エンドマーク
狭い廊下に金属同士のぶつかる硬質な音が響く。
硬質の黒刃と十字槍の銀閃が激突し、鳴り響いた音だ。
この程度の空間では足りぬとばかりに輝く金属同士のぶつかる閃光が一つの音が響く間に三度灯った。
音すら置き去りにする激突はもう二十は越えている。
横薙ぎに降り抜いた槍をくぐるように抜けた童女に、テッラが舌打ちを漏らす。
真下から突き上げるように振り上げられる爪を、テッラの
肉体は反射で対処した。
足を振り上げ、相手の腹に着弾させる。
稲妻の付与術によって加速した足が、相手の腹をけり上げた。
空中に浮いた元童女を、テッラの裏拳が襲う。
勢いよく弾かれた女に、しかしダメージはない。
体を球形に変じ、波打つ体躯の力で衝撃を分散させる。
またこれだ――どうしても致命傷が狙えない。
どういった原理か知らないが、あの皮膚が常に動き回り、衝撃や斬撃、刺突と言った技が通らない体を作っている。
『殴れる回数が増えるのはいいけどな。』
彼とて無限には戦えない。
この場では矮躯の童女の方が明らかに有利だった。
隙を見せない――いや、隙自体はあるのだがその好機としてものにできない。
『いっそどうにか槍ぶっ刺して稲妻で内から焼くか……』
「――いたぞ!」
「―――――!」
突如として響いた声に、テッラは一瞬だけ体を硬直させた。
彼とてここで自分の友人やその兄が来たのなら、その到来を喜んだだろう。
あの二人ならこの女に友好な何かしらの策があるかもしれない。
だが、そうではない。
その声は聞き覚えのない、しかし、ひどく若い男の物だった。
なぜこんな所に人が?
そう思った時、テッラの肉体は一瞬だけ、彼が戦場にいることを忘れた。
その隙を見逃す魔女ではない。
テンプスに放ったものに酷似した尾の一撃を放ち、テッラを串刺しにせんとその鋭利な尾を解き放った。
テッラにできることは、槍を体と尾の間に滑り込ませることだけだ。
勢いよく激突した力にテッラの体が押される。
足を踏ん張り、体を抑えたテッラだったがその距離は広がってしまった。
間の悪い事にそのタイミングで声の主たちが曲がり角から現れる。
わらわらと現れる人影――騎士ではない、学園の生徒だ。
『せいと――まさか、サンケイについて――』
「みんなこっちだ!いたぞ!」
「ちょうどいい、逃げイベ中だ、ここでたたんじまえ!」
先頭を行く男と傍らのどこかで見たような少年が口を開き、その手に魔術の光を宿した。
「――よせ!逃げろ!」
テッラの叫びもむなしく、生徒たちは童女に攻撃を仕掛ける、魔術の放射だ。
幾人かが属性の壁を張り、それ以外が攻撃する、典型的な殲滅攻撃。
学園でも決して見劣りしない高度な魔術の放流は童女の矮躯を消し去るには十分なように生徒たちには感じられた。
確かに、そうだったろう――童女の中に魔女がおらず、童女がただのウーズであったのなら。
「―――かっ!!」
喉から異音が漏れる。
口から放たれるけたたましい怪鳥音はそれ単体が魔術としての要件をなす――呪声だ。
数多の生物をその身に取り込み、生物としての尊厳すら捨てて得たその異常な力は、マギアに認められないとしても確かに強大だった。
「えっ。」
雪崩るように進む魔術の放射をたやすくもみ消し、まるで障子紙を破るように彼らの防御幕を突き抜けて、呪いの言葉が殺到する。
その音波は、聞く物を腐らせ、破綻に導き――死を誘う。
振動が空気を揺らし、空気中の塵を押しやり、静謐な空間を作る。そこに蟠るのは明確な死だ。
まるで大気が壁を作り、迫って来るかのような錯覚を起こさせるその光景に、生徒たちは動けない。
彼らの防備ではこの術は破れない、当然だろう、1200年間違った方向ではあるにせよ、研鑽を怠らなかった魔女だ、生徒のにわか魔術ではどうにもならない。
行うなら回避だが、仮に動けたとしても回避は間に合わないだろう、相手は音だ、音よりも早く走れるのはこの場においてテッラと童女、そして――
「マギア、先頭の奴を助けたら壁をはれ。」
「了解――こんな連中殺したっていいと思いますけどね。」
「善は寛容であるべきらしいからな――」
――
稲光の速度で世界を見る童女も、それに対応するテッラすら見抜けない速度で一陣の風が吹いた。
驚く程軽やかに、目を見張るほどしなやかに。
静止した音のない場所を駆け抜ける二人が呪いの波を踏み越える。
テンプスは鎧で、マギアは持ち前の魔力で呪いを破り、音の壁の向こうに手を伸ばす。
先頭に立っていた何者か――学園の生徒であることは間違いない――を後ろに向かって押す。
速度と鎧の身体機能の強化、そしてテンプス本人の筋力によって後ろに突き飛ばされた男達が体を地面から放す。
次瞬間、彼の後ろに魔術的な壁が現れるのを感じた。
昨今使われる属性式の壁ではない、純粋な力場の壁は相手の振動をものともせず、その場に鎮座し、破滅的な音を防ぎぎった。
テンプスは彼の体感時間上、二十分ぶり足を止めた。
オーラの外皮が消え、時間の重みが体を襲った――やはり、体と神経に負担がかかる。
「―――――」
「わるい、大丈夫か?」
初めての感覚だろうマギアにいたわりの言葉を投げると、ことのほか平然とした声が彼のもとに届いた。
「ええ、まあ……経験ありますから、先輩の方こそどうなんです、私でこれなら、魔術の使えないあなたはもっとつらいでしょう。」
「そこらへんは鍛え方さ――さて。」
顔を相手に向ける。
そこに居るのは先ほどまで自分が戦っていた獣ではない。
でろでろと造形が崩れて、破綻し、原型をとどめなくなった這いまわる汚泥だ。
まるで自分が獣であると主張するかのように彼らから遠い位置にあるの波打つ何本かの糸のような器官は尾のつもりだろうか?
絶えず自壊を繰り返し、それでいて目だけはしっかりと残っているその不可思議な生き物は、まるでマギアを親の仇のような目で見ていた。
「ずいぶんと良いカッコになったな。」
「まるであの女の本性の様でしょう?」
「そこまでは――いや、そうだな。」
言いなおそうとおもって自重する、確かにそうだ。
どこまでも執念深く、それでいて陰湿で――ひどく出来が悪い。
「付き合いを続けたいタイプじゃないな。」
「でしょう。1200年も付き合わされて飽き飽きなんです。終わらせますよ。」
「ああ――エンドマークを打ってやろう。」
壁の内外に緊張が走る――とうとう最後の戦いだった。
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