貞節の魔術と罠。
不可思議な色を伴う閃光が部屋を駆け抜けたときその場に残ったのは二つの物体だった。
「あー……」
困惑顔で視線を下げるマギアと――
「ヴぅぅぅるるぅぅぅぅるぅぅ!」
――防衛術に引っかかった哀れな男だけだった。
「……変なもの使わなければいいのに……」
魔法の閃光の影響などないように――そして実際一切影響を受けずにマギアは男の体に手をかざす。
感覚的に、この男がもはや行動不能なのはわかっていた。
体の中でわだかまり、心臓のあたりに強く干渉しているのは自分の体から滲み出した魔力だ。
七徳の秘儀七つの効用が一「貞節」の秘儀。
彼を傷つけているのはこれだ。
本来、貞節を守るためにあるこの魔術は貞節を犯すものを打ち破りに対して魔術の罰を与える。
そして、貞節とは特定個人への操をたて、純潔を維持することだ。
彼女の場合、この『操』をとある少年に立てた。
今現在、大気の生霊の方の『窓』を見る限り、どうやら研究個室からこちらに向かおうとしているらしい彼の姿を見ながら彼女は男の魔術を解いてやる。
「おーい?大丈夫ですかー?」
返事は――ない。
死んではいないようだが、どうにも反応がない。よほど強く『罰則の魔術』が決まったらしい。
この感じなら――《地獄の万力》あたりだろう。あれはとんでもなく痛いらしいと聞いている。
あきれたように顔をしかめて、腰に手を当てる――全く、細かい話を聞く前に失神されてしまった。
『さて……話が効けないとなれば鬼の居ぬ間になんとやら、頭の中身を見せてもらおうか。』
すっと、マギアの目線が細まる。
『学園の生徒』から『1200年の時を生きた魔女』のものに自分の意識をシフトさせる。
体の中でくみ上げられた 調査術がうねりを上げ、記者の脳を侵食し始めて――
「――マギア!」
息せき切って飛び込んできた『同級生』に止められた。
「――おや、サンケイ、どうしました?」
はた、と振り向いて視線を向ければ、そこにいたのはおせっかいで心配性な先輩の弟だった。
「え、あ、いや。に、兄さんから何か厄介なことがあって、マギアがその手掛かりをおいかけて、一人で動いたってきいたから――」
「ああ、それで心配してきてくれたんですか?気にしすぎですよ。これぐらいどうにでもなります。」
そう、実際のところ、彼女は貞節の魔術抜きでも、この程度のこけおどしなら問題なく対処できた。
「貞節」の秘儀はもとより、彼女は1200年に及ぶ復讐と魔術の研鑽において彼女がもっとも嫌ったのは見えないものへの干渉だ。
精神、魂、そういったものへの干渉は魔術で放たれる炎などよりもよっぽど質が悪い。
そして――質の悪いことに、彼女が向こうに回した敵である八人の魔女はその手の魔術に精通していた。
偏愛の魔女として密閉されたオモルフォスがいい例だ、あれがあと一年早く前世の記憶を思い出せていれば名声の魔女の支配域はそっくりあの女のものだっただろう。
彼女がやりあっているのはそういう存在だ。故に、彼女はそういったものへの耐性をがちがちに固めている。
万能の精神無効呪文を常設にし、自分自身の『種族的』精神能力を鍛え、魅了に対しての抵抗性を鍛えるべく別の次元界から淫魔を確保して青魔法と呼ばれた魅惑あるいは性的魔法を魔術的に模倣すらした。
彼女の精神に干渉するのはもはや淫魔の領域を統べる魔王にすら不可能なことだ――高々この程度の魔法の道具でどうこうなることはない。
ここはゲームではないのだ。なんだって無条件に通じる好感度を変動させるアイテムなどない。あるのは魔術的に解明されたおぞましい小道具だけだ。
ないが――
『……この手の道具はこの次元には存在しないはず……なんだってここに?』
そう、彼女が知る限り、この次元にこの手の道具――言ってしまえば非合法的な人心制御器具がのさばったという話は聞かない。
別次元でこの手の道具がはやったと聞いたことはあるが……それも天上界での話だ。
『……何かしら、別の次元の存在が絡んでる?あり得る話だ、先輩の能力は確かにひそかに動く相手からすれば脅威でしかない。』
だとすれば、やはりあの日置き去りにした『祖母の遺品』が必要になる。
天上界の力が自分の行いを許す確証はなかったが、それでも、必要なのだ。
『……まだあそこにあればいいけど……ま、最悪魔術で見つければ――』
そこまで考えて、彼女はあきれと共にもう一つの窓――大気の生霊の視点の映像を眺めていた。
そこには何やら男子生徒に絡まれているテンプスの姿があった。
かれこれ、もう九件。彼はこの手のいちゃもんを受けていた。
やれ、腰巾着が生意気だの、どんな手品で教員をだましたのかだの、精神魔術で、だれに尻を貸したんだの――まあ、これを言った人間は二度と人になめた口をきけないようにされたが――いい加減、うんざりする数だった。
これも、そんなくだらないいちゃもんでしかなかった――
《――だから、僕と戦ってくださいよ、あなたの残留をかけて。》
《いや、だから、僕がそれをやる利点が――》
《――いいのか?セレエとノワの入学について……ここでばらしてもいいんだぞ?》
《――!》
――この一言が出るまでは。
大気の生霊の視線の先でテンプスの顔に驚愕が走る――当然だろう、だれも知らないはずの情報を知っている人間が現れたのだ。
《どうする?お前次第だ。》
そういって笑う相手の顔をしげしげと眺めて、テンプスは告げる。
《――わかった。》
『「先輩、だめ!」』
大気の生霊が警告を発するのとマギアが教室を飛び出すのはほとんど同時だった。
そのまま脳内の魔術の円を起動させ空中に浮く――これが一番早い移動方法だった。
『何してるんですかあの人……!』
内心で毒吐きながら、マギアは体に巻きついた風に命じた――急がないと、心配でどうにかなりそうだった。
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