五度目の面倒事
「……やっぱり行った方が……いや、でも信じてって言われてるし……」
珍しく落ち着きのない様子でテンプスが部屋の中を歩き回っていた。
その頭の中に満ちるのは不安と自分の行動の是非についての叱責だった。
昼休みにおけるひとしきりの話を終えて、彼はマギアに一人で記者に会うことを許した。
そもそも、彼女の行動を縛れる立場にはないのだ、許すも許さないもない。
そのうえで――彼はその行動が正しかったのか、ずっと悩んでいる。
『……いい加減信じてくださいよ、さっきから言ってますがそれなりに対策はしてますし、そうやすやすとやられたりしませんよ。』
「……それは、わかってるけど……」
大気の生霊のあきれたような声に、歯切れの悪いテンプスの声が返した。
彼女の技量を疑っているわけではない。
わけではないが――同時に、彼には懸念があるのだ。
世界は広く、ともすれば彼女が知らぬ術や技があることを彼は否定できない。
もし、その何かが起これば脳内でひしめく『妄想』が現実になることも――あるのではないか?
そうでなくとも『あれ』は近づいてきている。初めて見つけた10年前から避けようとしてきたが、成功できる気がしないいつか……あれが起こるのなら、この『妄想』もまた……
「……やっぱり、様子見に行く。」
『……心配性……』
あきれと少しの失望の色を湛えた声を聴きながら、テンプスは研究個室を飛び出した。
「――ああ居た居た、どこに隠れてるのかと思いましたよ。」
その男が現れたのは彼女がいるという個室に続く階段の手前だった。
金髪碧眼の美形。
見覚えはない。
同じ学年ではないはずだ、少なくとも授業等で戦った覚えはない。
目立つ生徒にもいなかったはずだ。
背丈のほどは高くないが、それでもテンプスよりは若干背が高かいその生徒はこちらを見下すようにそういった。
「今日に出された報道部の告知、驚きましたよ、あなたのみたいな出来損ないが公認チームに入れるなんて。」
という宣戦布告から始まった彼の……意見?は要約すると以下の通りだ。
「お前のような卑しい生まれの人間がこの栄ある学園の公認チームに選ばれるなどありえない。」
「今まで全力をだしていなかったが自分にはサンケイにも勝るとも劣らぬ力がある。」
「よって、自分こそがこの公認チームにふさわしい。」
今日一日で何度聞いたかわからないこの手の会話に、最初の数人は怒りを見せていた傍らの大気の生霊すらあきれた様子で相手を見つめる中、彼は傲然と言い放った。
「――だから、僕と戦ってくださいよ、あなたの残留をかけて。」
そういってこちらに挑戦的な視線を送る相手に、テンプスは決まりきった文句で返す。
「いや、だから、僕がそれをやる利点が――」
ない。そういって断ろうとした。
彼の体調は悪化しているし、同時にマギアからも止められている。
だから、止まろうとはしたのだ――
「――いいのか?セレエとノワの入学について……ここでばらしてもいいんだぞ?」
「――!」
――この一言が出るまでは。
テンプスの顔に驚愕が走る――当然だろう、だれも知らないはずの情報を知っている人間が現れたのだ。
『理事長が流した……違うな、利点がない。だとしたら……マギア?ない。僕を売るならともかく妹は売らないだろう……ほかに聞いてた人間……ステラ?』
疑わしい人間が次々脳裏に現れては消える、それぞれにまつわるパターンの奔流が脳を苛んだ。
「どうする?お前次第だ。」
そういって笑う相手の顔をしげしげと眺めて、テンプスは告げる。
「――わかった。」
『「先輩、だめ!」』
どこかで、悲鳴のような声が聞こえた気がした。
そして今。
訓練場のわきでテンプスは後輩の姿の大気の生霊に詰められていた。
『全く、人の話を聞かない人ですね!いいですか、このまま制圧してしまいましょう。舞台に上がると同時に今までみたいに呼吸を止めます。勝てばいいっていうならそれで解決ですよ、そうすればさっきの脅しだって――』
「それはなしだ。」
『なんでですか!』
「この場で黙らせたところでこいつの持ってる情報がこいつの精神から消えない限り危険は続くさ。それをしゃべってはいけないと納得させる必要がある。それに――」
相手に眺めながらテンプスは脳裏に宿る懸念を告げる。
「――そもそも、こいつ自体が疑わしい。」
『どういうことです?』
「こいつが情報を持ってる唯一の人間だって保証がない。誰かの代理でここにいる可能性だってあるし、そうでなくとも共犯がいるならどっちみち危険だ、危ない部分を増やしたくない。」
というよりも、彼はそれが正しいだろうとすでに確信している。
彼に見えるパターンでこの男が主犯であるパターンはない。
『僕に何か用があるのか……』
それ以外に何かしたいことがあるのか、それはテンプスにもわからなかったが、この男はおそらく計画の主犯ではないだろう――だからこそ、今はまだ見ぬ誰かのたくらみに乗るしかない。
たくらみの主犯を見つけ出さねば答えにはたどり着けない。目星が付くまでは流れに身を任せるしかない。
『近頃流されれっぱだな……』
どうにも自分には主体性が足りない。
もうすこし、この男の積極性を見習うべきだろうか。などと他人事のように考えるテンプスの耳にマギアの必死の声が響く。
『ならせめて私が来るまで待ってください、大気の生霊の体では治療しきれません。また倒れますよ!?』
「そうしたいのはやまやまだが……」
「――おい、早く来い。」
「――そうも言ってられないらしい。」
かけられた声に苦笑する――都合が悪いタイミングを計っているかのように完璧なタイミングだった。
『……っ!なら逃げてください!私もノワも気にしません!セレエさんには私から話します!戦ってる最中に倒れたら何をされるか……こいつが襲撃犯でない確証なんてないんですよ!?危ないことはしないでください!』
「それも断る――もう、やるといってしまった。それに……」
『なんです!』
「――君、妹と一緒に学園行けるって聞いたとき嬉しそうだったじゃないか。君の妹も嬉しそうだったろう?セレエもテッラもだ。」
マギアの体がぎくりと止まる。
確かに、同じ学園で同じように日常が送れると聞いたとき、喜びを感じなかったかといえば答えはノーだ。
彼が脅されたことに起こっていたし、彼の身に起こっていることに心配も恐怖もしていたが――それでも、確かに喜んだのだ。
『……それは……!』
「僕も兄貴だから、わかるよ。家族と一緒にいられるのがうれしいのは。まあ、ちょっと腹立つときもあるけど……僕もあんまり、あいつと一緒に生活できてないから。」
彼の世界は何時だってあの小屋の中で完結している、周りにあるのは処刑道具だけだ。
処刑用の剣を洗う桶で体を洗い、首を入れるかごに食事を詰めた。ネズミとハエが五歳から七歳までの友人だった。
弟と関われるのは父に剣を習うときだけだ。その時だけは兄弟の様だった。と彼は思う。
テンプスが弟の剣術をみるようになったのは結局、兄弟の接触時間を増やしたかったからだったのだろう。
だから。
「亡くなった時間や幸福を取り戻すのが間違いだと僕は言えない――僕が今、割とそうしてるから。」
一息つく。頭痛がひどさを増している――今までで一番ひどい、日に日にひどくなっていく。そのうち、戦えなくなるだろう、その前にけりをつけたい。
「何が気に食わなくてこんなことしてるのかは知らんが、こいつに――こいつらにそれを邪魔する権利はないし、邪魔させるつもりもない。」
だから、やめるつもりはなかった。
これは彼の意地で……祖父との約束だった。
『……』
なにを言っていいのかわからない様子で大気の生霊がテンプスを見つめている。
心配と後悔と……テンプスが名を知らない感情がうごめいているのがわかる。
「気にしないで?――大丈夫、じゃないけど……何とかするからさ。」
大気の生霊に声をかける、それにどれほどの効果があるのかはわからないが、それでも行うべきだと思った。
その声が後輩にどう聞こえたのかはわからない。
こちらを心配そうに見つめる後輩に悪いことをしているなぁ……と、苦々しい思いを感じながら、それでもテンプスは舞台に上がった。
この舞台の上で五度目の面倒事が始まるのだなと確信していた。
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