。


『……まあ、遠距離から飛んでくる針ぐらいなら彼女がそらすそうだし』


 舞台の上にいる人間にかんして彼女は干渉しないように告げたが、そうでないものに関しては彼女の判断で好きにするだろう。


 わきから手出ししてくるのだ、なにをされても文句は出まい。


 相手の武器に合わせてテンプスも武器を――


『……』


 抜かない。


 抜けない。が正しいのかもしれない。


 フェーズシフターの柄に手が触れた瞬間にわかった。今、これを抜けば自分は動けなくなる。


 パターンが増えすぎる。一瞬で視界を埋め尽くすほどに増えるパターンは自分の体を一瞬でがんじがらめにするだろう。


 武器は抜けない――だから。


「――おいおい、何の真似だぁ?」


 苛立ちに満ちた声が相手から洩れた。


 当然だろう、テンプスは腰の武器――彼らからすれば力の源である武器から手を放し、無手で戦う姿勢を見せたのだから。


 軽く腰を落として、相手に正対させる。


 両手に力を込めてわきを開いてだらりと垂れ下げる。構えから動きを予測されぬように可能な限り自然に。


 目線はまっすぐ相手に。


 この独特の構えは、祖父がどこぞの遺跡に言った際に近場の部族から習ったらしい不可思議な構えだ。祖父から習った通りに、それでいてこれまでの経験を反映させ、より洗礼された構えで構えを終える。


「なんだてめぇ……その腰の剣はどうしたよぉ!俺には使うまでもねぇってか!」


 怒り狂う相手をしり目に、テンプスは脳内で荒れ狂うパターンの渦を必死でより分けていた。


 周囲からの奇襲――あり得ない。マギアがいる。


 マギアが裏切っている――あり得ない。感情がそれを認めたがらないし、そうでなくとも妹の入学までは裏切るまい。


 罠――ない。自分の感覚はどれだけくるっていても罠を見過ごせない。


 よって、この男の行動は自分の肉体を使っての攻撃。


 だとして、考えられるパターンは三つ。


 手に持った武器による攻撃。


 手に持った武器を投擲しての近接格闘。


 魔術による遠距離攻撃。


 この中で可能性が高いのは魔術だ。


 自分の魔術への弱性はすでに学園に知れ渡った事実だ、それに、今の自分はフェーズシフターがない。遠距離に攻撃できる手段がないのだ。


 故に選択されるのは魔術。


 放たれるのは――おそらくは稲妻か風。


 稲妻でのマヒが有効なのは去年のジャックの一件で知れ渡っている。


 風は不可視の攻撃。躱される心配がない。


 稲妻はあれで、放つのに相応の才能が必要になる。


 よって、おそらくは風。


 テンプスは必死で暴れ狂うパターンの奔流を抑え込み、確定された一つの可能性にまとめ上げる――普段は意識せずにできるこんなささやかな意思決定にすら、今の彼は必死にならなければたどり着けない。


「――はっ、お前がその気なら好きにしなぁ――これでチームメンバーの座は俺のもんだなぁ!」


 短剣の男が叫ぶ――またしても、この男の名をテンプスは知らない――その顔は馬鹿にされたという思いからか真っ赤だ。


 そして、男はテンプスの読んだパターンの通りに魔力を動かし始める。


 手の内側に仕込まれた魔術円の形から放つのは――風だ。


 瞬間的に、テンプスの脳裏に浮かぶ数十の可能性、これをまたしても選定し、一つにまとめ上げる。


「――その妙な剣がなけりゃな!てめぇなんて雑魚なんだよ!」


 そう叫ぶ相手に、体を鎧をまとってはいなかったが、体は十全に動く。これならば、まあ……どうにかなるだろう。


 ここで一つ、話しておくべきことがある。確かに、テンプス・グベルマーレは非常に魔術に弱い。


 魔力そのものにすらダメージを負うその体は、本人の魔力を除くすべての魔的なものを受け付けない――本人が作り上げる魔術すらだ。


 故に、この学園には教えられるまでもなく万人がしる不文律がある。


『死刑執行人の息子を痛めつけるときは魔術をつかう。』


 それが彼らの不変の定説といってもいい、テンプスと何かあればこの一言に飛びつくことで自分たちの優位を確認してきた。


 ただ、これまでの彼の戦いを見てきた諸兄ならばすでに知っているだろうある事実がある。


 この物語が始まったときの訓練に始まり。オモルフォス・デュオ。剣術部。ジャック・ソルダム。うらぶれた老婆にスパロー。闘技場の選手、果てはウーズとかした魔女――そういったものたちとのあまたの戦い


 そうした戦いの中で彼は現状、


 彼が負けるときは後ろからの奇襲か、さもなければ、広域にかわせないほどの魔術を放たれたときだけだ。


 真っ向から戦って、彼は魔術師に負けたことがない――少なくとも、ここ一年の間は。


 余裕はない。ためらっている余裕もない――であるなら、取りうる手段は一つだ。


 姿勢を低く、まるで地面を這うように低い姿勢でテンプスは駆け出す――相手まで十二歩。


 三歩進んだ段階で男の魔力が魔術円に殺到し、大気で作られた不可視の砲弾を作る――にやけ面とともに放たれたその弾丸が、テンプスにとどくことはついぞなかった。


 面制圧の魔術、『風の鉄槌』に比べれば隙間があるが、一撃の威力で言えばこちらの方が上であろう風の砲弾がテンプスの体めがけて殺到する。


 躱せない。そう確信した。


 砲弾の拡散性から考えて今から方向を転換したところで回避は不可能だ。


 故に、勝利を確信して――唖然と口を開いた。


 


 不規則かつ不可視の砲弾の先間を縫うようにテンプスの体が動く。


 どこに飛んでくるのかは考えるまでもなくわかっていた、あのパターの魔力で喚起する砲弾がどう飛ぶのか。


 故に着弾よりも早く、ごくかすかに体を動かし砲弾の隙間を縫う。


 風の鉄槌ならこうはいかないだろう、だが、放たれた風の砲弾には隙間があった。


 まるで影のようにうごめき、攻撃の隙間に体をするりと差し込み、ただの一撃する当たらずに、彼は素早く歩を進める。


「……嘘だろ……」


 呆然と金髪の男が口を開く。


 こんな動き、できる人間がいるとはとても信じられなかった、目の前で行われていなければ疲れすぎてみた幻覚とでもいうだろう。


 しかし、現実は変わらない。


 砲弾の雨の中をするりと抜けたテンプスが迫っていた。


 とっさに、短剣を振りぬく。


 低い姿勢のテンプスに合わせるために下に振られたその一撃は破れかぶれで、わかりやすく――合わせやすい。


 その一撃に、テンプスは狙いすましたカウンターを合わせた。


 一瞬だけ加速した彼は相手の腕の半径内に侵入する、振りぬこうとした腕が一瞬だけ視界をふさぐタイミングを狙った一撃。


 右手の掌底が相手の短剣の柄頭をしめやかにたたく。


 確かな手ごたえを感じ速やかに手首を返す。


 手から突如として獲物が消えたことに驚く金髪の彼ののど元に向けて、手刀が走った。


「ごっ!」


 誰も反応出来ない速度で走る手刀は、ねらいを過たずのどを砕いた。


 その感触に顔をしかめながら思う――少しばかり警戒しすぎたかもしれないと。

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