信じてください
空き教室の一室、報道部がよく記事のインタビューに使う部屋はいつも通り小ぎれいだった。
「――ああ、どうも、キルマ・ホアさんですね。」
――あるいは、中心にいる人間が美しいので、そう見えていただけなのかもしれない。
近頃ようやく見慣れたこの部屋で、あたかも後光を感じさせるように、少女――マギア・カレンダは微笑んでいた。
「あ、はい!本日はインタビューのご提案を受けていただきどうもありがとうございます!」
「いえいえ、期待の新人さんだそうですから、期待させてもらいますね。」
そういって、花も恥じらうように笑うマギアに記者――キルマ・ホアはその顔を赤くさせた。
「ああ、そうだ、私放課後にキルマ・ホアあってくるので、先に帰ってていいですよ。」
「―――待った、なんだって?」
昼休みの終わり、マギアから突然投げかけられた一言はこれまでよどみなく動いていたテンプスの手を止めるのに十分な威力があった。
「いや、ですから、放課後にでもキルマ・ホアにあって――」
「一人で?」
食い気味に問いただす。その目はどこか焦点が合っていないようにマギアには見えた。
「ええ、まあ……先輩が来ると警戒するでしょうし、ほかに頼れる人間もいないでしょう。」
「あー……アマノ、とか?」
「今回は代行者がらみかもわかりませんし、この前の一件で頼っちゃったじゃないですか。さすがに巻き込めませんよ。」
「ん……まあ、そうなんだけど……」
歯切れ悪くテンプスが告げる――先ほどよりも明確に焦って見えた。
「大丈夫ですよ、聞いた話ならそれほど厄介な相手でもなさそうですし。これでも1200年選手ですよ、任せてもらって結構。」
「……ん……」
どこか、熱に浮かされたようにぼんやりとテンプスが告げた。その目はどこか別の――あらぬ方向を見ているように見える。
まるで、何もない場所を見つめて固まる猫のようなその動きを見つめながら
「……先輩?午後の授業、遅刻しますよ?」
「ん……うん。」
やはり、様子がおかしい。意識がよそにでも飛んだかのように悄然と前を見つめている。
魂が抜けたようなその様子は、明らかに異様だった。
「……先輩?大丈夫で――」
そういって、差し出した手をテンプスが強く引いた。
「ひゃ!」と、かわいらしい声が口から洩れた。予想外の動きだった――どちらにとっても。
まるで自分のものでないかのように動く右腕を眺めながら、テンプスは自身のその行動が何を意味するのか図りあぐねていた。
「えーっと……先輩?」
今、この行動をとる意味は――ない、と思う。
腕を引いたところで何かが変わるわけではない――はず?
ただ、彼女の話を聞いたとき、彼にとって見たくないパターンが雪崩か何かのように大量に脳を襲った。
感覚がすべてうすぼんやりと霞、思考だけがクリアでありながら、今目の前の時間軸に存在しない『仮定』の中に浮かんで、 元の座標をなくしていた。
目の前の少女と『仮定』の中の処女がだぶり、どちらが今目の前にいるのかがわからなくなる――いや、わかってはいるのだ、わかってはいるが……抑制が効かない。
「――やっぱりだめ。行かないで。」
「はい?いや、あの……」
「僕もいくから……一人はやめて。」
「……先輩?」
「ひとりは……だめ……やめて。」
「……」
怪訝な顔が視界に移る――何を言われているのかわからないのだろう。
自分だって、自分が何を口走っているのかもう判断が付いていない。
精神の制御化にない脳が、累積された情報を垂れ流している。
精神の重みに耐えきれず、破綻を続ける脳が目の前の現実とパターンの区別をつけられなくなっている。どちらが現実化もわからないし、わかったとしても、口を止められない。
「……お願い、もう嫌なの。いっぱいみたから……おねがい……ぼくも……」
悪夢にうなされるように口から言葉が漏れていた。
自我すらなく、情報を一時的に保管することしかしない脳はそれでも自分に降りかかる災いを遠ざけようと必死だった。
「……」
マギアにはそれが何を示すのかはわからなかった。わからなかったが察しはついた、彼にとってひどく重要で、ひどく恐ろしいことから逃れようとしているのだけはわかった。
顔を見ればわかる――今まで見たこともないような絶望した顔。
幼子が初めて亡霊を見たようなそんな……恐ろしくて、泣きそうで、死んでしまいそうな顔。
だから、いつか、おせっかいな誰かがしてくれたように、あんしんさせることにした。
「――大丈夫ですよ、先輩。ちゃんとここにいますし、帰ってきます。信じてください。あんまりパッとしませんけど、これでもあなたの後輩ですから。」
「ね?」とほほに手を当てる。
それを受けて、彼は――
「――今日の昼に公表された公認チームについてですが……」
放たれた質問が、マギアの意識を現実に引き戻した。
つい数時間前に起きたあの一連の出来事を鮮明に思い出すほどこの時間は退屈だった。
質問は型どおり、目新しいことはないし、質問は新造されるチームの話だけだ。
今のところ、彼に怪しい様子は見えない。
「それは私も何が何やら……」
答えながら、探知の魔術が飛んだ。
変調し、形を変えた魔力が新人記者の体をあさり、所持品の形を目に浮かび上がらせる。
『ペンが三本、何用かわからないメガネが一つ、魔術具……ああ、念写用の道具か……一つ、あとは――何かの石?妙なものを……』
少なくとも彼女が見た限り、テンプス襲撃に使われた針はない。
となれば、この男は襲撃そのものと関係がないのか、あるいはテンプスが来ないからと凶器を置いてきたのか……
『ただ……さっきの毒探知にも引っかかってない、この男の体に毒の気配はない……』
通常、武器に毒を仕込むならば多少なれ毒の形跡は残る。しかし、この男にはそれはない――
『となると、本当に襲撃とは無関係……?だが、なぜ噂のことを……』
「――はい、質問は以上です。本日はありがとうございました。」
「ん、ああ、いえ、お気になさらず。正直、追いかけまわされるのに疲れていたので、ちょうどよかったです。」
そういって微笑む――さて、何か聞き出せないか試してみるか?
「あの――」
「――すいません、マギアさん。」
「――はい?」
いくつかの質問事項を思案しながら口を開いたマギアに、かぶせるように記者が語りだした。
「実は僕……あなたのファンなんです。」
彼の口から出たのはそんな一言だった。
「はぁ……それはどうも、ファンができるようなことをした覚えもありませんが、うれしいですよ。」
「いえ!あなたの魔術を扱う姿は本当に美しくて――だから、あなたがあんな男と一緒にいるのは耐えられないんです。」
「はい?」
話がおかしな方向に進んできた――とマギアが考えるのと記者が懐から何か……そう、先ほど荷物の確認をした際に見つけた謎の石を彼女にむけるのはほとんど同時だった。
「――だから、僕があなたを開放します!」
「はっ?何言って――」
マギアが手を伸ばす――石を取り上げるつもりだった。
しかし、それよりも早く記者の口が動いた。
「――
彼が手に持って行使したのは『結絆の宝珠』と呼ばれる『魔法の』道具だった。
それは、ゲームに登場する『好感度調整用のアイテム』だ。
これを使われた相手は強制的に《好感度ランク》なる値が一段向上する不可解な道具。
人の心を操るよこしまな魔法だった。
記者の呪文によって解き放たれた魔力は閃光自体が青とも赤ともつかない不可解な色を伴って部屋中に広まる――その閃光の中で記者が満足げに微笑む。
これで、彼女は彼のものになる―――――――はずだった。
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