幕間 異世界来訪者たちの困惑と気づき
ある弟の混乱
「――ってことは兄さんはもう帰ったの?」
「そりゃね、ぶっ倒れて寝てるやつを此処に置いておくわけにもいかんだろう?あの子――マギアって言ったかい、あの子が連れて行くってんで任せちまったよ。」
「そ、そっか。」
そう言って、カラカラ笑う大叔母を見ながら、サンケイはどこか浮かない表情だった。
その顔にどこか影を見たヒコメは自らの孫――決してその呼び名を認めないが――のようすに目を細めて続けた。
「……なに、心配することはないさ。あの子は兄さんの弟子で最後を見取った子だ。そう簡単にどうこうなりゃしないさ。」
「……ん、そうだね。」
そう言って、どこか上の空で自らの元を離れる孫を、彼女は少しばかり心配そうに眺めていた。
『――サンケイ、みんな、ごめん、俺は許されないことをした。』
そう言って、自分に頭を下げる友人にサンケイは「大丈夫だ」と告げた。
あの童女の体が動き出す前、兄が警告を叫ぶ少しだけ前だ。
『ほんとに、心配させてごめんな。その……いろいろあって。』
そう言ってばつが悪そうにするテッラにそれぞれが思い思いの言葉を投げる。
そこまでは、何ら不可思議な点はなかった。
あのアニメで見た再会シーン、自分が彼を助けられなかったとはいえ、きちんとあれは起こるんだとどこか他人事のように眺めていた。
『それで、言わなきゃいけないことがあるんだ。』
始めの違和感はテッラの口からそのセリフが出てきた時だ。
『なんだ、改まって。謝罪なら――』
『――たぶん、俺はもう学園に帰れないと思う。』
テッラがそう言った時、サンケイはこのイベントが始まってから初めて心胆が冷える思いをした。
こんなイベントは知らない。
ゲーム版のイベントなのか?誰からも聞いていない――足を引っ張ろうという魂胆なのか?
『どういうこと?』
そう考えて、混乱と恐怖の渦に叩き込まれたサンケイに変わって、青い髪の少女が聞いた。
『……ここに俺がいるからわかると思うけど、俺はここで戦ってた。その過程で……許されないこともした。これから騎士にそのことを話すよ。そうなれば……たぶん帰れないと思う。』
そう言って、テッラは顔を背けた。
『……そう、それじゃあ、仕方ないわね。』
『……そうだな、だが、騎士がどう判断するかはわからん、お前が好きでこんなところにいたとはとても思えんしな、祖⒮個まで話せば何かしらの恩赦がもらえるかもしれん。』
『そうだね、試してみてだよ。』
そう言ってテッラを送り出す友人たちが、まるで別の世界の住人のように見えた。
自分の計画ではどう転んでもテッラは自分のもとに利益をもたらすものだったはずなのだ。
成功すればヒロインの一人を手に入れられて、テッラは戻って来る。
もし失敗してもヒロインは手に入る。それに、マギアも取り戻せるかもしれない。
そんな思惑で動いた結果が――これか?
意味が分からない。意味が分からない。
『……っ』
何かを離そうと口をうごかして――何を話せばいいのかわからないことに気がついた。
自分が一体何を言いたいのかもわからない。何かを離さなければと思うのに、何も口をついて出ない。
そうしてまごつくサンケイを見たテッラはおもむろに口を開く。
『ごめんな、サンケイ。お前がそばにおいてくれて、うれしかったよ――ありがとう、友達でいてくれて。』
そう言われて、頭が真っ白になった。
大叔母と別れて、廊下をひたすら歩くサンケイは背筋に走る嫌な予感をもう隠せなくなっていた。
『なんでテッラがチームを抜けようとしてる?なんでテンプスは死んでない?そもそもあのウーズはなんだ?』
わからないのだ、ほかの転生者が此処に来て戦おうとしている当たり、ゲーム版の敵なのかもしれないが、少なくとも自分はあんな姿の魔女を見たことがない。
考えてみれば、この世界は自分の知らない事ばかりだ。
何故自分の兄があんな異常な力を持っている?
何故自分の知らないところでストーリーが進む?
何故――なぜ、自分は『他の転生者に勝てる?』
そもそもおかしいのだ、自分はアニメしか見ていない、だというのに、なぜゲーム版の知識を持ち、データを把握している他の転生者よりも強く、それでいて余裕がある?
装備だってほかの連中に比べれば既製品の代物だ。だというのに自分は彼らに負けない活躍ができる。
死刑執行人の家系に生まれて、それなりの訓練を積んだ以外、彼らとの相違点などないはずだ。
『……まさか……』
背筋に悪寒が走り、吐き気がせりあがる。
自分達はあの日、何やらよくわからない存在にここに連れてこられた。
これほどのことができるのだからてっきり神的な存在なのだと思っていたが――違うとしたら?
もし、もしだ、自分たちがいるこの世界が、自分たちの思っている世界でなかったとしたら?
あの日そう感じた様にその存在が悪性の存在だったら?
『だとしたら――』
自分達は――この世界の人間にナニヲシタ?
思い返す、先日まで考えていた邪な計画を。
自分は彼らをゲームのキャラだとおもっていた。
此処にいる『本物』は自分達だけだと。
だが――それが愚かな傲慢さが生んだ思い込みだとしたら?
だとしたら……自分たちはいったい何をしようとしていて、それがどうして許されると思っていたのか?
こみ上げる吐き気に負けて膝を折ったサンケイが思い返すのは友人と兄の姿だ。
『ごめんな、サンケイ。お前がそばにおいてくれて、うれしかったよ――ありがとう、友達でいてくれて。』
『もし君が『何か』を恐れてるなら僕が何とかするよ。』
そう言った人間にナニヲシタ?ナニヲシヨウトシテ……
「違う違う……違う違う違うっ!」
首を振る。
そんな事実、どこにもないのだと彼は必死に自分に言い聞かせた――成功したかは定かではなかった。
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