とある記者
「――あれ、気が付いてなかったんですか?もうドミネさんに頼んで話聞きましたよ。あの金髪の学生でしょう。」
カチャカチャと金属の部品をくみ上げる音が響く研究個室で驚いたようにマギアは言った。
「……その分だと君は気が付いてた感じか。」
『ええ、朝一で待ち伏せしてた時点でなんか変でしたし……ほんとに気が付いてなかったんですか?』
「……ん、まあ、ね。」
ことのほか、沈んだ声が口から洩れた。
『……やっぱり頭が回ってない。』
これはテンプスからすれば由々しき事態だった。
彼は別段、自分がこの世で最も頭のいい人間だと思っているわけではない、ないが――同時に、決して愚かだとも思っていない。
今日まで生き残ってこれたのは祖父の教えを理解できる知性があればこそだと思っていたし、事実その通りだった。
だというのに、今、その長所が陰っている。これは彼にとってかなり致命的なことであり――心底、恐ろしいことだった。
「……」
自然と、眉間にしわが寄った。
今の自分がどこまで役に立つのか勘案しようとして、暴走の兆候を感じてやめた――本当にまずい状況だ。
『――何とかしないt――』
「――先輩。落ち着いてください。」
『問題があればこっちで始末しますから。何も考えないで。』
思考が再び迷宮に落ちようとしたとき、両脇から声が届いた。
その声に意識が向けば、自然、彼女たちの存在に意識が向いた。
柔らかい感触が頭部を包んでいる。
テンプスは両脇を見ることもなく、この状態を説明できる
頭を両側から抱きかかえられている。
片や、色も心音もある実態のある本来のマギア。
片や、穏やかな風の音と冷ややかな感触が吹き付ける『大気の生霊』としてのマギア。
その二人がテンプスの頭を包むように抱きかかえていた。
「……恥ずかしいんだけど。」
「しょうがないでしょう?ノワならともかく、私に脳なんて細かいもの治癒をさせるとこうなるんです。」
『接触範囲を増やして魔力の投射面を増やさないと魔力が脳に触れないんですよ……なので、これは正当な医療行為です。気にしないように。』
「……ん……」
そういわれてはテンプスも何も言えない。
魔術は彼の専門外だったし、そもそも、こんな治癒をされた記憶も記録もない。これが適正なのかからかわれているのかも分からない。
「……ま、いいや、それで?僕に噂のこと聞いてきたやつは誰なんだ?」
「ん、報道部の一回生らしいですね。名前はキルマ・ホア、まあ典型的なスクープ欲しさのマスコミって感じの子だそうです。」
「ふむ……?その経歴で人のこと罠にかけられるか?」
「さぁ?授業だのなんだのでまだ発見できてないんですよね、クラス違いますし。」
「ただ――」とマギアが続けた。
「ドミネさん曰く、武器は徒手空拳で放射系の魔術は苦手だそうです。」
「狙いが付かないからか?」
「ド近眼だそうですよ、メガネは安い買い物でもないですからね――なんか、目の前の人は自作してましたけど。」
「ふむ……」
だとすれば、その少年にあの毒針での攻撃は不可能だろう。
「意図的に隠してる可能性もあるにはあるが――」
「入学してからずっと先輩のこと殺すためにですか?あまりにも効率悪くないですかね。」
『地力を上げる方がまだしも確率ありそうですけど。』
「そうだな。」
となれば――
「誰かに聞いたか。」
「噂をですか。」
「そうなる。」
そして、その噂の情報元が意図するところは――
『――あの襲撃。』
「だとすると話が分かる。」
「となると、まずはキルマ・ホア君からですかね、唯一の接触対象ですし。」
「そこから逆うちしていくしかないだろうなぁ……」
げんなりと告げる――ただでさえ体調が悪いというのに、なんだってこうやることばかり増えるのか……
そう思いながら、とどまることを知らぬ手を動かしている彼の手元に視線が突き刺さる。
「……なに?」
中心核に相当する部分に金属と回路を描いた金属板に張り付ける金属線を張り付けているテンプスの手元を眺めていた後輩が感嘆の声を上げた。
「ああ、いえ、それ、そうやって作るんだなぁと、神秘機構でしたっけ?」
「……ん?ぁあ……うん、そうそう、見たことなかったっけ。」
『時計の時は最終調整だけでしたし、フェーズシフターはほとんど私のいないところでつくってましたからね。』
「そっか。」
話しながらも、テンプスの手は止まらない。
すでに決まりきった手順を踏むようによどみなく動く手が、複雑怪奇な金属の芸術を作り上げていく。
器用なものだと、関心交じりにマギアがその動きを頭の両側から眺めていた。
「どれぐらいの大きさになるんです?」
「ぅ?あー……一抱えよりちょっと小さいぐらい?魔術の標的用にボール使ったろう、あれぐらいだ……やっぱり一回ゴミ山に行かんと材料足りんな……」
ぽつりと、愚痴をこぼす。
近頃は金物をようよう捨てる人間が減ったので材料が足りない。
「はっ?もしかして、これ、ごみからできてるんですか?」
「うん……まあ、中の金属部品とか、溶剤に溶かす材料だけね。折れた剣とか金属の量が多くて使い出がいいんだ。」
あっけらかんと告げる相手に、胡乱な視線を向けながら後輩が訪ねた。
「……時計もですか?」
「いや、あれは発掘品を治しただけ。材料も特殊だからさすがにごみからは作れんかったな。」
「ああ、ですよね。」
さすがに、ごみからできた代物に負けていたらあの八人の魔女とはいえど同情してしまう。というか、自分でも勝てるか怪しい代物がごみからできていると思いたくなかった。
「まあ、フェーズシフターの内部部品はいくらかごみから作ったけど。」
「……えぇ……?」
出会ってから最も不思議そうな顔をして二人のマギアが魔術を初めて見たような顔をしながらテンプスを見つめる。
そんなにおかしなことを言っただろうか?材料費など我が家にはない、何かを作るのなら、捨てられたものを再利用するしかない。
子供の時からそうしてきた。祖父から教わり、七歳から身を守るために作り上げてきた数々の『護身具』はたいていごみからできていた。
学園で培われた武芸や魔術を前にはそれほど有効でなかったおもちゃだが、それでも今日まで彼を生かしてきたのはごみ溜めと祖父から受けた知識だ。
――だからこそ、頭の回転が悪い今が怖くて仕方がない。
『……まったく……』
悪いことは重なるものだ――こちらから迎えに行っているわけでもないというのにどうしてこうも問題ばかり増えるのだろう?
そっと目をつぶりながら、テンプスは目の前の現実を呪った。
そんな彼を、なだめるように二人の後輩が抱きしめていた。
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