《あなたのような》生徒
テンプスの体から明確な外囲が吹き上がる。
視認できず、ただ、確かにそこにある明確な敵意に笑う女の反応はひどく淡泊だった。
「あら、恐ろしい――どうされたんです?そんなに怒って。」
にこやかな表情を変えずにそんなことを聞く。その顔に警戒や恐怖の色はない。
視界と思考が揺れる。
無数に分岐するパターンが感覚器を汚染している、目がかすんでしっかりと狙いが付けられない。
だが、ここでこの女を逃がすわけにはいかない。
この女は明らかに自分たちの想定を超えた情報を有している、危険だ。
マギアの家族について、マギアと自分の関係について――何よりも、自分がスカラーの遺物と扱っているという事実。
魔女すら知りえない情報を、この女はもっている。ありえないことだ。
何者であるにせよ、対処する必要がある。
「……」
無言で相手を見つめる。
テンプスの視界に移るパターンはもはや彼の視界を埋め尽くしている。一面が相手と無数に分岐した彼女の未来に続くパターンに埋め尽くされ、どれが今の理事なのか、判別がつかない。
それでも――
「――その腰のもので何かしますか?結構ですよ、ただし、あなたの弟さんの人生はそれはそれは面倒なものになると思いますが。」
その一言で、テンプスの指は止まってしまった。
その一言とともに、テンプスの脳裏を貫いたはある種のパターンの群れだ。
高い地位にいた人間が転落する際のパターン、テンプスの脳裏には無数のサンケイの転落劇が踊っている――頭痛が悪化し始めた。
わかってやっているにせよ、そうでないにせよ、テンプスには致命的な一撃だった
膝が崩れかけ、フェーズシフターから手が離れる――立っているのがここまでつらいのは初めてだった。
「……」
腕が激しく痙攣している。視界が意味の分からない未来と現実のはざまで霞、身じろぎもできない。
「ああ、勘違いなさっているようですね――別段、私はあの地下闘技場とは何の関係もない人間ですよ。」
安心させるように、あるいは幼い子供に言い聞かせえるように女は語る。
「それを警戒されているのでしょう?違います、私はマギアさんのご家族を閉じ込めていた人間とは関連がありません、私が目を付けたのはあなたの急激な強化です。」
「……どういう、ことだ?」
「――問題はジャック・ソルダムの一件です。」
朗々と、答えを先生に話す生徒のように女は言葉を紡いだ。
「あの一件の際、あなたは我々が知りえない力でかの剣豪を圧倒して見せた。素晴らしいことです!あなたのような出来の悪い生徒であってもあれほどの力が出せるとは!」
ここまで聞いたとき、テンプスは自分の勘違いに気が付いた。
彼はてっきりこの女が魔女クラス、あるいはそれを超える脅威だと考えていた。
マギアに匹敵するほどの魔術を扱うのか、あるいは闘技場で見た魔法文明の遺産のようなこの時代にありうべからざるものによる干渉か――そういったものを想定していた。
彼の感覚はそれだけの脅威、もしくは悪意を感じ取っていたし、ゆえに、彼はこの女が嫌いだった。
ただ、それは彼の感覚――もっと言えば悪意に反応する彼の生い立ちから来る『悪意への抵抗感』からくるものだ。
「生徒や教員たちはあの武器が魔術の道具だと思っていたようですがそんなことはあり得ません、あなたの不遇の特徴はあなたに魔術の道具など使わせない。」
確かに、この女は尋常な存在ではない。自分が隠している情報を見抜き、マギアの家族について調べるその手腕は間違いなく脅威だ。この部分において、この女は明らかに魔女を超えている。
だが、今それはどうでもいい。
この女がどのような存在であれ、それは今現在自分たちに害をなす能力があることを示すわけではないのだ。
誇るように、あるいはおごるように女は言葉を続ける。その様はひどく傲慢で――相手への蔑みに満ちて見えた。
「故に調べました――あなたのおじい様、ずいぶんと未開の分野に手を出していたようですね。」
勝ち誇るようにこちらを見つめる顔に浮かぶ悪意の色見つけ、彼は初めて自分の感覚が何を感じ取っているのかを理解した。
「あなたのおじいさまの研究内容を知っていればおのずと理解できます――あなたが何に手を出したのかはね。」
ただひたすらに自分たち――いや、自分に悪意があり、その悪意を隠しすらしない存在も、魔女たちと同じように感じることがあるのだと、彼はここで初めて気が付いた。
「――あなたは、おじいさまの研究を利用して、スカラーの遺物に手を出したのでしょう?かつて、世界の八割を統べたとされるあの超大国の力を。今では誰からも見向きもされない。まさしくあなたのための力。」
勝ち誇った顔が視界に映る――先ほどよりも幾分、視界が良好だ。
この女を片付ける必要がなくなり、パターンがいくつか消えているのに気が付くのに、それほど時間はかからなかった。どうやら、彼女に感じていた脅威がいくらか和らいだおかげで、脳が正常に動き始めている。
おかげで、どうにか声が出た。
「……それが、僕をチームに入れたい理由ですか。」
「そうですよ、はるか昔に消えた大国にどれほどの力があるのかはわかりません、まあ、話の半分は眉唾物でしょう。ですが、それでも十分すぎるほどの力です。その力をぜひともチームのメンバーのために生かしていただきたい。そう私は考えているのですよ。」
「……何をさせると?」
「あなたの武器――あるいは装備を彼らに提供していただきたいのです。それしかあなたに役に立つ方法はないでしょう?」
つまり、この女はテンプスに価値を見出しているのではない。
テンプスの持つ『技術』に価値を見出しているのだ。だから、テンプスには蔑みと侮蔑が色濃く浮き出る。
それを、テンプスの感覚は悪意ととらえ、その結果、この女に異常なまでの嫌悪を抱いた。
そうであるのなら、この女にあるのは異常なまでの自分への悪意だけだ。マギアや弟に手を出す理由と能力はない。
「あなたには、彼らの――私のホープの力を増すように立ち回っていただきます。彼らの邪魔にならないのであれば、チームの名声で好きにしていただいて結構。」
お前などこの程度でなびく――そう言いたげな一言に思うところがないでもないが、それでも、最初の想定よりも幾分ましなパターンが見え始めたことに安心していた。
「そうすれば――ああ、あなたのような生徒をこれほど強くした力は当校のもの、わが校はこの国において最も著名で最も優秀な学舎としてその名を欲しいがままにできる。」
まるで幸福の渦にでも飲まれたかのような気配が女から立ち上った。
「それに――あなたを手元に置ければもれなくマギア女史が付いてくる。」
そういって、彼女はこちらに目を向けた。
「そのために――あなたの望みをかなえましょう、これほど好条件の取引もないでしょう、どうです?」
にこやかに、けれど悪意と蔑みを籠めた笑顔が向けられた、その先で地面を見つめていたテンプスは思う――
『――なんだその程度か。』
むろん、この女の語ることがすべて事実である保証はない。いくらかのごまかしは混ざっているかもしれない。
ただ、明確な嘘はおそらくない。
スカラーの力は狂った感覚器の中でも力を発揮した。
彼女の言葉に嘘のパターンは見受けられない。
彼女は、彼に感知できる範囲であれば間違いなく『これを本心だと思っているのだ。』
だとすれば――別段悩むようなことなどない。
弟や後輩の役に立つために丁稚奉公――いつものことだ。気にするようなことではない。
自分の評価や扱いなどどうでもいいことだ。
「――いいですよ、わかりました。受けましょう。」
彼はあきらめたようにそういった――表面上は彼の負けだった。
真実の意味で誰の勝ちかは――誰にもわからなかった。
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