次への布石
「――糞がよぉ!何にも効かねぇじゃねぇかこのアイテム!」
「そんなこと言ったってしょうがないだろ!この段階でマギアのレベルがあんな高い事なんてあるかよ!鋼魔術だぞ!ゲームじゃ20レベル以上じゃなきゃ使えねぇはずじゃねぇのか!」
「それより、なんて魔女が攻撃で回復してんだよ!ありえないだろ!何だあのバフ!知らねぇぞ!」
侃侃諤諤の議論が繰り広げられている。
いつだか行ったあのくだらない会談の延長にあるこの集まりは最初から成功するはずがなかった。
彼らは失敗したのだから。
結局、地下闘技場への潜入は『騎士が乗り込んでくるイベントなのだから騎士を這っていれば行けるのでは?』と考えた転生者の一人の意見により、騎士を監視することで事なきを得た。
とはいえ、騎士に比べれば遅れてはいることになる、まともな成果は期待できないだろう。
そう考えた彼らはある策を立案した――ボスのみを倒すのだ。
幸いにも、ここにいる連中はみなゲームの知識があった。ゆえに知っていた――あのウーズが特定の方法でなければ逃げるということを。
故に彼らは準備していた。
ウーズは『粘体』の種別を持つ敵だ。だから斬撃特性を持つ術や武器は使えない。使えるのは魔術武装だけだ。
その上で彼らは弱点になる相応の魔術師と魔術発動体の用意を整え、完全にダメージを出せるように準備をした。
物理アタッカーには魔術武装を持たせて万全の装備で乗り込んだ先で彼らは待ち構えた。この施設に入った後のことは記憶にあった。
たどり着いたそこではテッラが戦闘を行っていた。思えば、そこが最もおかしい点だったのかもしれない。
何せ、『テッラは本来この戦闘には参加していないはず』だからだ。
彼らが知るゲーム版の未来においてこの段階でテッラは行動不能なのだ。
ゲーム版の主人公と戦った際、生き死にに関わるほどのダメージを負った彼は生き残ったとしても、戦闘には参加できない。
だからこそ、彼に変わって主人公たちが魔女を追いかけるのだ。
その彼が魔女と戦っている、その時点ですべてがおかしかったのだ。
だが、彼らはその異変を無視した。
彼らにとってテッラはモブだ、その生き死にに興味はない。死んでくれた方がいいくらいだった。
彼らの計算ならテッラがいようがいまいが一撃で相手を叩き潰すことができる。
だから攻撃した。
不意打ち効果を狙った一撃、二倍ダメージの一撃はあの薄汚い汚泥を小名が何打ち砕くはずだった。
だが無理だった。
汚泥の塊の放った奇声一つであっけなく破られた彼らの決死の一撃は念のためにと張っていた防壁の魔術ごとまるで蠅を払うようにあっさりと消し去られた。
死を覚悟して――あの青い鎧に救われた。
それがテンプス・グベルマーレだということは考えるまでもなくわかった。あんな装備は知らない。
その姿を見た時、彼らが感じたのは感謝でも敬服でもなく、怒りだった。
――何だあのチートは、こちらの活躍の場を奪いやがって――
身勝手な怒りが行動に出た。
猛り狂った感情が彼らを突き動かして、彼らは凶行に及んだ。
テンプス・グベルマーレが戦う中、彼らは怒りのまま再び魔術を使った。
テンプスを巻き込むように放たれた魔術は、しかし、いかなる奇跡かテンプス自身の手によってその大部分を切り裂かれた。
それでもいくばくかがウーズに当たった。
一撃一撃があそこ迄ボロボロになっているのなら、叩き潰せるだけの威力の魔術。
怒りの矛先をなくし、それでも最低限の目標を達したと喜んで――そうではなかったと知った。
ウーズが回復していた。
ありえないことだ、そんな事実ゲームにはない。
攻撃すれば傷つく。その程度の生き物だったはずなのだ。まだ序盤のボスだ。攻撃反応型の回復などしない。
だが、現実に彼らの前にいる魔女は回復していた。
驚いて、混乱して――次の瞬間には何も出来なくなっていた。
一瞬のことだった。
指の鳴る音と共に意識が消えて――戻った時にはすべて終わっていた。
中盤程度のレベルでなければ不可能なはずの魔術を使われたと知ったのは何もかも終わった後だ。
結果、彼らは本当に何もできずに終わってしまったわけだ。
「くそが……全部アイツのせいだ!」
誰かが叫ぶ――これが彼らの共通認識だった。
テンプス・グベルマーレ。
彼らが手に入れるはずだった栄誉のすべてを奪う男。
どんなバグかはわからないが自分たちの知らない装備を持ち、これまでの事件を解決してきた男。
「――いい加減、退場してもらうべきかな。」
誰かが言った。
「……やんのか?大丈夫かよ。」
「それしかないでしょ、どう考えたって問題がおかしくなってるのはあいつのせいだし。」
「……まあ、そう考えるのが妥当だが、ただ、ゲームの進行に乗っているのはあいつだ、決して問題なく動くのか?」
「サァ?どっちにしたってこのまま行ったら僕らモブにすらなれないよ、主要キャラ、全部アイツの周りにいるんだから。」
「……確かにな。」
重苦しい沈黙が流れる。
そこにあるのは人を殺すことへの忌避感ではない。
自分達のゲームを壊しかねない一撃を何とか他人に押し付けたいという逃げ腰で暗い欲求だ。
「……任せてもらおう。」
ややあって、暗闇の中で誰かが口を開いた。
「おまえ――いいのかよ。そんな強くねぇだろ。」
「だが、アイツの相手はできるさ――それに俺ならチームに滑り込める。」
影の中で男が笑う。
言われて気がつく。なるほど、確かに彼ならばあり得る話だ。
「やれんのかよ。」
「もちろんだ、任せておけ。」
「……わかった。じゃあ、お前に任せる。きっちり始末しろよ。」
「ああ――もちろんだとも。」
影の中で男が笑みを深めた――邪悪で酷薄な笑みはまるで地獄の底で笑う悪魔の様だった。
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