何が怖いんだ?

「――高速で動くと世の中ってこんな風に見えるんですね。」


 背中のマギアが感心したような声を上げる。


 彼女の目の前にはすべてが静止した世界があった。


 舞いあった埃は個体のように形を保ち、稲妻すら後ろに向かってゆるやかに流れる。


 確かに美しい世界だった。


「つまらん世界だろ、一人でいると寂しくてなぁ……」


「やってることただ走ってるだけですからねぇ。」


 そう、すでに彼らは静止した世界を五分は走っている。


 これが、高速移動の現実だ。


 彼らは加速した時間を動いているが『高速移動する感覚』の中にいる以上彼らの走る速度は変わらないのだ。


 結果的に追いつくためには時間がかかる――すべてが一瞬で終わるのは外から見た時だけだ。


「ところで――なんで、あの女が逃げてる先が分かったんです?」


 どこか弛緩した空気を振り払うようにマギアが声を上げた。


「ん、ああ――そもそも話、前提が違うんだよ。」


 全てが静止した廊下を開け抜けながら、テンプスは語る。


「どういうことです?」


「きみ、なんかの時に言ったな、「子供が作れる女がいると思わなかった」って。」


「ええ、まあ……あ、次右です。」


「はいよ、ずいぶんと早いな……僕もそう思う、あれで結婚は無理だろう――?」


「はい?」


「僕らはてっきり、あれが本当にあの女の孫だと思ってた。でも、?」


「―――――!」


 マギの顔が驚愕にゆがむ。


 当然だろう、普通の人間ならこんなことは考えないし、考えようとも思わない物だ。


「――つまり……」


「そうだ、あの子供が?」


 だとすれば、あの女の私たちの計画というセリフにも意味が出てくる――文字通り、私たちだったのだ。


「だとしたら、あの装置をずっと使えた理由もわかる、元の自我がないんだ。だから、苦痛を感じない。」


 ゆえに、あの生き物の体には無数の生物の形跡があった――何体でも混合出来るのだから、パターンだって多種多様だ。


「――あの人格は、犠牲者の物ですか?」


「たぶんね、最初の犠牲者だ。それの人格に混ざり合ってあのクソガキが生まれた。」


 この推論が正しければあの童女の人格は厳密に言えばあの生物の物ではない。


 あの姿をまねた少女の物だ。


「……根拠は?ありえないとは思いませんが、あれほど精細な生き物を作れるとは思えません。」


「あいつは、僕と戦った時地面から津波みたいなものを作った――そんなでかい魔術、魔術円なしで使えるか?」


「私は。あの魔女もできるでしょう。ですが――」


「あの餓鬼には無理だ。」


「ええ、おそらく、体のどこかに描いたか――」


「製造段階で肉体そのものに埋め込まれたかだ。」


 それならば、やはり理解はできる。


 あの生物自体が魔術円なのだ。


 正確にはその性質を有した特殊な生物として生まれた。


「できるか?」


「……五芒星は調和をつかさどる、それを逆にすれば……霊体呼び、魂を呼び出せる……」


 ぶつぶつと、背中でマギアが口を動かす。


 考え込むようにしてテンプスの背中に顔をうずめていた彼女だったが十秒と立たずに再び顔を上げた。


「……生物を作るとしたら、作るために必要なのは……魔力だけじゃダメでしょう、だとしたら――」


 思考が一巡りする。


 彼女が辿りついた回答は、やはりテンプスと同じだった…


「――呪縛生物。」


「そうだと思う、一昨日だかその前に僕が戦ったやつの扱った動く像――妙にできが良いと思ったがあれがたぶん。」


「あのクソガキの試作品?」


「もしくは、その前に作った前の研究の成果物か……」


「ですがなぜ急に?あの女、そんなもの造るタイプじゃありませんでしたよ。」


 思い返すのは古い記憶だ、あの女の研究成果はほとんどが派手で目を着く物――それこそ、名声につながるような物ばかりだった。


 例えばあの女の行った属性の派生形の発見。


 例えば新種の薬の発見。


 そう言った、派手な内容があの女の研究の主題だった。


 間違ってもテンプスの祖父のように日影の分野には手を出さないのがあの女だったはずだ。


「霊魂は――波長の合う器物に宿る。だとしたら――」


「逃げを打つために研究したと?……ありそうですね。」


「たぶん、像じゃ魂の波形が合わないんだ。だから、あの子供を作った。」


「じゃあ、あの餓鬼はなんです?あれは完全な人型でしたよ、何と混ぜ合わせたってあんな風には――」


「……あの女、戦った時に、妙な外皮をまとってた。粘性のある液体だ、まるで――」



「「――ウーズ。」」



 汚泥ウーズとは魔術師が作り出す、魔術的なヘドロのような生き物だ。


 あらゆるものをその酸性の体液で溶かしてしまうその生物は、とかしたものを体積に加算し、巨大になっていく性質を有する。


 魔術的な廃棄物の処理に使われる種類の生き物であり、その体には知性は宿らない――当然自我もだ。


「ごみ処理に使うあいつらだ、行けるか?」


「行けます、ウーズを作るとき、体の一部を与えているのなら魂の波形も合う――というか、同一の個体なんです。」


 二人の意見が合致を見た。彼の推論は魔術師的に論理的な問題はないらしい。


「だとしたら――やっぱり、魔女はあの女の中だ。」


「そう……ですね。」


 そう言って、再びマギアの気配が陰る――やはり妙だ。


 背中から回された腕にこもる力が増す――何かに耐えかねるような動き。


『……そう言うことかなぁ……』


 なんとなく、テンプスにはこの少女が何を考えているのかわかっていた。


 つまるところ――


「――何が怖いんだ?」


 結局、それが問題なのだ。

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