気に入らない遭遇
「――どうぞ。」
控えめなノックの後、返された言葉を聞いてテンプスは部屋に入った。
テンプスが通されたのは豪奢な部屋だった。
床には何で作ったのかもどれだけの値段がするのかもわからないような上等な出来のじゅうたんが引かれ、採光の良い窓を背にしてこちらをにらむように安置された鎧がなんとも物騒だ。
太陽の光を背に輝く机はあからさまに高級品で、テンプスの実家の収入ではとてもではないが目にかかることがない。
彼の住んでいる家の一番広い部屋である地下室と同程度の広さのあるその部屋は、この学園で最も権威のある存在を留め置くために作られていた。
「初めまして……ですね、テンプス・グベルマーレ。私はこの学校の総括理事である――」
「――リネオ・サーライド、存じてますよ理事長。」
怜悧な印象を与える美女だ。
流れるような黒髪は天野とも弟とも違う妙な金属質の光沢をもっていた。
切れ長の目と意思の強さを感じさせるその目は、髪と同じ金属質の光沢のオパールのような球体だった。
血のように赤い唇がいっそ不健康にすら見える白い肌の中で嫌に存在感がある。
年のころは40に行かず、それでいてこの学校の理事の長だというのだから能力のほどもうかがい知れるだろう。
くずばかりの学校だが――いや、だからこそ、この地位に上り詰めるのはひどく難しい。
実際、この女が学園を収めるようになってから、学園は以前に比べて明らかに活気が増した。
「結構です、さすがに情報通ですね――ジャック・ソルダムを牢に送り込んだだけはある。」
そういって、どこか酷薄な笑みを浮かべる彼女にテンプスは言い知れない不信感を抱いた。
養成校の入学式で初めて見た時からずっと感じている嫌悪感のようなもの。
オモルフォス・デュオに感じていたそれによく似ていてけれどあれよりも明らかで強い。
そんな女の前に、テンプスがいるのには相応の理由があった。
事の始まりは放課後に起きた。
あの騒動から一週間――急遽決まった編入試験を終えた少女は緊張に満ちた面持ちで校舎を歩いていた。
「……やっぱりさ、24問目あそこやっぱり二番だったんじゃ……」
「気にしすぎですよ、あなたは魔術学以外は優秀なんですから、どうにでもなってるでしょう。」
「その魔術学が不安なんだよー!」
「それは……まあ、そこはあきらめてもらうほかありませんが。」
「うぅう……先生が匙投げたー……テッラくん……」
「あー……まあ、明日になれば嫌でもわかるさ。」
「それを待つのが怖いんだって!」
うまくいったか不安になりテッラとマギアになだめられていた少女を苦笑交じりに後ろで眺めていたテンプスが呼び出されたのはその時だった。
『――テンプス・グベルマーレ、理事長がお呼びです。理事長室まで速やかに出頭するように。』
「――ふむ?」
響く校内放送にテンプスは首をかしげる――はて、何やら妙なことでもしたろうか?
『マギアの時にやった学生課への侵入が今更ばれたか?いや、まさかな……』
首をひねる――いよいよわからない。
「――先輩?」
傍らから響く声、後輩のものであるその声を聴き、テンプスの意識が浮上する。
「ん、ああ、なんか呼ばれたらしい。行くよ。」
「……一緒に行きましょうか?」
一拍おいて、心配そうな声が響いた。
見ればマギアの目線は気遣うような色を帯びている。
「いいさ、取って食われるわけでもない。」
苦笑交じりに告げる。襲うにしても自分の立場のあるここで襲うことはあるまいと考えてのことだった。
「体のほうは?またぼっとしてましたよね。」
「ん、大丈夫さ――次に作る物について考えてただけだ。」
「……ならいいですが……まずかったら言って下さいね、待ってますから。」
「いいよ、行ってこい。打ち上げだろう?楽しんでくるといい。」
そういって、どこか心配そうなマギアを置いてここに来た。
その結果が――いまだ。
この信用ならない女の前にテンプスはいる。
「それで、何の用です?」
単刀直入に一言。経緯も何もあったものではないがただある種仕方がない話だろう、彼からすれば何もしていないのに呼び出しを食らっているのだ。いらだちもするし、嫌みの一つも飛ばしたくなる。
「きっぱりとしていますね――ではこちらもそれに倣いましょう。これを。」
言いながら、テンプスに差し出されたのはテストの答案だった。
嫌なパターンだとテンプスは思った。
紙面を踊るのは見た目の通り問題文と誰かの努力の結晶である流麗な字の群れ。
その字の群れに、テンプスは見覚えがあった。
止めに撥ね、字のカスレ具合――このパターンは間違いない、セレエの文字だ。
それは編入試験の答案だった。
「……これが何か?」
言いながら、苦笑する――これが何を意味するかなど明白だった。彼の眼はすでに『この答案の意味すること』を理解している。
「見ればわかる――いえ、もうわかっていて聞いていますね?」
言いながら、目の前の女は目を猫のように細める――そのしぐさが、ひどく不気味で癪に障った。
「わかっていて聞くというのならこちらもお返事しましょう、あなたのお友達は――」
――不合格です。
そういわれたとき、テンプスは自分でも驚くほど気持ちが沈んでいくのを感じた。
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