退屈な授業の一幕
「――よって、呪文というものは根本的には『魔術の発動に必要不可欠な要素』である。ここまでは諸君も一回生の時から積んできた県産で理解していることかと思う。しかし、本日より行うのはより高度な魔術、つまり『音声要素を省略した魔術』の発動である、これは非常に高度な技術であり――」
教員の講義の声が響く。
午前の三時限目、座学において一番たちが悪いといわれる呪文学の授業は何時ものように進行していた。
生徒の大半は気だるげに教員を見つめるか板書された文字を魔術紙に映すかのどちらかであり、授業の内容を理解しようと努めているのはごくわずかだ。
特に実践的なことを行うわけでもなく、ただ呪文に手を加えるか、呪文の構成要素を解体して、魔術の機能向上を図るこの授業は生徒に人気がない。
退屈なのだ。
この年頃の人間がみなそうであるように、彼らはみなもっと――華々しいことを求めていた。
例えばそれは魔術を実際に扱い、標的に攻撃を仕掛けることであるとか。
あるいは、もっと直接的に相手を――それが人間であれ、魔性の生物であれ――叩きのめす行為であったり、彼らがこの学園に求めているものはそれだ。
退屈な日常への色どり。
彼らがこの学園に求めるものはそれで――だから、この授業は人気がない。
いつものようにのそのそと与えられた紙に情報を写し取る。
テンプス・グベルマーレもそんな生徒の一人――
『……先輩、自分で私の授業気にしてるくせに自分がまじめに授業受けないのはどうなんです?』
――というわけでもなかった。
耳元に響いた声が示す通り、彼は授業の内容を書き写すふりをしながら、与えられた紙に複雑怪奇な図面を描いていた。
詳細な図形と共にもはや書いている当人にしかわからないほど細かく描かれた引き出し線の上には『フェーズシフターと同じ材質』だの、『要特殊溶液:銅4・鉄2・処理済み岩塩1』などの注意書きが躍っている。
ソリシッドと同じひし形をしたその物体は表面にあまたの線が走り、中心部のくぼみに何かしらの固形物が入るように作られていた。
『非実体物固着波生成器』と呼称されるそれは『魔力やオーラといったものに形を与える』装置だった。
特定のパターンを組み合わせた結晶体を中心部にはめ込み、非実体物に形を与える。
例えば、魔力を花の形に変えて物質にしたりできる、といえばわかりやすいだろうか?
なんだって作れるわけでもないが――有用な装置だ。少なくとも今の自分にとっては。
闘技場でマギアが見せた――最もテンプスは見ていないが――『変化』の魔術に近い性質のその装置の図面こそが、今、テンプスが描いている図形の正体だった。
《いいんだよ、もう知ってるし……卒業はできるさ》
余った紙にそう書いて、耳元の『声』に伝える。
『まあ、私より利口ですからそうでしょうけど……っていうか、何の図面ですこれ、昨日まで作ってた眼鏡もどきとは違うみたいですけど。』
「ん……まあ、保険かな。」
言葉を濁す――この装置を作る真の理由を語ってしまえば、きっと彼女はまた何やら過保護な対策をとると思ってのことだった。
『ふむ……?まあ、そんな複雑な図面がかけるほど元気なら、こちらとしても結構ですが。』
その言葉に思うところはあったらしいが、声の主は深く掘り下げることはしなかった。代わりにいまだ響く教員の声に意識を咲いているらしい。
「――つまり、音声要素の省略に必要なのは呪文学への深い知識であり――」
『……にしても、なんです、今更音声要素の省略ですか?ずいぶんと初歩的なことを……あんなもの、一文節で済む呪文以外使えない技術でしょうに。』
《今はこれぐらいの技術で十分高度なんだよ、できるやつ、卒業生の二割だぞ。》
『……えぇ……?ってことは何ですか、次元越境させた火炎球とか打てないんですかここの生徒。』
なにそれ
『……私の時代の子供の方がまだしもまともな魔術使いますよ。』
そういいながら傍らの声の主――『スピリット・オブ・エア』の体を支配したマギアはあきれたような声を上げた。
『―――』
荒れ狂う風の音を響かせながら、低気圧の化け物から何かが放たれた。
それが精神的なつながりを通して放たれた声だと気が付いたのは、マギアが声を発した時だ。
「ええ、久々の呼び出しですね、胸が躍るでしょう。」
『―――』
「ええ、少しばかり体を借りたいんですよ。」
『―――』
「ええ、最初はそう思ってたんですが……わからずやが頑固なもので、やるしかないんですよ。」
『――――』
「ま、大丈夫でしょう、生身でないときはしょっちゅうやってたわけですし。」
「……マギアさん?何して――」
何やら、自分のあずかり知らぬところで話が進んでいることをテンプスの脳はようやく感じ取った。
「ん?ああ、お気になさらず、あなたの希望をかなえつつ、私の目的を果たすだけです。これがいれば、その程度のひ弱な飛翔物ごとき、物の数には入らないでしょうから。」
「……その子、なんかすごい力があるやつでは?」
「ええ、上から3番ぐらいでしたか、サンケイがこれの一つ下の階級に勝てませんでしたのでこの学園の餓鬼どもには、まず勝てませんね。」
「……召喚呪文って失伝してたはずじゃ?」
「私は知ってます。ノワとお母さんも多少使えますよ。」
「あー……ここまでしなくても別に――」
「それは私が判断します、もういいですか?」
「あ、うん……」
そういいながら、マギアは体内の魔力を励起させ、何やら複雑な手印を刻み、テンプスにも理解できない言語の呪文を唱える。
閃光が走った。
「……っ!」
煩わしそうに手を目の前において光を遮る。魔術の発言減少というのはどうしても苦手だ。
目を焼く閃光がやみ、テンプスが目を開いたとき、そこにあったのは――
「――はっ?」
テンプスの口から驚きが漏れる――目の前に広がるのはあり得ない光景だった。
マギアが二人いた。
いや、厳密に二人に分かれているわけではない。
片方はいつもの彼女だ、白い肌をして、銀灰色の髪をしている。
が、もう一方は違う。
透き通っていた。
顔立ちは同じだが、その体に色はなく、体の反対側が見えている。
大気だ。
空気が彼女の形を形どってそこに固まっているのだと、テンプスの能力が伝えていた。
「……何してんの、君。」
呆然と問う少年を見て、してやったりとばかりに微笑んだマギアはこう告げた。
「いいですか、先輩、少々難しいことではありますが――」
『――知性の高い人間は、複数の肉体を同時に操作することも可能なんですよ。』
《それ、しんどくないのか?》
二つの場所に同時に存在する偉業をこなしている後輩に問いかける――自分もやろうと思えば同じようなことができるが、負担が乏しいとも思えなかった。
『いえ、まったく、スピリットが抵抗してないせいか非常に快適です。物質界でやったことがないので嫌遠してましたがこんな簡単ならもっと前にやっておくんでしたね。』
《……結構なことだ。》
それはつまり、四六時中監視されるということだろうか……と、内心に生まれた疑問を、テンプスは目の前の図面に集中することで打ち消した。
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