最後の作戦
テンプスの脳裏に再び加速した思考が数多の道筋を提示する。
『正面からの一撃……ブースターでの攻撃……テッラとの挟撃……マギアの魔術……』
が、どれもいまいち決定打にかける――魔女が中に入っているせいでどうにも始末に悪い。
兜の内側で顔を顰めるテンプスを状況は待ってくれなかった。
シャー!
と、威嚇のような音が響き。汚泥の体から発せられたのは無数の槍――先ほど、騎士の体を貫いたものと同じものだ。
体積が増えたことで再び使えるようになったらしい全方位無差別攻撃を、汚泥は行おうとしている。
これを防ぐ手が――
『――もう一回加速するか……!』
其れしかない――そう考えたテンプスの体に力がこもるのと、彼の背後で指が鳴らされるのは同時だった。
瞬間、世界が白銀に染まる。
まるで一瞬で雪が積もったようなその景色は、しかし、そのような生易しい物ではない。
全てが金属で覆われたのだ。
何処かで見たことのあるその光景を成し遂げたのは――
「――無事ですか、先輩。」
さきほど闘技場見せた物とはことなるがこれも鋼の魔術だ。高硬度の金属で周囲を密閉したのだ。
「――とりあえずはな。そっちは。」
「ん?ああ、あれですか?黙らせました。」
そう言って興味もなさげに指さす先には――
「……きみ、あれ――」
「生きてますよ。約束したでしょう、危害は加えません、保護です保護。」
驚愕と呆れに満ちたテンプスの声に、マギアがかぶせるように告げる。
そこにあったのは十数体の彫像だ。
硬質な金属に覆われたそれは、いつぞや見たマゼンダと同じ姿をしている――つまり、先ほど攻撃してきたものたちのなれの果てだ。
驚きに満ちたその表情から見てこのような状態になること自体、想定外なのだろうことが見て取れる。
「……やりすぎじゃない?」
「そうですかね、大分穏やかにやったと思いますよ。貴方じゃなきゃ、死んででもおかしくない事なんですから。」
「や、ま、そうなんだけども……」
だからと言って金属の中に閉じ込めるのはどうなのだろう?
そう思って首をひねったテンプスのだったが、二人の後輩を見るに、どうやらここでは自分が少数派らしいと口をつぐんだ。
「それより、どうします?」
「このまま放置ってわけにはいかないのか?」
油断なく金属塊を眺めるテッラが尋ねる、誰でも思うだろう疑問は即座に否定された。
「無理ですね、ただの鋼属性ですから、そのうち浸潤されて砕かれます。それに――」
あのままではトドメはさせない。
これまでのパターンから霊体をたたき出すためには相応の衝撃が必要だ、あの状態でそれを加えるには問題が多い。
必要な威力が高すぎるのだ、周囲に被害が出る。
ここであの鋼ごと中身に必要な衝撃を与えれば周囲の壁や建物が壊れる。
マギアやテンプスはともかく、けが人や魔族、騎士たちは生き埋めだろう。
「じゃあ、どうする?」
「……一つ、方法があります。」
傍らの後輩が重々しく告げる。
その表情に満ちる苦悩を感じ取れたのは、ここではテンプスだけだ。
「できるのか?」
「……できれば使いたくなかった手ですが、あの女を拘束するだけならできるでしょう、ただ――」
「さっき言ってた奴か。」
「はい、ウーズの疑似魂核、肉体が砕けない事にはこれの始末がつきません、それに――」
トドメがさせない。
「この術を使いながら密閉するとなると、ほかの術に手が回りません。先輩は知っているでしょうが、あの術には――」
「強い衝撃がいる――わかった、そっちは僕がやる。」
全身の力を抜き、脱力していたテンプスが口を開いた。
疲れの満ちた体を再び再稼働させる。
まるで油をさし忘れたブリキの人形のように動きの悪い関節をなだめながら、彼は前を向いた。
「……大丈夫なのか?可能なら俺が……」
思わし気に、テッラが告げる。
気に病んでいるのだろう、自分のせいでこうなっていると。
ただ、テンプスから見れば、それは的外れな感傷だったし、この役割を他人に譲るわけにもいかない。
「そうして欲しくないと言えばウソだが……あのウーズの体を砕かにゃならんのだろう?となると、僕の方がいいさ。」
体にはいずる疲労を隠して苦笑する。1200年前にマギアの祖母、そして、今回で一度、この魔女は逃げ出している。
三度目はない、確実に滅ぼす。
そのために、テンプスはおもむろに腰から金属片を取り出す。
「後は、あの女を近づけさせない事ですが――」
「それは俺がやる。」
即答したのはテッラだ。
「まだあの女は殴り足りないしちょうどいい、いざとなったら俺ごと拘束してくれてもいい。」
そう言って彼は一心に汚泥に向けて視線を送る。
「……本気ですか?貴方も見てるでしょうが先輩の一撃は並じゃありませんよ、あの腐れ老害越しにくらっても十分人間を殺しうる威力があります。」
「わかってる、何も死のうとしてるわけじゃないさ。俺にだって隠し玉ぐらいある。」
そう言って、テッラはテンプスを見つめる。
その目に、死の色はない。
「――わかった、ただわざと捕まるなよ。」
「わかった――そろそろだな。」
言いながら、テッラの視線がほそまる。
其処には明らかに壊れ始めている鋼の彫刻がある――魔女がもう逃げ出そうとしているらしい。
「ええ、あと20秒ってとこですか。」
言いながら、マギアは自身の足元に円陣を描く。
光によって構築された線形、光学魔術だ。
光の粒子と波の制御によって構成されるその魔術は、未だ発展途上で――ゆえに、使える者の限られる秘術であった。
「……魔術で魔術のための陣を書く……マギア、お前一体……何者なんだ?」
「ん?そうですね、しいて言うなら――」
茫然とつぶやく少年に、1200年前の魔女は何と答えた物かと考える。
そのままを語ることに意味はない、信じられないだろうし、信じられたからと言って意味もない。
では代行者について語るのか――というのも違う。
では、自分はいったい何なのか?
ちらり、と、視線が蒼穹をまとう背中に向いた。
自分と似てないような、甘い――けれどどこか似ている少年。
自分よりずっと年下な癖に、自分を気にかける兄のような男。
しり込みした自分を後ろから支えてくれる人。
もし、自分にこの世での役割があるのなら――
「――あの人の後輩ですよ、それが今の私です。」
――これぐらいがちょうどいいと思った。
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