五里霧中/ある男の限界
あれから
「――以上の理由から、魔力という物が普遍的に存在するわけではなく、何かの力……礼を言うのであれば炎の熱、日の光、稲妻の電気などなど、それらが超自然的ファクターによって変性することが発見されました。神格的な存在の力の影響。あるいは自然が織りなすパターンの結果、さもなければ次元界が行う偶発的な因子変容、理由は様々です。それらが変換されている事が分かってきたわけです。」
ある日の午後、テンプスの屋敷の地下にはマギアの涼やかな声が響いていた。
どこから引っ張ってきたのかやたらと巨大な塗板を前に、これまたどこから取り出したのか教鞭――たぶん養成校からもらったのだろう――を振るうその姿はまるで教員のようだ。
「これが人間や魔族の場合、霊体ないし人間の肉体や精神の健常性を『意志』という力で『変換している』ということが判明しました。これを、『セレディアの変換法則』と言います、1200年ほど前に見つかった法則ですね――魔術学基礎はこんなところですか。」
ひとしきり話し終えたマギアはどこか満足げに「質問は」と問いかけ周囲を見回す。
そこに居るのは三人の人間。
自分に髪型以外そっくりの妹、ノワ・カレンダ。
この家の主にしてもう一人の教員枠、テンプス・グベルマーレ。
そして――あの闘技場で白磁の面に隠れていた少女、名を『セレエ・アリテェア』
肩で切りそろえた亜麻色の髪を持つその少女は、まるでヒスイのような透き通った目の奥に魔力の燐光が輝いており、真実宝石のように見えた。
細い手足にけれど女性的な印象を感じさせるその肉体は引き締まって見えた。
以前、水晶の蜘蛛が感じた印象に比べると幾分か芦原格なった印象は彼女の雰囲気をまるで絹か何かのように包まれているかのように感じさせる。
柔らかい雰囲気がどことなくテッラを思い起こさせる彼女はそのすらりと長い手を伸ばし、元気のいい声を上げた。
「はい!」
「はい、」
「よくわからなかったのでもう一回お願いします!」
「えぇい、愚か者!もう四回目ですよ!きっちりノートを取ってください!」
「とってますぅ……」
「はい。」
「はい、妹。」
「四回やってて飽きました!」
「あきらめなさい、私もです。次。」
「はい。」
「はい、先輩。」
「いい加減僕の作業机返してくれんかね、装置の組上げしたい……」
「すいませんがまだ無理です。後、頼まれてた計算結果の資料はあるのでそれ呼んで待っててください。」
「ん……」
どこか疲れた様子のテンプスが手元の資料を読み込む――もう二度目だ。
「うひぃ、ごめんなさい……」と言いながらばつが悪そうに悲し気に顔をゆがめる彼女は闘技場で感じたクールな印象はすでに息絶えて久しい。
彼の家が合宿場と化してはや三日だ。
あの地下闘技場の一件から三日たっていた。
丸一日寝続けたテンプスが目覚めた時、この家はすでに合宿場の様相を呈していた。
「勝手にすいません。」
と謝る後輩に事情を聞けば、どうやらあの少女の編入試験の対策であるらしい。
どういうことか。と聞けば、どうやら、祖母――いやさ叔母の計らいであるらしい。
現行のこの国の法に基づく場合、『恐喝もしくは脅迫により犯罪行為を犯した人間は原則としてその刑を軽減される。』という物がある。
これは脅迫を受けた人間を保護する法であり――同時に、お偉方が脅迫されたことにして罪を逃れるための法だ。
その関係上、無理強いをされた側の刑はかなりの免責を受ける、刑の執行は猶予され、何なら起訴すらされない。彼女達もその例にもれなかった。
まあ、この状況にするために国際法院に伝えていなかったのだが――それはいいか。とテンプスは思っていた。
そんなわけで、彼女は同居人――
「――あー……一応晩飯出来たぞー」
つまり、
「おお、さすがに手際が良いですね!では、夕食としましょう――夜は長そうですし。」
「ううっ……ごめんねぇ……」
そう言って謝る彼女はびっくりするほどばつが悪そうだった。
「さすがに学園一のチームの食事係、おいしいですね。」
「そうか?ならよかった。」
「美人さんお代わり。」
「ん、ああ……美人さんはよしてくんないかな……」
そう言って笑う美丈夫は、以前に比べてもいくらか血色がいい。
あの魔女に奪われていた魔力とやらが戻ってきたのだろう。結構なことだ。
食後の茶をすするテンプスは、再び過去に思いをはせる。
彼女が学園に入ろうとしているのには相応の理由がある。
行き先がないのだ。
聞けば彼女はまともに学校に通ったこともなく、あの施設で戦闘を強要されていたらしい。
こうなってくるとどこで働くにも苦労する。最低限の知識がないのだ。
教育を受けさせる必要がある――というのが叔母の言い分であった。
それは彼女を彼と共に居させるための方便だったのかもしれないが納得のいく理論ではあった。
何をどうやったのかテンプスにすらわからない手技によって正式な身分証を手に入れた叔母は学園への編入手続きを一日で終えたらしい。
しかし、そこで問題が出た。
「へんにゅうしけんがわかりません。」
そう、あの養成校、入るのに相応の学力が必要だった。
こればっかりは叔母でもどうにもならない。
そこで白羽の矢が立ったのがマギアだったわけだ。
編入試験まで一週間で可能な限り勝率を上げるための措置だ。
マギアもそれを受け入れた。
家族が戻って機嫌がよかったし、彼があそこまでして救ったのだ、幸せになってもらわねば困る。
そんなこんなで彼の家は臨時の勉強会の会場になったのだった。
「――お気に召さなかったか?」
テンプスは突然かけられた声に現実に引き戻された。
「ん……いや、ちょっと食欲がなくてね。」
「昨日もそうだったな……どっか悪いのか?」
「あー……強いて言うなら頭が悪い。」
「貴方が?」
「僕だからさ。」
そういって声をせがめて笑う。
何か言いたげなテッラを見つめる――何を言いたいのかはわかっていた。
「――ここにいていいのか不安か?」
パターンが告げている彼の心境を口にする。
言い当てられたことに驚いたように目を見開いたテッラは、それでも声を返した。
「……不安ってわけじゃない、ただ――」
「ここにいてもいいのかわからない。」
「……いるべきかわからないっていうほうが正しいな。」
それはある種当然の思いだった。
彼は二度とあの場所に帰れないことを覚悟していた。だというのに、いま、彼はこうして平穏に暮らしている――あの闘技場で散々許されないことをしたのにだ。
「俺は自分の意志であそこにいた。許されていい理由がない。」
「だが、人質を取られてた。それも君自身と彼女がだ、強要された人間は基本的にその罪を免れるのが通例だ。その通例通りに処理されたんだろう。」
「だが……」
「学園側も秘密捜査ってことで話を通してくれたんだろう?」
「……それは……!」
「好意には乗っておけ、のれなくなると事だからな。」
「……あなたにだって、きちんと謝れてない。」
「謝られることがない。」
「あれだけのことをしたんだぞ!」
「あの程度のことさ――僕にはささやかな事だよ。」
それは彼の本心だった、謝られるような心当たりはない――それよりは感謝されたほうが嬉しい。
「君らは幸せなんだろう?」
「……自分でも驚くほど。」
「ならいいさ。一週間かけた甲斐ってもんがある。」
そう言って笑うテンプスを見たテッラは軟化を決心したように息をついた。
「……テンプス先輩。」
「んー?」
「誓うよ。」
「……なにを?」
「俺はあなたの味方だ、たとえ相手が何であっても。」
「……そう?それはまた――」
――随分素敵な話だ。そう言って、テンプスは笑った。
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