信じてる
「!」
驚いたようにこちらに視線が向いた。
気づかれていないと思っていいたのだろうか。だとしたら甘く見られた物だ。
こちらとて馬鹿ではない、彼女がなにを考えているのかぐらいは想像がつく。
彼女が調子を崩しているのはまずい、あの魔女を倒せるのは現状この子ともう一人だけだ。
そして倒す権利があるのはこの娘だけなのだから。
「怖がってなんて――」
「ないか?」
見透かすような一言に、彼女の口が止まる――ここで言い切ってしまえばそれは嘘になる。
「……私の魔術からあの女は逃れました。もしかしたらあの魔術から逃れるすべもあるかも――」
「あるのか?」
「私には思い付いません、ただ……私は
「それが?」
「私の知らない魔術を、あの女が持っている可能性は十分にあります。」
「ないかもしれないんだろう?」
「また、さっきみたいに逃げられるかも。」
「今回は僕だって逃げられないようにするさ。」
「――でも!」
「なに?」
「……あの女に勝てる自信が、ありません。」
震える声で告げる――理解できる心境だった。
あれほどのご高説を垂れておいてこの体たらくだ。いったい自分の何が信じられる?
細かい部分はともかく、彼女の思考はこんなところだろう。
自分への自信がないのだ――
「それはあの女の事前の仕込みだ、君が何かミスったわけじゃないさ。」
「ですが、それを見抜けませんでした……わかってるんです、私がそれほどたいした魔術師じゃないって。」
「君が?」
お笑い草だ――彼女が大したことがないのなら、一体誰ならまともな魔術師だと言えるのか?
そんなテンプスの思考をよそに、マギアはとうとうと続ける。
「……結局、あの魔女達には負け通しですよ、貴方がいなきゃ
「しゃあないさ、あのやられ方は誰でもああなるよ。」
思い返すのはほぼ一週間前に彼女が見せた驚愕だ。あれほど心乱れた状態でどうやれば勝てるというのか、彼には皆目見当がつかない。
そうでなくとも、自分は彼女を責められない。
もし、あの時、現れていたのが自分の祖父だったら?
自分なら防げた――などと、少年にはとてもではないが言えない。
所詮、彼女が動けなかったのは狙われたのが彼女だったからだ、自分だったらこの構図は逆転しているか――もしくは、今頃自分の死体が魔族の餌になっているかだ。
「……あいつらはおばあちゃんが倒せなかったからここにいるんです。私なんかに……倒せるわけないのかも。」
「それは1200年前の話だろ。君も修行してる。」
「……だからって私がおばあちゃんより腕が良くなったことにはなりません」
顔を波打つ蒼穹の中に埋めながら、彼女はテンプスを否定する。
あの夕暮れの中、彼女を此処にとどめた時と同じように、彼女は自信を失っている。
その気持ちが、彼にはよくわかる。
ずっと頑張ってきたことがいつまでも身を結ばない恐怖。
もしかしたら、自分にはそんなことできないのではないかという諦め。
それでも、何かできると信じてくれる人たちへの申し訳の無さ。
だから――彼女自身が、自分への信頼ができなくなっている。
苦笑した。
まるで、写し鏡を見ている気分だった。
何時だって、どんな時だって顔をのぞかせる不安はテンプスをひどく苛んでやまない。
今だってそうだ。
彼女の手助けができている今を、彼はどこか信じられていない。
本当に、スカラーの技術なんてものを、自分のようなものが手に入れられているのか?
本当に、自分はここにいるのか?自分が思い浮かべた妄想ではなくここに?
本当に、自分は彼女や弟たちの望む自分でいられているのか?
本当に、自分のような凡庸な――いや、それ以下の男が、容姿も力もあるいは知性すら劣る自分が弟の兄でいいのか?
本当に?
本当に?本当に?本当に?本当に―――
何時だって、彼は分からない。分からないまま――でも結局、見過ごせなくてここにいる。
だから、気持ちの分かるものとして、そして、ともに過ごす時間を心地よく感じる者として、彼女がすごいと認めてやる必要があると思った。
「――信じてるよ。」
「へっ?」
「君のこと、信じてる。」
「!」
嘘偽りのない本心だった。
先輩として、共犯者として、友人として、信じていた。
「僕が知る限り、この世で一番魔術がうまいのは君だ。君のお祖母ちゃんだってきっとそう言うと僕は思う。」
「それは……」
その言葉が、彼女にどれだけの感情を与えたのか、テンプスにはわからない。
それほど意味などなかったのかもしれない。その証拠に、彼女はいまだに顔を上げない。
「それでも無理で、もしどうにもならないなら――僕が何とかしてやる。」
そう言って、苦笑した。
本当にここにいるのかもわからぬ分際で、ずいぶんと大きく出たなと思っていた。
それでも――そうしてやりたいと思っているのは本心だ。
たとえ、自分が好かれていても、いなくてもだ。
テンプスは彼女のことが好きだったし、好きな人のために手の内にある力を使えるのは素晴らしい事だと信じてもいた。
たとえ、利用されているだけだとしても――自分の後輩が幸せになれるのなら、自分の友人が笑っているのなら、ある程度の労は厭わないのが彼だった。
「――信じますよ?」
ふと、肩口から声がした。
ほとんど兜にはりつくようにささやかれた言葉だと、声の震えでわかった。
「――いいとも、これでも君の先輩だ、ケツぐらい持つさ。」
「――じゃあ、頑張ってみます。次を右です、近いですよ。」
そう言って、彼女は顔を上げた――その顔が笑っていたのをテンプスは疑似視界で見届けた。
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